すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「僕はマゼランと旅した」 スチュアート・ダイベック (アメリカ)  <白水社 単行本> 【Amazon】
シカゴの下町を舞台とした11編の短編小説を収録。
歌/ドリームズヴィルからライブで/引き波/胸/ブルー・ボーイ/蘭/ロヨラアームズの昼食/僕たちはしなかった/ケ・キエレス/マイナー・ムード/ジュ・ルヴィアン
にえ スチュアート・ダイベックは私たちにとっても邦訳本としても、「シカゴ育ち」から2つめの短編集です。
すみ 基本的には「シカゴ育ち」と同じパターンだよね。治安が悪くて、貧しい暮らしをしている人が多い、ちょっと前のシカゴの下町を舞台にして、そこに住む人たちをスケッチのように描き出していくという。
にえ ただ、こっちは連作短編になってて、固定された登場人物がいるし、時系列も守られているみたいで、つなげて読むと長編小説のような味わいもあるのよね。
すみ うん、その分で味わい深くなっていたよね。読むうちにいろいろとわかってくるし、一人ずつにだんだんと親しみもわいてくるし。まずは語り手であるポーランド移民の子ペリー・カツェクでしょ、それから弟のミック・カツェク。語り手の目を通すから、ミックが後半で大人になって現われると、ええ、あの小さくてかわいかったミックが! なんて思ってしまった。それに両親と、レフティ叔父。
にえ あとさあ、タイトルがおもしろいよね。収録作の1編のタイトル、ではなく、収録作の「ドリームズヴィルからライブで」の中で、主人公の弟ミックが歌う自作の歌の歌詞に「僕はマゼランと旅した」って出てくるの。それが全体のタイトルになってて。
すみ 相変わらず素晴らしい描写力だよね。とくに子供の目から見た世界はホントにリアルで、活き活きとして。よくまあ、これほど細やかに書けるものだと感心してしまう。
にえ 連作短編でもあえて特に良かったのを1つ選ぶなら、ダントツで「ブルー・ボーイ」だな。それの前の「胸」と後の「蘭」はちょっと手こずったというか、私はだらけてしまったんだけど(笑)
すみ 私も「ブルー・ボーイ」はジーンと来た。これだけは2度読みしてしまった。ただ、他の方の感想を見ると、好きな作品がそれぞれ違ってて、胸に響くところは人それぞれなのかなと思ったけど。
にえ そうなの? 「ブルー・ボーイ」以外ありえないと思ったんだけど。あ、でも、優等生の女の子のこととか、あのへんで人それぞれになるのかなあ。とりあえず、「シカゴ育ち」が気に入った方にはオススメってことで。
<歌>
僕は子供の頃、カルーソー・ジュニアと呼ばれる偉大な歌手だった。レフティ叔父さんに連れられて飲み屋をまわり、カウンターの上でドスを効かせて「オールド・マン・リバー」を歌うと、小銭が雨あられと降ってきた。
すみ シカゴの飲み屋、叔父さんに連れられ、カウンターの上で歌う少年……って、ノスタルジックなシカゴのイメージそのままの短編でした。
<ドリームズヴィルからライブで>
隣の家のヤノのガラガラ声はベッドにまで聞こえてくる。弟のミックは週末に映画へ連れて行ってもらうため、僕のポイント計算を気にしている。僕たちは父親のことをサーと呼んでいる。ミックは世界最大のシンガーテックス・ローブなる人物になりきって、自分の作った歌をうたう。
にえ 隣の家のヤノとその妻、自分たちの両親、と大人の事情に囲まれながらも、少年の時を過ごすペリーとミック。お兄ちゃんにポイントつけられて押さえつけられながらも、想像世界に夢中になるミックがかわいかった。
<引き波>
サーに連れられて、僕たちは十二番通りビーチへ泳ぎに行った。そこはきれいとは言い難い湖だったが、僕たちは石鹸を持っていき、泳ぎながら体を洗う。サーは子供の頃、家に風呂がなかったから、それが他人に奇異に映るとは考えないようだ。サーは昔、シカゴ川でも泳いでいたらしい。
すみ サーと呼ばれるお父さんのことが、この作品からなんとなくわかり始めるの。お父さんの父親は精神病院に入っていたりして、かなり貧乏な暮らしをしていたみたい。ミックとペリーの家もやっぱり裕福ではないけれど、子供たちを楽しませようとしているお父さんは健気だった。
<胸>
