すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「空中スキップ」 ジュディ・バドニッツ (アメリカ)  <マガジンハウス 単行本>  【Amazon】
幻想的でブラック、悲観的でやさしい、ジュディ・バドニッツの23の短編集。
犬の日/借り/秋冬ファッション・カタログより/道案内/チア魂/アートのレッスン/イェルヴィル/アベレージ・ジョー/飛ぶ/作曲家/公園のベンチ/百ポンドの赤ん坊/本当のこと/お目付け役/バカンス/スキン・ケア/産まれない世界/レクチャー/電車/パーマネント/ブルーノ/焼きつくされて/ハーシェル
にえ 私たちがずっと前に長編小説「イースターエッグに降る雪」を読んだ、ジュディ・バドニッツの短編集です。
すみ 「イースターエッグに降る雪」はジュディ・バドニッツの初めての長編ってことだったよね。どっちかというと短編の方かな。
にえ うん、不思議な世界を描く人だから、短編のほうが合ってるのかもしれないね。長編もよかったけど。
すみ とはいえ、この短編集、私は前半、なかなか気持ちが乗れなくて、なんかちょっとダメかも〜と思っちゃった。ところがなんだろう、後半に進むにしたがって、グワ〜っと良くなってきて、ジンジン胸に届いて来るようになったみたい。
にえ あらためて見直すと、前半も後半もレベルは変わらず良いのにね。だんだんと引き込まれるって感じなのかな。
すみ ちょっと最初のうちが殺伐とした気持ちになる作品が多かったからかな。「犬の日」の獣性が入れ替わるラストは鮮やかだし、「借り」の不条理が常識に変化していく流れも素晴らしいんだけど、なかなか気持ちがついていけなくて。「秋冬ファッション・カタログより」も、う〜ん、良いんだけど、ちょっと怖い?
にえ どんな作家さんか、手探り状態で、好きになれないかも?って不安もあるときに感情移入できないとそうなるかもね。でも、「道案内」は先日読んだ「紙の空から」の「道順」と同じ作品なんだけど、二度目ってことと、翻訳文が自分に合ってたことも良かったのか、「道順」ではピンと来なかったのが、こっちの「道案内」ではグッと来たよ。
すみ 「チア魂」もあとから思い出すと、すっごくおもしろい話だったよね。青春時代に情熱を傾けるって行為の過剰な状態がなんとも。あと、「イェルヴィル」も意地悪くおもしろかった。ただ、こういう話にアルビノを利用するのはちょっと退いちゃう。感情移入して、というか、ググッと来だしたのが「本当のこと」あたりからかな。やさしいお話でホッとしたとたんに良くなったって気が。
にえ 「スキン・ケア」は、とくに素晴らしかったよね。これほど美しい恋愛小説って他にないかもと思っちゃった。語り手の姉のほうがじつは病んでいるっていう怖さも良かったし。
すみ うんうん、良かった〜。あと、「お目付け役」のドラマティックな展開も好きだった。
にえ この人の短編って、短い話のなかで、世界ががらりと変わってしまうところが一番の魅力かもね。
すみ うん、そうだね。だとすると、「ハーシェル」の赤ん坊を売る店のように、ありえない設定が当たり前に語られていく、落ち着かない気持ちにさせるような不思議感と、それには不釣り合いなほどの冷静な現実的視線の組み合わせが味かな。
にえ あとそうそう、とりあえず短編とはいえ、1作ずつで読むより、こうしてまとめて読んだほうがいいかも。
すみ うん、だんだんと世界観がしっくりいってきて、ジワジワ沁みてくるって感じだからね。ということで、不思議テイストがお好みの方にはオススメですってことで。
<犬の日>
戦争のせいで、パパの仕事はなくなった。わたしやお兄ちゃんたちの学校も閉鎖になった。わたしの親友もいなくなった。電気も止められた。わたしの家には犬の着ぐるみをまとい、犬のように振る舞う男が訪ねてくるようになった。
<借り>
アーニーの母親が入院した。心臓を移植しないと助からないらしい。母の姉妹のフランおばさんとニーナおばさんはアーニーに、母親に心臓を提供するべきだという。
<秋冬ファッション・カタログより>
T.大草原のフォークロア調ドレス
縛られて線路の上に身を横たえる乙女、迫りくる列車、その列車よりも速く、白馬に乗った美男子が駆けつけ、乙女を救う。
U.サーカスの夜会服
隣に住んでいる女性に頼まれ、7才の少女を預かった。何をしていいかわからないので、サーカスに連れていくことにした。
V.キッチン・ウェア
お母さんはお父さんのために料理をする。お母さんの妹は、ハイヒールで夜の街に出かけ、男たちと踊る。
