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 「アイルランド幻想」 ピーター・トレメイン (イギリス・アイルランド)  <光文社 文庫本> 【Amazon】
ピーター・トレメイン(=ピーター・ベレスフォード・エリス):著名なケルト学者。イギリスで生まれ育ったが、英語のみならず、アイルランド語でも作品を発表。
石柱/幻の島ハイ・ブラシル/冬迎えの祭り/髪白きもの/悪戯妖精プーカ/メビウスの館/大飢饉/妖術師/深きに棲まうもの/恋歌/幻影
にえ 著者のピーター・トレメインは、ピーター・ベレスフォード・エリスという本名で知られるケルト学者だとか。んでもって、7世紀のアイルランドを舞台にした歴史ミステリー<尼僧フェデルマ・シリーズ>というのを書いていて、近々邦訳本が出る予定なのだとか。
すみ で、この本は<尼僧フェデルマ・シリーズ>とは流れ的にまったく関係ない、アイルランドを舞台としたホラーものの短編集なのよね。
にえ もちろん、ケルト学者の書いた本だから、そういった知識が色濃く背景となって書かれているんだけど、そういうのに興味を持って読みはじめたら、意外にもけっこう怖かった(笑)
すみ もうちょっと幻想的な、ホワ〜っとしたお話かと思ったよね。ヒィ〜ってのは想像していなかった。それに、もっとアイルランドを擁護した内容だと思っていたんだけど、けっこうそうでもなかったりして。
にえ ケルトに詳しくない私たちとしては、読みづらさも覚悟していたよね。意外にそれもなかった。ケルトの妖精だの、独特の宗教観だの、ゲール語だのってのはタップリ出てくるのに、スルッと読めちゃう。
すみ とにかく、たまにしか出ない大ヒットに遭遇しましたと断言していいくらい、質のいい短編集だったよね。どの話もすっごく出来がよくて、素晴らしくおもしろかった。
にえ 予想に反して、かなり救いのない、残酷な感じのする話が多かったけどね。でも、ホントにレベルの高い短編集だった。これはケルトが好きな方も、ケルトの知識なんてなにもないよ〜という人にも楽しめるんじゃないかな。学者が書いたんならそれなりの、なんてなめてかからない方がいいと思う。
すみ 逆にケルト神話の濃厚さを楽しみにしちゃうと、ちょっと違うぞとなるかもしれないけどね。いやはや、日本に紹介されていない、こんな良い作家がまだ残っていたのね。これはホントに良かった。もちろん、強くオススメです。
<石柱>
盲目の作曲家ファーガスは盛りを過ぎてしまったと評価され、体をこわし、若い妻キャサリンとともにアイルランドの静かな屋敷に移り住んだ。その屋敷の庭の真ん中には、メンヒルと呼ばれる石柱が立っていた。ファーガスはその柱に人の顔が刻まれている気がしてならなかった。
にえ アイルランドで生まれ暮らす人よりも、よそからアイルランドに来た人を主人公に据えているものがほとんどで、これもそう。ファーガスは地元の不動産屋や神父から、メンヒルについて聞くことになり、それによって読者も理解できるという仕組み。いや、もうこの作品から、「来た!」って感がありましたわよ。あとになってみれば、これはまだ軽いジャブだったのだけれど。
<幻の島ハイ・ブラシル>
アメリカで生まれ育った私は、祖父の故郷であるアイルランドのアラン諸島へ行くことにした。3つの島からなるその諸島で、祖父はイーラーの灯台守の仕事をしていた。ところが、イーラーの灯台に行くつもりで舟を出すと、ハイ・ブラシルという聞き覚えのない島にたどり着いた。そこにはおかしな言動をとる修道士と美しい女主人が住んでいた。
すみ たとえば、イニシュヒーア(東の島)、イニシュマーン(中の島)、イニシュモア(大きな島)といったゲール語は、太字になっているの。これも読みやすくなってるポイントだな。地図にない島ハイ・ブラシルにたどりつき、その島の言い伝えを聞いてみると・・・という流れで、伝説のなかにスル〜っと引きこまれていっちゃうの。
<冬迎えの祭り>
アメリカで生まれ育ったケイティは、シチリア系マフィアの息子マリオと結婚し、一人息子のマイクをもうけたが、マリオは他に女ができたらしく、家に帰らなくなってしまった。ケイティはマイクを連れ、ダブリン郊外に住むファンド伯母のもとに転がり込んだが、居心地が悪く、人里離れたコテッジに移り住んだ。そこでマイクは、ショーン・ルアという見えない友達を作った。
