すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 イギリス女流作家怪奇小説選 「鼻のある男」 (イギリス)  <鳥影社 単行本> 【Amazon】
イギリスの怪奇小説黄金時代を彩った女流作家8人の短篇集。
鼻のある男(ローダ・ブロートン)/すみれ色の車(イーディス・ネズビット)/このホテルには居られない(ルイザ・ボールドウィン)/超能力(D.K.ブロスター)/赤いブラインド(ヘンリエッタ・D.エヴェレット)/第三の窯(アミーリア・エドワーズ)/幽霊(キャサリン・ウェルズ)/仲介者(メイ・シンクレア)
にえ 私たち、最近ではアンソロジーはあまり読まないんですが、他ではなかなかお目にかかれない作家の作品も収録されているというので、この本は読んでみました。
すみ 収録されているのは、1800年代の半ばぐらいに生まれた女流作家の作品ばかりなんだよね。私たちが知っていたのは、イーディス・ネズビットぐらい?
にえ イーディス・ネズビットは「憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談」に「大理石の躯」って作品が収録されていたよね。
すみ そうそう、そんなことよりご注意申し上げたいのは、怪奇小説ってことで、怪奇→ホラー→恐怖って連想をしてしまうけど、この本に収録されている作品はどれも、そんなに怖くはないの。
にえ うん、幽霊が出てきたりとかはするけど、なんというか、けっこう先は読めちゃって、どれも定石通りってストーリーで、ゾゾッとした恐怖は味わえないよね。いかにも古い小説って感じで。
すみ その古さが良い味になってるよね、そのへんが魅力かな。なんか安心して読めるし、短編といっても、どれもゆったりとした流れで、古き良き〜って雰囲気。
にえ そういえば、本当の話だと前置きしてからストーリーを始めるってパターンが多かったよね。この時代の怪談物では、小説でも本当の話だと前置きするのが良しとされていたのかな。
すみ そういえば、子供向けの怖い話なんかも、本当の話だって前置きがあるんじゃない? つまりもともと幽霊が出てきたりする話っていうのは、本当の話だって信じてもらわないと、怖がってももらえないというのが初期段階での考え方なのかもしれない。
にえ とにかく怖くもないし、古い感じがビシバシだけど、それはそれでの楽しみ方が充分にできましたよってことで。
「鼻のある男」 ローダ・ブロートン
せっかくの新婚旅行だというのに、エリザベスは怪しい男の影を見たと言って怯えだした。ずいぶんと前のことだが、両親と旅行へ行ったとき、催眠術師からいい霊媒だと言われ、催眠術をかけられて以来、いつかまたその男が戻ってきて、自分を連れていくのではないかとエリザベスはずっと懸念していた。
すみ ローダ・ブロートン(1840〜1920年)はヴィクトリア朝の大衆小説家だそうです。ヘンリー・ジャイムズのお友だちで、その影響から怪奇小説もたくさん書いたのだとか。
にえ 「鼻のある」っていうのは、「華のある」のもじりかと思ったら、小説の中のセリフにちゃんとこの言葉があったね。とにかく異様な鼻の男で、ついこの言葉で説明してしまうの。「鼻のある男だった」ってね。
「すみれ色の車」 イーディス・ネズビット
看護婦である私は、イングランド南部の低い丘陵地帯へ赴いた。ロバート・エルドリッジ氏の依頼で、心の病を持った彼の妻の介護をするためだった。ところが、ロバートは妻が見えるはずのものを見えないと言うと主張し、妻はロバートが見えないはずのものを見えると言うと主張した。いったいどちらの精神が病んでいるのか、私にはわからなかった。
すみ イーディス・ネズビット(1858〜1924年)といえば、「砂の妖精」などの子供向けファンタジーのほうが有名でしょう。でも、けっこう怪奇小説も書いているみたい。
にえ この小説の時代では、まだ自動車が珍しいのよね。その珍しい自動車を怪奇小説の道具立てにしているんだけど、そのへんが今読むと逆に新鮮で、おもしろかった。
「このホテルには居られない」 ルイザ・ボールドウィン
退役軍人であるおれは、エンパイア・ホテルで乗客用リフト(エレベーター)を運転する仕事に就いた。仕事が気に入り、一年ほど働いていたが、毎日決まった時間にリフトに乗っていたサックスビー大佐のことで怖ろしい思いをし、仕事を辞めることにした。
すみ ルイザ・ボールドウィン(1845〜1925年)は裕福で、趣味で小説や詩を書いた人だそうです。な〜んだと思うかもしれないけど、キプリングが彼女の甥だと聞けば、がぜん興味がわくでしょ〜(笑)
にえ これもまた、当時にしては最先端技術の水力エレベーターが道具立てとなっていて、そこが今読むとおもしろい感じ。
「超能力」 D.K.ブロスター
日本刀の鍔のコレクションが自慢のエドワード・ストロード氏には娘がいた。娘の友人シンシアには超能力があるらしく、物に込められた念のようなものを読み取るようだった。ストロード氏は日本刀のなかでも特に名刀と呼ばれる刀を持っていたが、その刀の鍔が偽物だと言われたことをずっと気にしていた。たまたま家に滞在していたフレミング夫人は、その鍔をシンシアに触らせることを勧めた。
すみ D.K.ブロスター(1877〜1950年)は歴史小説家。長年にわたりオックスフォード大学で歴史学教授の助手をしていた学者肌の方だそうです。
にえ この小説はちょっと長めなのよね。不動産屋に紹介された物件を見ていた夫婦の妻のほうが、家に潜むなにかに気づいてしまうってところから始まるの。
すみ 見所は、なんといっても当時、ヨーロッパで流行していたジャポニスムが色濃く出て、日本刀にまつわる怪奇小説となっているところでしょう。日本刀に関する知識も、いかにも外国人の知ったかぶりって感じじゃなくて、けっこうしっかり調べてるんだなという印象。さすが学者肌の歴史小説家!