W.トラベルウェア
旅行に出た私は、たまたま乗った飛行機でハイジャックに遭遇した。ハイジャック犯は女を求めている。うしろに座っているガールスカウトの少女たちが見つかる前に、私は手を上げ、立候補した。
<道案内>
その都市に住む娘と、晩のショーを一緒に見る約束をしていたクラーク夫妻は道に迷ってしまった。しばらく歩くうちに地図店を見つけ、立ち寄った。ナタリーは大切なものを失ってしまった。妻がいると告白した男にそれは奪われてしまったのだ。
<チア魂>
バトントワラー部の補欠メンバーだった私は、フットボールの試合を観戦している時に天の声を聞き、チアリーディングに目覚めた。チアリーディング部でメキメキと頭角を現していった私は、リーダーであるバニーと二人で、チアリーディング部を強力に牽引した。
<アートのレッスン>
美術館の地下の教室で開かれる人物画のクラスは、これが最初だった。生徒たちは巨体の女性をデッサンしたあと、痩せた若い男をデッサンした。
<イェルヴィル>
娘のシャーリーンは火曜日のディナーに、新しいボーイフレンドを招いて両親に紹介した。やって来たのはアルビノの青年で、アーカンソー州の絶叫町(イェルヴィル)の出身だと言い、その町では吊るし首が一番の娯楽だと楽しげに語りだした。
<アベレージ・ジョー>
犬のシーナと暮らすジョーに電話がかかってきたのは、会社から帰ってきたばかりの、月曜日の夜のことだった。電話をかけてきた女性は、ジョーの趣味嗜好を事細かに知りたがった。なぜなら、ジョーは最新の統計で、アメリカで最も平均的な人間だとわかったからだ。
<飛ぶ>
昔の女性はスカートをふわりと広げて崖から飛び降りた。だが、現代女性のカニーサはそうはいかなかった。
<作曲家>
その著名な作曲家は、母親を深く愛していた。母親こそが彼の霊感の源だった。母親が太っている時には交響曲を、痩せている時には繊細な曲を作った。
<公園のベンチ>
公園のベンチで本を読んでいたデニースに恋をした僕は、そのベンチでデニースと同棲することにした。
<百ポンドの赤ん坊>
お父さんが出て行くと、お母さんはベッドから出ずにお菓子ばかり食べ、買い物や妹のケイの面倒まで、すべて僕がやらなくてはいけなくなった。
<本当のこと>
リアは17才、簡易食堂(ダイナー)でアルバイトをしている。エリーは13才、リアの妹で無口な子だった。リアはある日の夕食で両親に言う、「あたし……妊娠しているみたいなの」
<お目付け役>
独身女性のドリーは、姉の家を訪ねたとき、姉の娘クローディアがオーウェンという、見るからに汚らしい青年とデートするのに、監視役としてついていってほしいと頼まれた。
<バカンス>
アンディと二人でフロリダに向かっていた私は、おかしな様子の老婆がバスに乗りこんできたことに気づいた。老婆はしきりとムズムズすることについて語っている。
<スキン・ケア>
家を離れ、大学に通っていたジェシカは、皮膚病にかかってしまった。白い肌がかさかさと剥がれ落ちるその病気は非常に珍しく、病院でも手の施しようがなかった。
<産まれない世界>
世界中で赤ん坊が産まれなくなってしまった。原因はまったくわからず、人々はうろたえるばかりだった。
<レクチャー>
ようこそ我が校へ。あなたが受け持つ教室を案内しましょう。防音設備が施され、ドアを閉めると音は漏れませんが、なにかあったら助けを呼んでくださいね。
<電車>
地下鉄にはたくさんの物語が乗っている。ドア横の車椅子の若者は、プロム(卒業パーティー)の夜に悲しいお話があったかもしれない。そこにいる妊婦には、秘めた恋のお話が。そしてその隣の地味な目鼻立ちの男性は、連続殺人鬼のお話に夢中だし、その隣の……。
<パーマネント>
マリス・ウェイクフィールド婦人は大切な日、なじみのダレンに髪をセットしてもらうつもりだったのに、やって来たのはゲイブという若い男性だった。がっかりしながらも、婦人は少しずつゲイブに身の上話をはじめた。
<ブルーノ>
アパートに新しく越してきたジョゼフとセリア夫妻は、隣の部屋のブルーノが毎朝、洗面所で立てる音が気になった。
<焼きつくされて>
くたびれ、薄汚れた男がその土地にたどり着いた。男はジムと呼ばれ、ガソリンスタンドで働きはじめた。一人の女がバスに乗ってやって来た。女はジムと愛し合い、一緒に暮らすようになった。
<ハーシェル>
昔はみんな、赤ん坊が欲しければ、ハーシェルの店で買ったものだった。ハーシェルのウル赤ん坊はどの子も立派だったが、アリーナはなかでもとびきり美しかった。
 2007.3.10