すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「雪」 オルハン・パムク (トルコ)  <藤原書店 単行本> 【Amazon】
12年間、ドイツで亡命生活を送るあいだに、トルコで詩人として名が知られるようになったKa、ことケリム・アラクシュオウルは故郷イスタンブルに戻った。旧友に依頼され、「共和国新聞」の記者としてカルスへ、市長選挙と多発する少女自殺の取材に行くことにしたKaだが、本当の目的は、学生時代から憧れの存在だった美女イペッキに結婚を申し込むことだった。イペッキは夫と離婚し、父と妹とともにカルスでホテルを営んでいた。
にえ わたしの名は紅」から2冊目のオルハン・パムクです。こんなに早く2冊目が読めると思っていなかっただけに嬉しーっ。
すみ でも、「わたしの名は紅」は文学的作品、「雪」は政治的作品、なんて話を聞いていたから、こっちは小説としては面白くないんじゃないかと不安もあったよね。
にえ そうそう。でも、杞憂だった。「訳者あとがき」からそのまま引用させてもらうと、これは「政治的メッセージのない政治小説」で、「読者は、政治的題材を扱っているにもかかわらず、この小説が十分に文学であり芸術でありうることを見出すであろう」って、ホントにそうだった。
すみ だよね、政治的に、民族的に、そして宗教的に混沌とするカルスが舞台となって、いろんな主義、宗教を持つ人々が織りなす物語となっているけど、主人公であるKaはあくまでも傍観者的な立場で、地の文で著者の主義主張が熱く語られる、なんてことも一度もなかったし。
にえ それになにより、小説としての面白味がたっぷりとあったよね。読んでいて、一段落ついて飽きそうになるちょうどってときにからなず新たなことが起きたり、わかったりして、最初から最後まで夢中になって読めるし、「わたしの名は紅」でもそうだったけど、女性の登場人物がさりげなく魅力的だし、なにげなく張った伏線の巧みさとか、話の展開のさせ方の上手さとか、もう、最高ですっ。
すみ 読んでいて惚れ惚れしてしまったよね、なんて巧い作家なんだろうって。「わたしの名は紅」より巧さが一層際立って感じられたような。
にえ 政治的な理由で、もらえるはずだったノーベル文学賞がもらえなかったという噂(?)を聞いたときには、せっかく日本でも知名度が上がるところだったのに〜、これでもう2度とパムクの本は読めないかもしれないのね〜と悲しくなってしまったけれど、こうしてまた読めて、しかも期待をはるかに上まわる作品で、ホントにホントに嬉しい。これでまたちょっとでもファンが増えてくれると、もっと嬉しいなあ。こんなに巧い小説を書く作家ってあんまりいないから、翻訳してくれるありがたみがヒシヒシっ。
すみ 感激しているばかりじゃなにも伝わらないので、本文説明に入りますと(笑)、主人公はケリム・アラクシュオウルという42才の独身男性で、Kaと呼ばれているの。
にえ Kaは学生運動がきっかけで政治犯扱いされてしまい、12年間、ドイツで亡命生活を送っていたのよね。その間は、あまり人との交流もなく、ひたすら孤独だったみたい。
すみ でも、そのあいだに詩人としてトルコでちょっと知られるようになったのよね。もとは都会イスタンブルのわりと裕福な家の子供で、実際にはそれほど政治に深く関わったこともなく、無宗教みたいだけど。
にえ で、そのKaは旧友に紹介されて、「共和国新聞」の臨時雇いの記者のようなことをすることに。取材先はカルス。カルスでは前の市長が殺されて選挙戦の真っ最中で、15、6才ぐらいの少女の自殺が多発しているの。
すみ カルスはトルコのなかでも東北に位置して、アルメニアやグルジアとの国境近くで、そのために民族も宗教も複雑に入りこんでいるみたい。過去には栄えていた時期もあったみたいだけど、今は貧しく、多くの失業者を抱える灰色の町。
にえ Kaが行くときには、カルスは毎日のように雪が降り、雪で交通も閉ざされてしまっているのよね。
すみ この小説のなかでは、雪が降っているという描写がたくさん出てくるのよね。章ごとに始まりも終わりも雪、段落が変わるごとに雪って感じで。しかも、Kaが泊まるホテルの名前は<雪宮殿>、Kaが書く詩も<雪>、とまさに雪づくし。
にえ ホテル<雪宮殿>を経営しているのはユルドゥズという一家で、父と姉妹の3人家族。その姉妹の姉イペッキは、Kaの大学時代の学生運動仲間で、離婚したばかり。Kaがカルスに行く本当の目的は、このイペッキに結婚を申し込むことなのよね。結婚して、イスタンブルかドイツに連れて帰るつもり。
すみ イペッキは超がつくほどの美人なんだよね。で、その妹はスカーフで髪を覆う少女たちのリーダーで、そのグループの少女たちが主に自殺しているんじゃないかと疑われてるみたいなんだけど。
にえ なんで少女たちがスカーフで髪を多う運動をやっているかといえば、宗教と教育の分離を目的とした国の方針から、イスラム教の女性たちは外出するとき顔や体を覆い隠すでしょ、それを学校でやることは禁止、あと、トルコ帽なんかも禁止って規則になっていて、それに反発してるわけ。
すみ これはちょっと驚いたよね。イスラム教社会に反発して、髪や顔を覆わずに外へ出る少女がいるっていうんだったらわかるけど、逆の問題も起きていたんだね。信仰による強制じゃなく、信仰の自由の剥奪、つまりは無宗教の強制か。う〜ん。
にえ カルスでは、イスラム主義者や、過激な民族主義者たちによって殺人事件も起き、反発しあう軍と警察も活発に動いていて、盗聴などでだれもが監視されているもの当たり前で、かなり緊迫した状態なんだよね。
すみ そこに主義主張を持たないらしき、中央から来た、しかも、ヨーロッパまで声が届きそうな詩人Kaが現われ、過激派の指導者や左翼系劇団の役者、イスラム主義の市長候補、政府とどう結びついているのか、とにかく怪しい新聞社社主など、様々な人と関わりを持っていくのだから、なにも起きないわけはない、と。
にえ そこには政治的なものだけでなく、裏には人間どうしの複雑な恋愛だの何だのの関係もあることがわかっていくの。定番といえば定番だね、でも確実におもしろいパターン。
すみ こうなってくると、巧い作家だから間違いなしだよね。加えてトルコの複雑さ等々もわかっていくという。あ、あと、Kaがカルス滞在中に書く詩が一編も紹介されていないんだけど、タイトルと内容だけ説明されていて、これが気になるポイント。と、あと、このKaの行動について語る語り手の存在があって、これがだれかっていうのは「わたしの名は紅」を読んだ方にはすぐわかるかも。そうでなくても、真ん中過ぎたあたりのところで正体が明かされているんだけど。あとそれから、誤字誤植のたぐいがちらほらっとあるから、それは前もってわかっていたほうがいいかも。わかっていれば、見つけてもそれほど気にせずに済むでしょ?(笑) ということで、もちろんオススメですっ。