すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「千年医師物語T ペルシアの彼方へ」 上・下  ノア・ゴードン (アメリカ)
                                 <角川書店 文庫本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉

2人の弟と1人の妹の面倒をみるロブ・Jは、今から約千年前、十一世紀初頭のロンドンで生まれた 青年だった。父は大工だが、不況のために仕事はなく酒と女遊びに耽り、一家の生活は楽ではなかったが、 教育のある母はロブ・Jに学ぶ機会を与えようととしていた。だが、妊娠中の母は、出掛けている最中に 倒れ、子供を産んでそのまま亡くなり、失望した父もあとを追うように亡くなった。兄弟がバラバラに ひきとられていくなか、最後に残ったロブ・Jは外科医兼理髪師の通称”床屋さん”にひきとられ、 イギリスじゅうを旅してまわることになった。
にえ これは、千年にわたる医者一族の三部作物語の第一部にあたり、 このあと第二部、第三部が出版される予定のようです。
すみ とはいえ、この本は千年前、医者一家の最初の医者になる人の 話で、第二部はいきなり八百年後のアメリカが舞台になるらしいから、完全にそれぞれが独立した話なんでしょ。
にえ で、この本なんだけど、とにかく知らないことばかりで、 驚きまくりの本だったよね。
すみ 千年前のヨーロッパでは、内科医の地位が高くて、外科医の 地位は低かったって知ってた?
にえ 貴族や金持ちの商人は内科医に診てもらって、貧乏人は外科医 に診てもらうのよね。知らなかった〜。
すみ ロブ・Jは、その外科医のほうの”床屋さん”っていう オジサンに連れられて旅をするんだけど、このあたりは楽しかったよね。
にえ 色とりどりの玉を使ってジャグリングをして人を集めて、 髪を切ったり、診療をしたり、万能薬を売ったりするのよね。
すみ 床屋さんがいいの〜。すっごいグルメで、いろんな材料を集め ては、美味しい料理にしていくし、知識も豊富だし、でもちょっと悪いこともしちゃったりして、なかなかオチャメ。
にえ 床屋さんとロブ・Jの師弟関係がいいのよね。互いに思い合って るけど、ちょっと照れるのか直接的には誉め合ったりとか、あんまりしなくて。
すみ 上巻読んでるあたりでは、このままロブ・Jは成長して、 いいお医者さんになっていくのね〜、ホンワカいいお話♪なんて思ってたよね。
にえ ところが、ところが、そこから急展開だったよね。
すみ うん。自分の持ってる知識の限界を感じて、ロブ・Jはペルシ アに行くんだけど、そこからは残酷な出来事も多々あるし、過酷な運命も待ち受けてるし、問題もいろいろ出てくるし。
にえ それにしても、千年前はヨーロッパよりペルシアのほうが、ず っと医学が進んでたなんて知らなかったよね。
すみ 医学にたいしてのロブ・Jの知識欲の凄さにも感動したけど、 千年前のペルシアの生き生きとした描写もすばらしかった。
にえ ユダヤ人になりすましたロブ・Jの眼を通して描写されてる から、驚きもそのまま伝わってきたよね。
すみ イスラム教徒の国で暮らすユダヤ人たちは大変そうだったよ ね。でも、そのぶん助け合いの精神が発達してるの。
にえ 宗教の違いとか、それが医学に及ぼす影響とか、そういう 問題点もキッチリ書きこまれてたよね。
すみ 千年前の医療も、私たちシロウトでも興味津々で読めるように 書いてあったし、作者さんの博識はハンパではなかったね。
にえ あとね、象とラクダで戦争に行ったりとか、マラソンの前身の ような競技大会があったりとか、チェスの先祖のようなゲームが効果的に使われていたりとか、そういう 大きいところから小さいところまで行き渡った知識の散りばめが、夢中にさせてくれた。
すみ 登場人物も後半はぐっと複雑になってきたよね。特に印象に残 るのは、アラー王でしょ。ロブ・Jと年齢があまり違わない青年のようだけど、やさしくなったかと思えば、 掌を返したように冷たく残忍にもなるし、典型的な独裁者だよね。
にえ ロブ・Jはいちおう庇護されてるような形になるから、 かなり翻弄されるよね。運命を狂わされると言ってもいい。
すみ ペルシアの病院で師と仰ぐイブン・シーナも、天才ゆえの孤独 みたいなものが感じられて、印象深かったな。
にえ イブン・シーナを敬愛するアル=ユジャニも目立たないながら 強烈だったし、ロブ・Jの友人となる、まじめなユダヤ人青年ミルディンと、出世欲の強い美青年カリムも 壮絶な生き方を示してくれたしね。
すみ とにかく最初から最後まで話の起伏が激しいし、それでいて 読みやすいから、いっきに読めた。これは今の時代だけで消えていくような小説じゃないでしょ。読み継が れていくべき小説だよね。
にえ 単に孤児になった少年が立派な医者になってくだけの話かと 思ったら、大間違いだった。これは深いわ。医学の歴史から、ユダヤ教、イスラム教、それに過去のキリ スト教の弊害まで見えてくるし、生き方から結婚生活から人生のすべてが盛り込まれているし、加えて この読みやすさ、おもしろさ。これはオススメでしょう。