すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「野獣の薔薇園」 ドナ・ジョー・ナポリ (アメリカ)  <ジュリアン 単行本> 【Amazon】
ペルシャの王子オラスミンは、信仰心篤く、殺生を嫌う、心優しき青年だった。犠牲祭で屠るために用意された駱駝には傷があったが、幼なじみの使用人キユマーズに罰を受けさせたくないばかりに、オラスミンは傷のついた駱駝をそのまま犠牲獣として使うことにした。 しかし、そのことが精霊(バーリ)の怒りに触れ、明日、オラスミンは父である王によって殺されると予言された。
にえ 私たちにとっては、というか、翻訳本としても、「逃れの森の魔女」からだいぶ間があいての、2冊めのドナ・ジョー・ナポリです。
すみ 「逃れの森の魔女」がかなり良かったから、またなにか出ないかな〜とずっとチェックしてたんだよね。あきらめかけてたら、2ヶ月で2冊出るみたいで、ビックリだよね。
にえ しかも、どちらも「逃れの森の魔女」と同じパターンなんだよね。「逃れの森の魔女」は「ヘンゼルとグレーテル」を元にして、ヘンゼルとグレーテルではなく、魔女目線で語られる物語。この「野獣の薔薇園」は、野獣目線で語られる「美女と野獣」の物語。
すみ 「逃れの森の魔女」がヘンゼルとグレーテルに会うまでの魔女の半生が細やかに描かれて、ヘンゼルとグレーテルが登場するのは終わり近くになってからだったけど、これもまた、「美女」の父親と野獣が出会うのは、この小説は4部に分かれてるんだけど、その4部めになってからなのよね。
にえ いや、でも、やっぱりスゴイね、この方は。こういうパターンで、ここまで読める話を作り込んじゃうんだから。
すみ 「逃れの森の魔女」は主人公が女性だったから感情移入しやすかったけど、今度は王子さまってことで、そこまではなかったけどね。でも、最初から最後まで緊張感が途切れず、わかっているはずの話に、どうなるのかと終始ドキドキさせられるのは同じだった。
にえ 設定の大胆さに驚かされるのも同じだね。いや、こっちのほうが驚かされたかな。
すみ オラスミンはペルシャの王子なんだよね。いきなりペルシャ王宮を舞台とした話が始まったから、ホント驚いた。
にえ 「美女と野獣」のペルシャ版? 思ったら、それはまたちょっと違ってたけどね、でも、こういう発想がよく出てくるな〜とビックリしちゃった。
すみ でも、これもまた元ネタがあるんだよね。著者のあとがきで知って、またビックリだったでしょ。
にえ そのあとがきによると、「美女と野獣」というのは、世界中で語られる妖精物語によく出てくる話なんだってね。で、最初に本にしたのは、どうやら1740年にフランスで出版された、ガブリエル・シュザンヌ・バルボー・ド・ギャロン・ド・ヴィルナーヴの「アメリカの娘・海の物語」だそうで、って、なんちゅー長い名前(笑)
すみ とにかく、それからだいぶあと、1811年に出た、チャールズ・ラムのものが、野獣はもともとペルシャの王子オラスミンだったとなっているそうなのよね。
にえ そうそう。このエピソードからわかったけど、やっぱりドナ・ジョー・ナポリは思いつきで書くタイプじゃないみたいね。なにか書こうと決めたら、徹底的に調べ上げるタイプみたい。
すみ 前の「逃れの森の魔女」もそうだったけど、調べ上げた知識の裏付けがキッチリ背景としてあるのがわかるよね。でも、ひけらかしてはいないんだけど。
にえ あと、この人の書くものって妙なリアルさがあるよね。元がリアルさのない童話的な話だから、その違和感にドキドキしちゃう。今回は野獣が漠然とした野獣じゃなくて、リアルに描写されてて、そこが凄かったかも。
すみ 「美女」のほうはベルという名前の女性になって登場するんだけど、この女性をオラスミンがだんだんと好きになる流れもキッチリ書かれてて良かったよね。単にきれいな女性が来た、好き、好き〜って感じじゃなく、最初はそれほどでもって思うけど、いろいろ知っていくうちに・・・みたいな。
にえ ベルの気持ちも理解しやすくなってるよね。読んでるとあまりにもシックリいくから、そうか、この人たちが童話になると、ああいう話になっちゃうのか、なんて、こっちが元ネタみたいな気がしてきちゃう(笑)
すみ 「逃れの森の魔女」がまだの方だったら、「逃れの森の魔女」を先にってオススメしたいけど、もう読んでる方には、こっちも良かったよ〜とオススメしたいってところかな。あっちほどの圧倒されるような緊張感はないけど、こっちもなかなかでしたってことで。