すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「水晶」 シュティフター (オーストリア)  <岩波文庫 文庫本> 【Amazon】
19世紀オーストリア、画家でもある散文作家アーダルベルト・シュティフターの短編集『石さまざま』から 抜粋した4編<水晶><みかげ石><石灰石><石乳>。シュティフターみずからの書いた『石さまざま』 び序文つき。
にえ まずはとにもかくにも、景色の描写がどれも美しかったよね。
すみ もみの森、雪原、畑をわたる風、明かりが灯っていく人家、 読んでいるとその場に立ってるような錯覚に陥っちゃうの。
にえ で、登場人物は、シュティフター自身が書いてあるところに よると、書いた当時は、ありふれた人たちすぎると非難されることもあったそうな。
すみ 今、私たちが読むと、19世紀のはじめの頃のオーストリアの田舎の 人たちの生活、それじたいが新鮮で興味深いし、なんだかキラキラ輝いて感じるよね。
にえ この本はそういう普通の人たちの、当時にしたらどこの町村に も、ひとつぐらいは落ちていそうなお話。
すみ じゃあ、なんでこんなに読んでてドキドキするんでしょう。 お話をひとつずつ、紹介しながら考えてみましょ。
<水晶>
谷間の小さな村に住む兄妹、コンラートとザンナは、クリスマスの前日、山を越えて隣村の祖父母に 会いに行った。その帰り、通いなれたはずの山道だったが、道標が倒れていたために、二人は雪山の奥深く へ迷いこんでしまった。
にえ これはとにかく雪山の描写の迫力に圧倒されたよね。
すみ どど〜っとくる雪崩のような怖さじゃなくて、雪山の静かな怖 さを感じた。
にえ いつまでも続く氷原とか、降りていくはずがいつの間にか 登っていっちゃう雪の山道とか、コンラートとザンナと一緒に歩きまわったね。
すみ 頼りになるお兄ちゃんと、兄を信じきるかわいい妹の姿が よかったよね。
にえ そうそう、これは先に読んでおけば良かったと思ったので、 これから読む人にアドバイス。ザンナがコンラートに話しかけられるたびに、「そうよ、コンラート」って 言うんだけど、ここだけ読んでるあいだに違和感があったの。
すみ うしろの解説を読むと、翻訳家の方も、気にしてたみたいね。
にえ これを原文のまま”Ja,Konrad!”になおして読む と、情景が浮かびやすい。
すみ ちょっと高めの、かわいい女の子の声でね。”Ja”は「ヤ ー」より、子どもっぽく「ヤッ」ってかんじにしたほうがいいと思うよ。
<みかげ石>
手押し車で差し油を売るおじさんに、興味を持った幼いわたし。ある日、おじさんは私の足に油をかけ てくれた。その足で磨きたての床を歩き、母に叱られたわたしを、おじいちゃんが散歩に連れて行ってくれ た。おじいちゃんは移り変わる景色を指しながら、ペストの流行する時代に出会った少年と少女の話をして くれた。
にえ これは美しい景色が、そのまま描写されてるんじゃなく、 孫にたいする祖父の語りで表現されているの。
すみ おじいちゃんの説明を、私たちも主人公の少年と一緒に聞くの よね。
にえ これが綺麗。木の葉がさらさら音をたてたり、森に細い煙が あがっていったりする情景を、おじいさん柔らかな声で聞ける、この喜びっ。
すみ おじいさんの過去の話も、すごく興味深く読めたよね。遠く の村からだんだん近づいて、隣の村から自分の村に襲いかかってくるペストのおそろしさ、人々の反応、 ペストがきっかけで出会う少年と少女。
にえ でもペストの話なんかしていても、やっぱり素朴な肌触りが 伝わってきて、心地よいのだな〜。
<石灰石>
石灰だらけの痩せた土壌の村に訪れた、測量士のわたし。そこには清貧を守る牧師がいた。牧師の 温かい人柄に惹かれるわたしだが、牧師が古ぼけた服の下に、思いがけないほど美しい下着を着ている 理由がわからなかった。ある日、病気の牧師を見舞ったわたしに、牧師は秘められた過去を語りはじめた。
にえ これはねえ、読みはじめは貧しいばかりの村のしなびた風景が 、読んでいくうちに村を愛する牧師によって、だんだんと美しく思えてくる。
すみ 牧師さんは世間知らずで、ちょっと助けたくなるような人なん だけど、独特の強さも持ってる人なのよね。そういう人柄に惹かれてしまう。
にえ 牧師の過去といっても、もちろん驚愕の新事実なんて出てきま せん。でも、子どもの頃からの牧師の生活が、情景として浮かびやすいし、それで牧師の性格がこうなった のか〜なんてすごく納得して、やっぱり話に引き込まれてしまった。
すみ どの話も、ビックリするようなことは何もないんだけど、まっ たく退屈じゃないのよね。どんどん引き込まれちゃう。不思議だなあ。
<石乳>
広い濠をめぐらせて、池のなかの島の上に建っているように見せた城は、不便なだけで、時代遅れの しろものだった。そんな城のひとつアスクの城主は独身の男だったが、似たもの同士の支配人、支配人の 子どもたちの先生と暮らし、幸せだった。そんなとき、戦争の暗い影がアスクの城にも忍びよってきた。
にえ なんでしょう、戦時中といってもホンワカしてるのよ、 ホンワカしてるけど、甘ったるくないの。
すみ ほんと、なんだろうね。どの話もそうだけど、幸せそうに見え ても、いつでも不幸になっちゃう危うさも常に感じさせられる。だから読んでてドキドキするのかも。
にえ そういう時代背景だからかなあ。医療が発達してないから人は あっさり死ぬし、戦争だってあるかもしれない、そんな中で生きてる人たちの話でしょ。その生にたいする 緊張感が伝わってくるのかも。
すみ 感じさせるけど、実際なにか起きるってわけでもないんだけ どね。
にえ 力の入った、踏んばって戦ってるって人たちの話ってわけでも ないしね。
すみ 明日の心配をするより、今この瞬間を大切にしている人たちだ よね。そういう人の眼を通すから、景色も美しく見えるのかなあ。繊細さのなかに、地に足のついた強さが 隠れてるよね。ほんと、読んで心地よい美しさでした。