すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アウステルリッツ」 W・G・ゼーバルト (ドイツ→イギリス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
1960年代の後半、半ばは研究が目的で、なかばは理由のつかないまま、私はイギリスからベルギーへの旅を繰り返していた。 私が初めてアウステルリッツに出会ったのも、そんな旅の途中だった。1967年、少年にさえ見えるアウステルリッツは、アントワープ駅の待合室を、 メモを取りながら、写真を撮りながら、詳細に観察していた。私が話しかけると、アウステルリッツはためらいもなくそれに答えた。 アントワープの対話、とのちにアウステルリッツが呼びならわしたこのときの会話は、おもに建築史をめぐったものとなった。 その後、一度は疎遠になりながらも、1996年、私はアウステルリッツと再会を果たした。アウステルリッツは長い空白期間がなかったかのように話しはじめた。 子供の頃からずっと自分が何者なのか知らなかったこと、そこには予想もしなかった真実が隠されていたことを。
にえ 私たちにとって初めてのW・G・ゼーバルトです。この方は、日本ではこれまできちんとした形では紹介されていなかったのよね?
すみ 翻訳本は探したかぎりでは、他の作家とのアンソロジーが1冊あっただけ。将来のノーベル文学賞候補とも 目されていたというから、世界的な評価は高かったんだと思うけど。
にえ 1944年にドイツで生まれ、1969年からはイギリスに定住、2001年に本書を遺作として残し、 交通事故死。ノーベル文学賞候補はおいといても、いろんな文学賞を受賞している方だし、享年の57歳といえば、これから作家として円熟期に入ったんじゃないかというところだし、 ホントに惜しいね。
すみ さて、本書なんっだけど、とても不思議な本だったよね。読む前にパラパラッとめくると、たくさんの写真が収録されていることがわかるけど、 写真を見ただけではなんのつながりも感じられず、なにが書いてあるのか予想はつかない。
にえ これがこの方のスタイルみたいね。この本は小説として仕上がっていたけど、多くはエッセイとも、回想録とも、旅行記ともつかないような 作品を書く方だそうだし。
すみ 私は読みながら、ずっと前に読んだ実験的な小説のことを思い出したんだけど。たしかカナダの女性の作家の作品だったと思うんだけど、写真がたくさん挿入されていて、 古い家族の歴史をひもといているノン・フィクションのような体裁だけど、実は写真はいろんなところから引っ張り出してきたもので、そんな家族は存在せず、家族の歴史を描き出した小説はまったくのフィクション だという仕立てなの。
にえ この「アウステルリッツ」もそういう騙し絵的というか、写真によって虚構と現実の境がぼやかされ、 読者はノン・フィクションを読んでいるような気になりながらフィクションを読む、みたいなところがあったね。
すみ うん、そうなの。この小説はいろんな人たちからの取材で成り立っていて、まったくのフィクションとも 言いきれないところがあるらしいけど。
にえ とにかく、写真は挿し絵的な扱いではなく、文章と組み合わせることで、真に迫っていく相乗効果のような、 切り離せない役割を果たしてた。
すみ で、内容はといえば、これはもう、受け取ったものをなんと言葉にしていいのかわからないなあ。
にえ 最初のうちは、荘厳な建築史が語られていくって感じで、これでストーリーは始まるのかと不安になったよね。
すみ そうなのよね。美はあるにしても文章は重々しいし、読み進めるのがしんどかった。
にえ それからアウステルリッツの人生が語られはじめるんだけど、これも最初のうちはそれほど、オオッてほどではなかった。
すみ 田舎の牧師館で、陰気な説教をして歩く牧師と、陰気な妻によって育てられた、おとなしい子供のお話。
にえ 学校に上がってからは、勉強にラグビーにと頭角をあらわしだして、ようやく年下だけど親友と呼べる人もできるのよね。
すみ まだ抑えめではあるけれど、このへんから少しは話に活気がついたかな。年下の親友は歴史のある家の子で、その家族の歴史に触発されて、 アウステルリッツも感性が豊かになっていくみたいだった。
にえ そういう緩やかで伸びやかな青春時代のお話、かと思いきや、ここで話は急展開を見せるのよね。
すみ あることがきっかけで、アウステルリッツは自分の過去、忘却の彼方に消えていた5歳までの記憶を 追うことになるの。それは人類にとって忌まわしい過去の歴史とつながっていくんだけど。
にえ アウステルリッツは1946年で12歳、最初の方でわかることは、アウステルリッツという珍しい名字が、 どうやらウィーンで使われている名字だということ。これらを考え合わせれば、あるていどの予想はつくよね。
すみ 予想はついてたんだけど、ああ、なんというのか、わかっていく過程からなにからが本当に真に迫っていて、 胸つまるというか。
にえ ノーベル文学賞候補と目されていたというのも、この1冊で納得だよね。とにかくなんというか、モノトーンの写真には カラー写真にはない凄味というか、こっちが押し潰されそうになるような迫力のあるものがあるけど、この本はまさにそのモノトーンの迫力。 抑えた語り口でも鬼気迫るほどのパワーが秘められていて、圧倒されまくった。
すみ 読みやすくはないけど、読む価値のある本だったよね。後半は引き寄せられて縛りつけられたみたいに、 読むのをやめられなくなった。何度もズキッ、ズキッと刺す痛みを感じたし。なんと言えばいいのかな、とにかく印象深い本。