すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「フロベールの鸚鵡」 ジュリアン・バーンズ (イギリス)  <白水社 uブックス> 【Amazon】
医者であり、妻を亡くした老齢の独身者であるジェフリー・ブレイスウェイトは、「ボヴァリー夫人」で 世界的に有名な作家フロベールの故郷、フランスのルーアンを訪ねた。フローベルは「純な心」を執筆する際に鸚鵡の剥製を 手元に置いていた。現在、フローベルの鸚鵡だといわれている剥製の鸚鵡は2つある。記念館に1つと、市立病院に1つ。 果たしてどちらが本物なのか。
にえ 私たちにとって、初ジュリアン・バーンズです。
すみ かなり変わった小説だったよね。小説っていっていいのかってのも 考えてしまうような。
にえ だからってフローベルの研究書、ではないのよね、あきらかに。 あえていうなら、架空の人物による虚構も含めた小論って感じ。いや、これも違うか(笑)
すみ とりあえず、ジェフリー・ブレイスウェイトって人が主人公になるのよね。 主人公っていうより語り手っていったほうがいいかな。
にえ ジェフリー・ブレイスウェイトは素人ながら、ギュスターヴ・フロベールの かなりディープな研究家。妻を亡くして孤独な身で、今はフロベール研究が生き甲斐になってるみたい。
すみ 隣国フランスに足繁く通って、謎の多いフロベールの人生を探ってるのよね。ちなみに、 フロベールも父親が医者で、ふつうなら、フロベールも医学の道を歩むところだったそうな。
にえ ジェフリーが探る謎はいっぱい。まず、フロベールの鸚鵡は記念館にあるのと、 市立病院にあるのと、どっちが本物なのか。元祖と本家の戦いのごとく、記念館も市民病院もこっちこそが本物だと主張してるんだけどね。
すみ ちなみに、フロベールはジョルジュ・サンドに、「あなたの作品は哀しみをもたらしますが、私の作品は 人を慰めます」と言われ、奮起して「純な心」を書いたとか。ジョルジュ・サンドはフロベールにとっては第2の母のような存在だったらしいんだけど。
にえ 「純な心」は、貧しく無教養でな女中が半世紀に渡って一人の女主人に仕え、 いろんな人を愛して、その人たちのために自分を犠牲にするけど次々に失ってしまい、最後に愛情の対象となったのが鸚鵡のルウルウ。ルウルウが 死ぬと、老いた女中はこれを剥製にして大切にするってお話。その鸚鵡の剥製のモデル探しなの。
すみ それから、フロベールの愛した女性はだれなのか。複数の女性の名前があがり、 どの女性のことも愛していたんだって説もあれば、じつはたった一人の女性を愛しつづけたんだという説もある。
にえ その他もろもろ、フロベールの人生について、フロベールと関わった人々について、 ひたすら緻密に調べあげるわけなんだけど、だからって研究書では全然ないのよね。
すみ 章によって、書き方の形式がぜんぜん違ってたりもするしね。章によっては問題集のようだったり、 事典のようだったりもするし。
にえ フロベールの小説や人生について見当違いな説を立てて騒いだ人たちを 一人一人血祭りに上げて論破してる章はおもしろかった。
すみ かなり詳細な反論を添えてるのよね。
にえ フロベールの生涯年表が2つある章もおもしろかった。事実は同じだけど、 見る角度がまったく違うために、ひとつではフロベールの人生が栄光と幸せに満ちていたように感じ、 もうひとつでは、挫折と失望に満ちていたとしか思えないようになっているという。
すみ 変な情報提供者が現れる章が私は好きだったな。負け負け人生の悲壮感漂う男がジェフリーの前に現れるんだけど、 こいつがとんでもない食わせ者なのよ。
にえ じつは正義のヒーロー、とも言えるよ。
すみ ある章ではフロベールに関わった女性の語りが。これは架空の インタビュー記事って感じ。
にえ でも、フロベールのおもしろ研究書っていうのでもないのよね。 全編に漂うのは、過去の一人の人間の生涯は調べても、調べても、どうとでも受け取れて、本当のことなんかなにもわからないんだという ニュアンスの主張。
すみ あと、ジェフリーの人生についても、チラッと語られたりして。読んでると、 フロベールのことを語っているふりをして、それを越えてもっと大きな話をしようとしているって感じがした。
にえ でも、迷路の奥へ奥へと連れていかれて、置き去りにされるような煙に巻くようなところもあるよ。 読者をそういう目にあわせて作者が喜んでいるような、そうされて読んでるこっちも喜んでいるような。とにかく不思議な感触。
すみ 知的な遊戯書なのか、じつは理論を表に出さずに奥底に秘めた哲学書なのか。ストーリーはあるよう でないようで、でも読みだしたらやめられない。こういう内容なのに読みやすくて柔らかな印象で、読んでて疲れないの。フロベールについての 予備知識がなくてもじゅうぶん楽しめます。興味がある方はぜひぜひ。