すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ゼーバルト・コレクション 移民たち 四つの長い物語
                W・G・ゼーバルト (ドイツ→イギリス) <白水社 単行本> 【Amazon】

<ドクター・ヘンリー・セルウィン>
1970年9月末、私は妻をともない、ヒンガムに住まいを探しに行った。私たちが借りることにしたのは、朽ちかけた広大な邸宅の一角だった。その邸宅の所有者はドクター・ヘンリー・セルウィンという老人の妻だった。セルウィンはケンブリッジ大学医学部を出た外科医だったが、もとは7才のときに家族でリトアニアのグロドノ近くの村から移民してきた身であった。
<パウル・ベライター>
小学校のときの担任教師パウル・ベライターが自殺したことを知ったのは、1984年1月のことだった。パウルは子供たちを愛し、教育に喜びを持つ教師だったが、アーリア人の血が入っていたために、かつて、第三帝国はパウルを教職につくのを妨げた。
<アンブロース・アーデルヴァルト>
私が大叔父アンブロースに会ったのは1度きり、1951年夏、アメリカに移住した親戚全員60人ほどがW村の我が家に集まったときだった。気品と威厳に満ちたアンブロースは、最上級の執事で、ソロモン家の執事として仕えたあとは、主人から譲り受けた瀟洒な家に住んでいた。
<マックス・アウラッハ>
1966年秋、私はイギリスに移り住んだ。マンチェスターで知り合ったのは、アウラッハという画家だった。アウラッハはドイツに住むユダヤ人夫婦の息子だったが、両親が収容所に送られる少し前に、一人だけイギリスに送ってもらい、生き残った。
にえ これは全6巻予定のゼーバルト・コレクションの第1回めの配本です。
すみ 読む前は、これはかなり初期の作品なのかなと思っていたんだけど、そうでもないのね。私たちが2年ほど前に読んだ「アウステルリッツ」が事故でお亡くなりになる前の最後の作品で2001年のもの、で、この「移民たち」は1992年の作品。
にえ 私は読む前に、「アウステルリッツ」は五十代半ばの、一番脂ののっているといっていいような時期に書かれたものだから、「移民たち」は「アウステルリッツ」と比べたら、ちょっと劣るぐらいに考えたほうがいいのかな〜なんて思ってたんだけど、とんでもなかったね。
すみ 勝るとも劣らぬ、というか、「アウステルリッツ」が出たときに、「アウステルリッツ」みたいな本をもっと読みたい〜と思った、その期待にきっちり添うような本だったよね。
にえ 白黒写真と文章の不思議なコラボレーションが織りなす世界ってところも同じだしね。でも、「アウステルリッツ」は写真が文章に書かれているものとはまったく関係ないみたいで、どうなってるの、どうなってるのと幻惑されるようなところがあったけど、「移民たち」は写真と文章がピッタリ合っていて、もしこの本を先に読んでいたら、なにも疑わなかっただろうなと思うけど。
すみ 「アンブロース・アーデルヴァルト」 に日本の写真まであったでしょ、あれはちょっと、おやっとなったけどね。
にえ でもあれも、日本の思い出話をする大叔父アンブロースの記憶が不確かで、語り手は又聞きということだったから、あの写真がそのままアンブロースの泊まっていた屋敷とも限らないって感じだったから、それはそれで疑わなかったと思うよ、「アウステルリッツ」を読んでなかったら。
すみ ストーリーじたいも、「アウステルリッツ」より「移民たち」のほうがずっとストレートだったよね。「アウステルリッツ」はなんだろう、なにが言いたいんだろうと悩みながら読むところがあったけど、こちらは悩まずに読むから、スルッと感情移入できて、そのままジンジンしてきた。
にえ 要するに、どれも故郷から逃れ、移民となるしかなかった人たちの物語なんだよね。
すみ 一話に一人ずつだったけど、一人にだけスポットが当たっているというより、その周囲の人々、とくに親戚を含めた家族たちを含めての話だった。
にえ それぞれに、つらい過去があり、つらい現実があるんだよね。そしてもちろん、家族を思い合う愛があって。
すみ 特に印象に残ったのはやっぱり「アンブロース・アーデルヴァルト」かなあ。どれを読んでもズキズキ来るんだけど、この作品はかなり強烈だったから。
にえ 語り手が、亡くなった大叔父アンブロースの足跡を追うって話なんだよね。大叔父アンブロースは上品で、献身的で、執事となるべくして生まれてきたような人なの。
すみ 銀行家のソロモンという裕福な家の執事となり、そのソロモン家の息子コスモと行動をともにすることになるんだよね。
にえ コスモは典型的な放蕩息子なの。湯水のように金を使い、バカ騒ぎをして顰蹙を買い、ギャンブルに妙な才能を示し、アンブローズを連れて、旅から旅の生活。
すみ でも、単純に愚かなだけの青年、とも言い難いものがあるよね。軽はずみに派手な生活をしているようでいて、その精神には暗い影がさしていて。
にえ その影はしだいに濃くなって、最後にはコスモを覆いつくしてしまうんだよね。
すみ 最終的なアンブロースの底なしの喪失感には恐怖すら感じるほどだったな。この作品の余韻は、一生あとをひきそうな気がする。
にえ 私は「パウル・ベライター」も忘れがたいな。パウルは楽しげで、生徒に好かれる良い先生なんだけど、じつは心に闇を抱えていたらしく、最後には自殺を選んでしまうの。もと生徒だった語り手は、パウルの心の闇がなんだったのか探り出すんだけど。
すみ うん、「パウル・ベライター」も心に沁みたね、たしかにこれも忘れがたい。
にえ とにかく、「アウステルリッツ」ほどではないだろう、なんて心配は杞憂よね。こちらもホントに素晴らしかった。
すみ ゼーバルトはやっぱり素晴らしいね。翻訳文も素晴らしかったし。この全集はなにをさしおいても読まなくちゃ。全面改訳の「アウステルリッツ」を含めた、あとの5冊がものすごく楽しみ。もちろん、オススメです。