ジョー・ディトーはアルコールとドラッグにいかれ、胸をさらしたガールフレンドの写真を集め、小型葉巻(シガリーロ)の箱に入れて持ち歩く。
にえ これはいきなり登場人物が変わってビックリ。でも実は、ペリーの家のすぐそばだったり、レフティ叔父が通行人のように現われて、噂をされたりするの。というおもしろさはあるんだけど、私は最初のうちで登場人物の把握に手こずってしまって、最後まで乗れずじまいだった(笑)
<ブルー・ボーイ>
同じクラスのチェスター・ポスコジムの弟ラルフィーは、青い男の子だった。体中に青あざがあるような、青いインクが染みているような、マスカラがベッタリついたような、そんな青さは生まれつきだった。とうてい長くは生きまいと思われたのに、8才になり、初聖体拝領の儀式を受けられそうだった。町中の人がラルフィーのために祈った。
すみ これはホントに良かった。まず、クリスマスツリーにまつわるお父さんの話がジワジワ来るし、チェスターも、優等生の女の子カミールも、みんな書いていない部分にまで気持ちを持っていかれちゃって、深い余韻が残った。
にえ カミールがディケンズを出してきたときには、え、と思ったけど、そのあとでペリーがなぜディケンズが出てきたのかって説明をすると、そうか〜と思うんだよね。お父さんのことも、チェスターのことも、やっぱり表面的な言動だけじゃなくて、その奥にこそ真実があるっていうのが見えてくるし。これはホント、何度でも読み返したくなる。
<蘭>
僕たちはメキシコへ行こうとしていた。ストッシュは高2の時からバイトしているレクソール薬局の奨学金で、秋からイリノイ大学の薬理学入門科に行くことが決まっていた。僕は卒業証書をもらうまでは「ランドスケーピング」をしていた。ある日、ストッシュは野生の蘭を見つけたから、蘭を売って一生遊んで暮らせるほどの金が手に入ると言った。
すみ これはオチに笑ってしまったけど、途中はちょっと退屈ないような気も。でも、こういうだらけ感もあるような青春ものってそれはそれでいいのよね。連作だからってところで期待してしまうものと違っていただけなのかも。
<ロヨラアームズの昼食>
僕はロヨラアームズ・ホテルと呼ばれる建物に住んでいた。初めてのアパート暮らしだった。僕は社会主義系の書店<ニュー・ワールド>で彼女と知り合った。彼女は興味深い話をいろいろとしてくれた。
にえ これはまあ、普通におもしろかったかな。どうもミックとレフティ叔父に感情移入してしまったのか、語り手が中心になる話だと、ちょっと退屈するような。
<僕たちはしなかった>
夜のビーチ、僕はジンとキスをして、その先まで進もうとしていた。ところが、パトカーの一団がやってきて、溺死した女性を引き上げた。あとから来た救急車の看護人が、「赤ん坊も駄目だ」と宣言した。
すみ これは滑稽だけど切ないお話。でもやっぱりミックもレフティ叔父も出てこないせいかな、物足りない気も。キラキラとした子供の視線もないしね。でもまあ、連作じゃなければ、これはこれでよかった。
<ケ・キエレス>
ミックがシカゴに立ち寄り、僕らが育った古いアパートの前に立つと、玄関先にたむろしていた5人の若造が「ケ・トゥ・キエレス?(おまえ、何の用だ?)」とにらみつけてきた。
にえ これは大人になって久しぶりにシカゴに立ち寄ったミックが5人の不良と対峙しながらも、シカゴを出てからの暮らしを語っていくという流れがきれいな短編。ミックもいろいろ経験したのよ。ちょっと驚いちゃうぐらいに。
<マイナー・ムード>
レフティがまだ子供の頃、祖母には孫がたくさんいたが、レフティだけをとびきりかわいがってくれた。レフティが風邪を引くと、お祖母ちゃんは買い物籠をさげて駆けつける。そして二人だけのとびきり楽しい儀式が始まるのだ。
すみ これはレフティ叔父の子供の頃のお話。祖母と少年レフティの交流がすっごく素敵だった。やっぱりこの方、子供の話だとはずさないわ〜。
<ジュ・ルヴィアン>
死んだレフティ叔父さんのトップコートを着て歩く僕は、香水売り場で気になる女性を見つけた。それから、少し歳よりも大人びた行動をとったが、レフティ叔父さんが守ってくれているようで、すべて上手く行く気がした。
にえ ようはこの女性、そういう職業なわけよね。大人ぶっても、しょせんそういうことには気づけないペリーが切ない。そして、それと重なるレフティ叔父さんの人生はもっと切なかった。