「赤いブラインド」 ヘンリエッタ・D.エヴェレット
ロナルド・マッキーワンは16才の時、2週間の学校休みを叔父の牧師館で過ごすため、スワンミアを訪れた。そこには二人の従兄弟がいて、ロナルドを幽霊屋敷の肝試しに連れ出した。大人になったロナルドは、スワンミアの知人宅を訪れたとき、その家がかつての幽霊屋敷だったことに気づいた。赤いブラインドから幽霊らしき姿が見えたあの窓の部屋に、ロナルドは泊まることになった。
にえ ヘンリエッタ・D.エヴェレット(1851〜1923年)は大衆小説を量産した、当時の人気作家らしいんだけど、今ではほとんど忘れられた存在みたい。
すみ 少年時代に見た怪奇現象の謎が、大人になって解き明かされるという筋立てで、なかなか読みごたえがあっておもしろかったよね。量産作家といっても、作品に雑な印象はなかった。
「第三の窯」 アミーリア・エドワーズ
ウースターシャーの陶磁器生産地帯で働きはじめたおれは、ジョージ・バーナードという先輩にかわいがられた。ジョージは頭が切れて信仰深く、根っからの善人だった。おれはジョージの美しい恋人リーアのことも敬愛していた。ところが、セーヴルの有名な窯場からルイ・ロラーシュというフランス男がやってきてから、すべてがおかしくなってきた。
にえ アミーリア・エドワーズ(1831〜1892年)は男勝りの冒険家で、チャールズ・ディケンズと共作するほどの有名作家のだそうです。ディケンズが1812年生まれだから、19才の年の差? たしかに共作はアリかも。その作品は邦訳されているのかいないのか、ちょっとわかりませんでした。
すみ 一人称で「おれ」と語られ、さすがの男勝りよね。ストーリーはこの中で一番現代っぽいセンスかな。思わせぶりで、はっきりとどうだったかは明示しないラストなの。
「幽霊」 キャサリン・ウェルズ
叔父の家に滞在する14才の少女は、悲しいことに、子供たちが集まり、パーティが行われるときになって風邪を引き、たった一人で暗い部屋のベッドに寝かされてしまっていた。しかも、その日のパーティーには誰あろう、俳優のパーシヴァル・イーストが来ているのだった。
にえ キャサリン・ウェルズ(1872〜1927年)は、気づいている方も多いでしょうが、あのH・G・ウェルズの奥様だそうです。生涯無名の作家だったけれど、死後にH・G・ウェルズが編纂して「キャサリン・ウェルズの本」を出したのだとか。良いお話っ。
すみ 簡単に予想がつく展開ではあるけれど、パーティに出られない14才の少女の心情が本当に14才らしく語られていて、なんだかキラキラとした素敵な小説だった。
「仲介者」 メイ・シンクレア
不動産会社に勤めるガーヴィンは、クレイヴン地方の担当者に選ばれたのち、地方史編纂の仕事に転職した。ガーヴィンは泊めてもらった家に子供連れの家族がやってきて落ち着かなくなったので、窪地のファルショー家に下宿させてもらうことにした。そこなら子供もいないし、静かに過ごせるはずだった。ところが、夜になって寝つこうとすると、隣の部屋から小さな子供の泣き声が聞こえてきた。
にえ メイ・シンクレア(1863〜1946年)は、独学で精神分析学を学んだ方だそうで、最近になって再評価をする声が高まってきているのだとか。
すみ この作品も、当時としてはまず扱われなかっただろう類の女性心理が軸として扱われていて、かなり現代に通じるところがあるよね。というか、今だから認められる良さが、当時はあまり評価されなかっただろうな〜という予想が立つ。
にえ 夫婦間でどちらが支配者となるかとか、そういう書き方も当時じゃあまり高い評価には繋がっていかなかったかもね。そういった意味でも、この作品の存在価値は高いかも。
すみ 作風が似てるってわけじゃないけど、扱われ方としては、佐々木丸美を彷彿とさせるものがあるよね。早すぎたけど、あとからわかってみれば、早すぎたからこそ今読む価値があるのよ。
 2007.2.14