すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「はじまりの時」 上・下  ル・クレジオ (フランス)    <原書房 単行本>  【Amazon】 (上) (下)
ジャン・マロは、レンヌ=ジャンヌ通りにあるアパルトマンに住む大叔母カトリーヌのもとに足繁く通っていた。カトリーヌはただ一人、ジャンだけに、フランス島の自分が生まれ育った家ロジリスの話をする。カトリーヌにとってジャンは記憶の継承者だった。そしてジャンの魂は、学校よりも家よりも、大叔母の語るロジリスにいることを好んでいた。美しい、あのロジリスに。
にえ 私たちにとっては、「黄金の魚」から2作目のル・クレジオです。
すみ 「黄金の魚」がすっごく良かったから、もっと読みたいと思ってたんだよね、そのわりにあいだがあいてしまったけど(笑)
にえ ル・クレジオは哲学的で難しそうな小説あり、芸術評論みたいなのもあり、民俗学のようなものもあり、「黄金の魚」のような幻想的で、詩的で、少年少女向き?ってのもありで、次にどういうのを読めばいいのか、悩みつづけちゃったのよね。
すみ そうそう、「ディエゴとフリーダ」あたりもいいかな〜なんて思いつつ、でも、やっぱりどうしようみたいになっちゃって。で、この新刊が自伝的な小説ってことで、これだ!と読んでみたのよね。
にえ そのまま自伝っていうと語弊があると思うんだけど、ル・クレジオの大切な部分をかなり大量に盛りこんでる、とは言えそうかな。
すみ ル・クレジオの分身と思ってよさそうな主人公については、十代から二十代前半ぐらいまでしか書かれてないもんね。自伝と言うより、ルーツ小説と言ったほうがよさそうな気もする。
にえ うんうん、自分自身の根っこを問うような、先祖を含めた話の広げようだもんね。おもに3つの話の流れがあるんだけど。ひとつはル・クレジオの分身のジャンという青年の話、それからジャンの大叔母カトリーヌが語るフランス島を去るまでの一家の生活の話、そして、そのフランス島に初めて渡ってきたジャンの先祖であるジャン・ウッド・マロとマリー・アンヌ夫妻の話。
すみ あいかわらず世界地理には弱くて、フランス島ってどこよ、と読みはじめてすぐ調べたら、今のモーリシャスのことなのね。名前の通り、当時はフランスの植民地だったの。
にえ モーリシャスと聞くと、美しい南の島、地上の楽園ってイメージがわいてウットリしてしまうけど、カトリーヌの語るフランス島はまさにそのままの美しいイメージよね。
すみ 人のいい祖父のために一家は財産を失い、島を去るしかなくなるんだけど、それまでの暮らしは美しい花と鳥に囲まれた、眩いばかりの幸せな暮らしだし、カトリーヌの友だちのインド人の娘ソマプラバが語る古い物語や、ソマプラバが連れていってくれた”地上の果て”と呼ぶ場所、すべてがもう鮮やかな夢の世界よね。
にえ ソマプラバもまた賢さと優しさがうかがえるような美貌を持った娘なのよね。インド人女性はホントにみんな美しくって、しかも薄っぺらい美しさじゃなくて、もっと奥行きのある魅力を発しているのよね。は〜、羨ましいような、そんな高レベルな戦いに巻き込まれず、日本人女性として安穏と暮らせることを喜びたくなるような〜。
すみ いくら悩んだって、今から生まれ変わって美人のインド人女性になれる可能性はありませんから(笑) そんなことより、ジャン・ウッド・マロとマリー・アンヌ夫妻のほうの話なんだけど、こちらはジャンの6代前の先祖の話。1792年7月、ジャン・ウッド・マロが18才の時から始まってるの。
にえ フランス革命に兵士として参加しているのよね。戦いの日々がかなり克明に描かれていて。
すみ でも、けっこう淡々としているよね。個人の日記を読んでいるような、というより、客観的に書かれた歴史書を読んでいるような気持ちになったんだけど。
にえ うん、感情移入していけるのはその後だよね。フランス島に渡って、マリー・アンヌが虐げられた先住民たちに同情し、なんとか助けたいと行動するところから。
すみ でも、残念ながら、その時代に移ると、細切れであまり詳細な情報は得られなくなっちゃうよね。
にえ そうだね、もうちょっと詳細な話を読みたかったって気はした。でも、その時代まで進むころには、ようやくジャンの話がおもしろくなってきているから。
すみ ジャンもジャン・ウッド・マロとリンクするように、兵士としての戦争参加を余儀なくされつつあるのよね。医師をめざす学生として、どうにか逃れるのだけれど。
にえ ジャンはエキゾチックな女性が好きみたいで、移民としての過去を持つ女性が次々と出てきて、人生が語られ、そっちに惹かれちゃう。最後にジャンが選ぶのはどの女性なのかってのも気になったりして。
すみ とにかく全体として、上巻はこれといって心惹かれることもなく淡々と読んでいたけど、下巻に入ってグッとおもしろくなったね。
にえ でもさあ、下巻の半ばにいきなり「黄金の魚」を彷彿とさせるようなアフリカ人の娘を主人公とした物語が始まるでしょ。それまでの緩慢な流れの小説を読んできたところに、唐突に、ギュッと引き締まったテンポのいい、素晴らしい魅力あふれる物語世界へ突入するの。あれで、やっぱりこの方はこういう創作の物語が良い!と確信してしまったのだけれど。
すみ そうだね、私もあのキアンベの物語が始まったとたん、夢中になって他が見えなくなったかも。書き出しからしてスンゴクいいのよね。まあ、ちょっとどんなものだかチラ見したいって方は、下巻の165ページの「キルワ」ってところからだから、ご確認くださいませ。あとは飛び飛びで続いていくんだけどね。まあ、書き出し見ただけで買いたくなっちゃうかも(笑) ということで、この本については、すでに何冊かル・クレジオを読んでいて、もっとル・クレジオのことを知りたいと思っている方には最適でしょう、読み応えタップリで、大満足まちがいなしってことで。