にえ マイクの見えない友達ショーン・ルアとは何者なのか。郷に入っては郷に従えとは言うけれど、アイルランドに踏み込んだら、そこからはまったく異質の注意が必要になるようです。
<髪白きもの>
アイルランド国立図書館の古文書部に勤める私は、古い農家の廃屋で発見された鉄の箱に入っていた文書を見せられた。それは、トム・シンダー・コウムという兵士が怪我をして、この家に住むオデリック夫婦に助けられてからの顛末が書かれていた。それは、アイルランド人は殺され、追い出されるべき者たちだった時代のことだ。
すみ なんとなくこの作品あたりから私は、小説としてはまったく違っても、日本でいえば横溝正史だなあ、なんて思ってしまった。どこか閉塞的なその土地に踏み込んだとたんに…伝説…血にまみれた過去…みたいなところが。
<悪戯妖精プーカ>
前夫を亡くしたジェーンと結婚した僕は、ハネムーンでジェーンの祖先の出身地であるアイルランド南西部を訪れた。そこで老婆に物乞いされ、僕が邪険に断ると、ジェーンが金を渡し、悪戯人形プーカをもらった。プーカは我が家の守り神となったが、十年後、僕には他に好きな女性ができた。
にえ 「悪戯妖精プーカ」って可愛らしい名前ねえ、なんて思ったけど、可愛いものが怖いときほど怖いものはないのかもしれない(笑)
<メビウスの館>
カート・ウォルフは古い銅山の廃坑を調べるため、アメリカからアイルランド西南部を訪れた。ところが、坑道で落下してしまい、目を醒ますと、鉱山のそばの家に運びこまれていた。世話をしてくれた男性は、フェリム・オブライエン医学博士と名乗った。
すみ 読んでる途中で、「ああ、これはわかった」と思ったけど、そんなに甘くなかったです。
<大飢饉>
ニューヨークの三番街に建つ”いと聖なる贖い主”教会の司祭イグナティウス神父は、25年ぶりだという男の告解を聞くことになった。ピリブ・ルアと名乗るその男は、1848年、アイルランド西部のコナハト地方の村で大飢饉に遭遇した。しかし、そこで大農園を所有するチェトウィンド大佐の屋敷には、食べ物があふれていたのだ。
にえ 血が凍るとはこのことだっ。短編っていうのはラストが肝心だと思うのだけれど、この方の場合は、「よし、よくやった」と思うより、「ひ〜っ、そ、そこまで」と思うラストが多くて。ホント、やってくれますよ。
<妖術師>
両親、妻、祖父と相次いで亡くしたサー・ジャイルズは、アイルランドのクーラリガン城を相続し、戻ることにした。しかし、そこにはかつていた召使いたちの姿はなく、フィナーティーという男が一人で管理していた。道で出会った老いた牧師が、サー・ジャイルズの一家は呪われていると言った。
すみ こういう独りで閉じこめられていく感のあるものは、短編に限るな。長編だと息苦しくなってきて持たないけど、短編なら一気に読めちゃう。
<深きに棲まうもの>
トム・ハケットの祖父ダニエルは、故郷であるアイルランドに帰ったきり、アメリカの家族のもとに戻ってこなかった。祖母も父も亡くなったあと、キコール・オドリス・コールという男が、祖父の書いた古い手紙を持ってきた。その手紙には、故郷の島で9年前にファイファー大尉という男が失踪したこと、もうじき<ビーリャの火の祭り>が行われること、不思議な少女に予言を受けたことなどが書かれていた。
にえ ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法」の「九年目」がなんなのか、この短編でハッと気づいた。そうか、あれもケルトだったのか。
<恋歌>
小さなレコード会社のプロデューサーである私は、所属のロック歌手マコーレイに会うため、アイルランドの西コークへ向かった。途中で立ち寄った村では、<ルナサの宵祭り>で賑わっていた。渡しはそこで、美しい女性エメール・ニ・ミリーサの家に泊まることになった。エメールは婚約者を亡くしたばかりだった。
すみ 時間軸を取り払うと、全貌が見えてくる。こういうものをサラッと書いちゃうなんて凄いなあ。
<幻影>
1852年に出された手紙によると、アイルランドのディスカルトと呼ばれる島へ赴任することになったメアラ神父は、その若さのために島民に受け入れられなかった。しかも、野性味を帯びた美しさを持つ娘モーラの誘惑に負けそうになってしまった。
にえ 島に来てから、たびたび幻影を見るメアラ神父。その幻影はいったい何者なのか……。この作品が著者一番のお気に入りだそうで、原題のタイトルにもなってます。