すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「イングランド・イングランド」 ジュリアン・バーンズ (イギリス)  <東京創元社 単行本> 【Amazon】
少女マーサは、父が母と自分のもとから突如として姿を消したことが理解できなかった。どうすれば父は戻ってきてくれるのか。マーサは必死で考えた。
40歳のマーサは新たな仕事を得るため、レジャー産業グループを率いるサー・ジャック・ピットマンの面接を受けた。サー・ジャックはワイト島を、観光客が望むとおりのイギリス要素をすべて詰め込んだ、小さなイングランドのレプリカにするという、新たなプロジェクトのための人材を求めていたのだ。それは単なるテーマパークではなく、独立した小国家ともなる一大プロジェクトだった。
にえ 私たちにとっては3冊め、ちょっとお久しぶりのジュリアン・バーンズで、1998年の最終候補作ともなった作品です。
すみ 1998年というと、ブッカー賞受賞作品はイアン・マキューアンの「アムステルダム」だね。イアン・マキューアンは何度か候補になって、ようやくこの作品でって感じだったんだよね。
にえ ジュリアン・バーンズもこれまでにも何度かブッカー賞候補になってるよね。すでに現代イギリス文学を代表する作家の一人だし、2005年に候補になったときには、下馬評では今度こそ獲るだろうって声も聞かれてたりしたんだけど。
すみ 代表作と言われることの多い「フロベールの鸚鵡」で獲れなかったのが痛かったかなあ。その年、1984年はアニータ・ブルックナー「秋のホテル」が受賞作品で、最終候補は他にJ・G・バラード「太陽の帝国」とかペネロピ・ライヴリー「ある英国人作家の偽りと沈黙」とか強敵揃いだったから、運がなかったかも。
にえ それはともかくこの作品、まあ、さすがにブッカー賞最終候補作品って手応えがあったよね。
すみ うん、第T部「イングランド」、第U部「イングランド・イングランド」、第V部「アングリア」と3つに分かれてるんだけど、とくに第T部の「イングランド」は独立して短編として読んでも充分に味わい深く、余韻深い作品として成立するよね。生まれてから最初の記憶ってものにこだわるところから、マーサという少女の両親が離婚して、父親がいなくなったってことが徐々にわかっていくんだけど、その流れの美しいこと。
にえ 文章は書き出し部分でいきなり「絶望感を感じた」ときて、そのあとすぐ「海に突き出ているから位置がわかりやすいから」なんてのもあったりとかして、ちょっと、ウッと思ったりもしたけどね。
すみ たしかにちょっと引っかかったね。でもまあ、全体としては、というか、途中からは気にもならずに流れで読めたから。とにかく翻訳文からしっかりと透けて見える原文がたまらなく美しかった〜。
にえ それが、第U部でガラッと変わるんだよね。冒頭でサー・ジャック・ピットマンっていう、成り上がり独裁的経営者のステレオタイプみたいのが現れて、なんだか、おふざけSFがはじまるの?って雰囲気だった。
すみ 40歳になって再登場するマーサも勝ち気なワーキングウーマンの典型みたいになってるし、マーサの恋人となるポールもオトボケ男の典型みたいだし、全体がコミカルで、いかにも危ういバランスでしか成立しない世界みたいになってたよね。
にえ サー・ジャックがやろうとしているプロジェクトじたいも、おふざけSFの典型みたいな内容だったもんね。実在するワイト島という小さな島を独立させて、そこにアメリカ人や日本人などの観光客がいかにも喜びそうなイギリスらしいイギリスのレプリカを作ろうという計画なの。
すみ そのプロジェクトの過程で、これぞイングランド的なものベスト50ってアンケート調査の結果が出てたりするんだけど、これがけっこうおもしろかったりするよね。イギリス人が読めば、まあ、そうだろうねって感じの、かなり皮肉まみれの笑みがこぼれてしまうかも。
にえ プロジェクトは推し進められていき、マーサとポールはそのあいだにも、いつ首を切られるかもわからないような独裁的経営者サー・ジャックへの対抗策を講じたりして、かなりコミカルな展開よね。
すみ 読み進めるうちに、なんでこんなに?って疑問に思うぐらいに、細かに語られる部分がいくつもあったよね。それは農産物品評会の受賞品リストだったり、さまざまなことへの考察だったりするんだけど。
にえ おふざけなのか、本気なのかと首を傾げたりしつつも読み進めていくと、いつしか哀愁漂う雰囲気になってきたりもして、偽物と本物の境界線が溶けてなくなるような現象もあったりして……。
すみ ハッキリと答えが提示されず、結局なにが言いたかったの? って読後感が残るのはジュリアン・バーンズ・パターンって感じなんだけど、なんか前に読んだ2冊よりずっとシックリいったというか、キッチリ読み終えたって感触が残ったかも。
にえ 物語はちゃんと終結してるといえば終結してるよね。物語っていうのは、マーサという一人の女性の半生を追った物語ということだけど。
すみ 父に捨てられたという感情から、強く生きてはみたものの、同情心が邪魔をして、判断力が鈍いと思われてしまうようなところもある女性なのよね。男性との関係にもいろいろ問題があるみたいだし。
にえ ジュリアン・バーンズだからこれもまたきっと、と思いながら読みはじめたからなのか、モワモワ〜っと不思議感覚が最初から最後まで続くのがけっこう快感として読めたかな。しっかりとしたストーリー展開があるしね。
すみ うん、単純にストーリーを楽しめるし、初ジュリアン・バーンズとしてもいいかもね。単純に楽しめるといいながら、一筋縄ではいかない作家さんのイメージがバリバリ強いんですがっ(笑)
 2007.2.4