すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「石さまざま」 アーダルベルト・シュティフター (オーストリア)  <松籟社 単行本> 【Amazon】 (上) (下)
19世紀オーストリア、画家でもある散文作家アーダルベルト・シュティフターの短編集『石さまざま』の全訳。
花崗岩/石灰石/電気石/水晶/白雲母/石乳
にえ 岩波文庫の「水晶」に全6編中4編が収録されていて、あとの2編も読みたいよ〜と言っていた、シュティフターの短編集「石さまざま」の全訳版が出たので読んでみました。
すみ 読みたいよ〜と言いつつ、本当に読める日が来るとはねえ。感無量っ。しかも、前に読んだ4編も新訳でまた感動してしまったし。
にえ 前に読んだときも一番感動した「水晶」はあらためて読んでみると、読んでいて圧倒されるだった、自然の怖さと美しさ、その両方が内在されるからこその迫力、魅力が、なんというのかな、意外と平易に書かれているんで驚いた。
すみ そうそう、二人の子供たちが踏み込んでしまった剥き出しの自然のスケールの大きさに圧倒されるようなんだけど、一行ずつ読むと、意外と大きな視野で書かれているところは少なくて、子供たちの見える範囲なんだよね。
にえ それなのに、読むうちに物凄い大きさを感じるよね。ああ、こういう書き方で、この迫力を出していたんだ、この人ってやっぱり凄いな〜と思った。
すみ そういう厳しさのある自然と共存する人たちの心の温かさもまた、どの作品でも魅力となっているよね。わりと感情の起伏が緩やかで、口数も少ない人が多いんだけど、心の温かい人がさりげなく脇に登場することが多くて。
にえ 子供たちへの無理強いのない愛情も素敵だよね。出てくる人はみな、どこか品があるし。
すみ 「電気石」と「白雲母」が今回、初めて読んだ短編なんだよね。「電気石」については、なぜ省かれたか、読んでいてなんとなくわかる気がしたけれど、とにかくすべて読めてうれしかった。初めての人にも、そうじゃない人にもオススメでしょう。
<花崗岩>
父の生家の前にある花崗岩に座っていた、少年の頃の私は、車軸用の油を売りに来た男から、足に油を塗ってやろうかと言われた。油を塗ってもらった足で家に入った私は、母に悪戯だと思われてお仕置きをされてしまったが、祖父は私を慰めるため、外へ連れ出してくれた。散歩中に祖父がしてくれた話のなかには、昔、ペストが流行したときに、ある男の子と女の子に起きた小さな奇跡の逸話が含まれていた。
にえ おじいさんが語ってくれた、昔あったお話は、ちょうど少年と同じぐらいの年齢だった、男の子と女の子のお話。これは興味津々で聞いてしまうよね。それは小さな、美しい奇跡のお話。
すみ いいよね、穏やかで優しくて、面白い話をたくさんしてくれるおじいさん。油売りのおじさん、おかあさん、少年と、それぞれの立場で語って、だれも悪気はなかったことをさりげなく説明するところなんかもグッときた。
<石灰石>
ある知人がこんな話をしてくれた。測量の仕事をする私は、いろいろな場所へ出張していたが、ある時、ヴェンゲンという小さな町の教会に、記念日の食事で招かれた。招待客のなかには、古びた司祭服に身を包み、食事もほとんど取らず、話もせず、ただにこにこと話を聞いているだけの田舎司祭がいた。なぜかその司祭は、自分の袖口から時おり出てしまう、手首のひだ飾りを必死に隠していた。八年後、私はシュタインカールと呼ばれる鄙びた地方で、その司祭に再会した。
にえ ひたすら倹約をする老司祭、その理由、そして、意外な司祭の過去、最後には優しさに包まれて、にっこりと微笑めるお話なの。
すみ あまりにもストイックで、つましすぎる生活を送る司祭だけど、その中には美しいものが隠されていたのよね。こういうのっていいなあ。
<電気石>
何年か前、ウィーンの町中で、働かずに裕福な暮らしをしているために「年金のご主人」と呼ばれる40才ぐらいの男が、30才ぐらいの美しい妻と、まだ幼い娘と暮らしていた。その男は、ダルという著名な俳優と親しくしていたが、ある日、妻がダルと密通していることを知った。男は妻をゆるしたが、妻は姿を消してしまった。そのあと、男と娘も忽然と姿を消した。
にえ これは奇譚っぽいような不思議なお話で、都会が舞台になっているし、語り手が主に女性だから、他とはかなり違った印象だった。
すみ いなくなった人、新しく現われた不思議な人、ということで、なんとなく先が読めたりもするけど、実はすべては明かされないのよね。
<水晶>
谷間にあるグシャイトの村で、評判の靴屋を営む男が、ミルスドルフの町の富裕な染物屋の娘を娶った。二人のあいだには、コンラートという男の子と、ズザンナという女の子が生まれた。コンラートとズザンナは時おり、森を抜けて尾根を越え、牧草地を通って、祖父母に会いに行った。ところが、ある日、二人が祖父母の家から帰る途中、雪が降りだし、目印にしていた、倒れた看板を埋めてしまった。二人は山の奥へと迷いこんでしまった。
にえ なんとなく、村に馴染めなかった母親と子供たち。それがひとつの出来事をきっかけとして、というお話なんだけど、とにかく子供二人が彷徨う、苛酷な自然が大迫力。
すみ でも、押し潰されそうになりながらも、兄が妹を庇い、妹があにを慕って、頑張って乗り切っていくのよね。圧倒される自然も、幼い兄妹を飲みこんでしまわないと、なんとなくわかるから、恐怖はなく、じっくりと描写を味わって読めたりもするし。それにしても、実際に経験している最中みたいに、詳細な描写。
<白雲母>
都会から遠く離れた美しい土地に、豊かな農園を持つ夫婦には、二人の娘と、一人の息子がいた。祖母は最初のうち、二人の孫娘を、少し大きくなると男の子も含めた三人の孫を連れ、胡桃山へ行って、胡桃をとらせてくれたり、その地方に伝わる珍しい話をしてくれた。あるとき、胡桃山で三人が祖母の話を聞いていると、見たことのない少女がそっと近づいてきて、榛の茂みのそばで、一緒に祖母の話を聞きだした。
にえ これは祖母が話すいくつかの話のなかに、ひとつだけ、あれ? と思うような、不思議な、というか、変な終わり方をする話があって、なんとなく気になりながらも、忘れかけていたところに、最後のほうでそういうことがあったのかと結びつくお話でおもしろかった。
すみ 私は自分で勝手に、つまりこういうことなのかなと思っているものがあるんだけど、それが当たっているのかどうか、確かめるスベがない〜。オーストリアの人が読めば、こういうことかとすぐわかるのかなあ。それとも、だれにとっても謎を残したままなのか。どうなんでしょ。
<石乳>
亡くなった父から遺産を受け継いで城主となった男は、美しい顔をしていたが、体に対して頭が大きすぎ、才能や知性、純粋な心を持ち合わせながらも、想像力がありすぎて、まるで子供のようだった。だれとも結婚しなかったこの城主は、仲良くしている管理人が結婚し、子供を作ると、本当の家族のように一緒に暮らした。
にえ これは少しロマンティックだったりもするお話。ある夜、いきなり飛びこんできた、白いマントの素敵な軍人、すぐに心惹かれる、若く美しい娘、二人はどうなるのかってね。
すみ いいよね、映像が浮ぶよね。「水晶」は映画化されているそうだけど、これも話を膨らませれば、素敵な映画になりそう。
 2006. 7.10