=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「蜘蛛の巣」 上・下 ピーター・トレメイン (イギリス)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】 (上) (下)
7世紀半ばのアイルランド、フィデルマはモアン王国の王の美貌の妹であり、修道女にして正式な資格を持ったドーリィー(法廷弁護士)でもあり、ブレホン(裁判官)の役割をも果たせる最高位に次ぐ高位アンルーの資格まで持っていた。 リス・ヴォールの町で土地に関する裁判を行ったフィデルマは、王である兄からの、アラグリンの谷の氏族の族長エベルが殺され、犯人は捕まっているので、調査のために出向いてほしいという伝言を受けとった。奇遇にも、その谷の土地をめぐる裁判を行ったばかりだったフィデルマは、サクソンから来たエイダルフ修道士とともに、アラグリンへと向かった。 | |
これは、この作家さんの前の邦訳本「アイルランド幻想」を読んだときから楽しみにしていた、ケルト・ミステリです。 | |
「アイルランド幻想」はケルトではあっても、舞台はほぼ現代で、ホラー物の短編集だったんだよね。 | |
こちらは舞台が7世紀半ばのアイルランドで、もろケルトの世界。で、王の妹にして修道女、法廷弁護士でもあるフィデルマという若く美しい女性が主人公のシリーズなの。 | |
「アイルランド幻想」でも充分に感じたけど、このピーター・トレメインさんはケルト学者で、たしかな知識をフルに生かした情報量の多い世界観をキッチリ創り上げているんだけど、ほとんどまったく知識がない読者への配慮が行き届いていて、安心して読めるよね。 | |
この小説だと、シリーズが進めばやがてフィデルマと恋愛関係になるのかな〜と予感させる、エイダルフ修道士がサクソンの出身で、この小説の舞台となるモアン王国のことをあまり知らないっていう設定になっているんだよね。この設定のおかげで、さりげなく説明が入っていってくれてて、そういうことなのかと読者も納得。 | |
それにしても、驚くことばかりだったよね。修道士、修道女でも、この時代にはまだ結婚が許されていたし、女性でも男性と対等に社会的地位を得ることができたそうで、女性の弁護士も珍しくなかったそうだし、修道女が弁護士であることも、べつにおかしなことではなかったそうだし。 | |
法律についても驚かされるよね。暴力に対する暴力の復讐のような罰はいっさい許されていなくて、身体障害者に対する侮辱は厳しく罰せられることになっていたそうだし……まあ、挙げればきりがないんだけど、ものすごく近代的。 | |
現代人が見習うところが多いことを考えると、近代的どころか、未来的とさえ言えるかもね。 | |
そうだね〜。もちろん、自由民とそうでない人がいたり、現代の私たちから見ると、あまり良いとは思えないようなところもあるけど、そういうことにしてもキッチリ法律があって、子孫までずっと奴隷のような身分のままでいなくても済むようになっていたりとかもして、とにかく法律制度が整った社会だよね。 | |
で、主人公のフィデルマなんだけど、かなりキッツイ女性だった〜(笑) | |
自分でもわかってるみたいだったけどね。正義感が強くて、意志が強くて、弱い者に対しては優しく思い遣りがあって、偏見というものを持ち合わせない女性でもあるんだけど、偉ぶって自分に対して見下した態度を取るやつに対しては容赦がないの。 | |
美人で、頭もよくて、騎馬も上手で、男顔負けの戦闘能力があるうえに、王の妹で、アンルーという高位。とくにアンルーまで上り詰めたのは自分の努力の成果って自負があるから、プライドが高くて当たり前かもしれないけどね。 | |
今回の捜査では、井の中の蛙なのか、谷では一番偉いからってフィデルマにまで偉そうな態度をとって敬意を払わない、亡き族長の妻クラナットやその娘のクローンに対して凄かったよね。いやみ炸裂しまくりでピリピリムード(笑) | |
自分に対してだけじゃなく、弱い者いじめをしそうなやつも許せないみたいね。うぬぼれ屋の若い兵士クリーターンに対しても凄い態度だった。 | |
ちょっと追いつめすぎなんじゃないのとハラハラしちゃったよね。でも、個人的には好きだわ、こういう女性(笑) | |
でも、そういう性格的なものにはハラハラしたけど、行動力があって、迷いなくズンズン進んでいくから、ヘナチョコの主人公に感じるようなストレスはいっさい感じなくてすんだよね。 | |
ストーリーとしては、住んでいる人の多くに血縁関係があるような谷間の地域で、隠された愛憎関係が次々と暴き出されていき、捜査をつづけるあいだにも殺人がいくつも起きる、とそういう話なの。 | |
最後の謎解きはともかくとして(笑)、7世紀のアイルランドには驚くことばかりだったし、複雑な人間関係の織りなす物語にも面白味があったし、一気に読めたよね。 | |
うん、おもしろかった、最後の謎解きはともかくとして(笑)。法律とか宗教のこととかが議論されてる場面もあって、読み深かったし。これがシリーズの第1作めじゃなくて、5作めだってってことでちょっと心配だったけど、私としてはあんまり気にならなかったかな。 | |
シリーズ何作目でもスンナリ入っていけるようにしてある配慮は充分に感じられたよね。エイダルフ修道士との出会いとか、そのへんは最初っから読めたらよかったのなって気はしたけど、問題はなかった。 | |
とにかくミステリというより、7世紀半ばのアイルランドに興味がある人は読むべし、でしょ。かなり驚けるのでは? ちなみにピーター・トレメインについては、この本の巻末でもあらためて紹介されているけど、ケルトについてちょっと学ぼうと思った人なら誰でも知っているような、そうとう高名なケルト学者らしいから、知識については保証付きだし、出し惜しみせず、かなり細やかだし。 | |
そうだね〜、このシリーズ、本国ではもうかなりの冊数が出ているらしいんだけど、他の本にはどんな知識が盛り込まれているのかと興味津々。続けて邦訳されることを祈りたくなるようなシリーズでしたってことで。 | |
2006.12.10 | |