すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「幸せな秋の野原」 エリザベス・ボウエン (イギリス)  <ミネルヴァ書房 単行本> 【Amazon】
20世紀の英国文壇切っての短編の名手と謳われた女性作家エリザベス・ボウエン(1899年〜1973年)の日本再編集短篇集第2弾。13編の短編小説を収録。
親友/脱落/そしてチャールズと暮らした/バレエの先生/ワーキング・パーティー/相続ならず/彼女の大盤振舞い/ラヴ・ストーリー一九三九/夏の夜/悪魔の恋人/幸せな秋の野原/蔦がとらえた階段/あの一日が闇の中に
にえ あの薔薇を見てよ」に続く、エリザベス・ボウエンの短篇集第2弾です。引き続きで副題は「ボウエン・ミステリー短編集2」となってますけど、やっぱり私たちがミステリと聞いて想像するような、推理小説のたぐいではありません。
すみ 「あの薔薇を見てよ」の収録作品と同じで、やっぱり系統としては純文学、でも、ホラー小説要素、幻想小説要素ありって感じだったよね。
にえ でも、私の感想はかなり違うんだけどね。今にして思えば、「あの薔薇は見てよ」はボウエン作品のなかでもわかりやすいもの、とっつきやすいものだけを選んだ短編集だったのね。
すみ う〜ん、そうだねえ、ボウエンが凄い書き手だって印象は変わらないんだけど、こっちに収録されている作品はちょっと難しかったかな。「あの薔薇を見てよ」の紹介の時には、書かないで読者にそういうことか、と思わせる部分を残す上手さを褒めちぎったのだけれど、「幸せな秋の野原」では、その読者である自分が補わない部分が私には大きすぎるというか、難しすぎるというか、それは強く感じた。
にえ だよね。私は1作読むごとに、巻末についている作品ごとの丁寧な解説を読んで、そういうことが書いてあったのかってようやく理解できたものが多かった。
すみ 私も1作ごとに見た(笑) でもさあ、え、そんなこと、どこに書いてあったの?!ってのもなかった?
にえ あった、あった。あと、読んでるあいだも、ちょっと理解できない文章がいくつかあったんだけど。 
すみ その時代の社会的背景とか、自分の知識が足りないから理解できない部分はしょうがないかな〜と思うんだけど、さりげない会話のなかに心の裏や人間関係を鋭敏に感じ取れなかったのは、我ながらガックリかな〜。もっと察しのいい人なら、いろいろ気づきながら読めるんだろうに。
にえ 短いなかで登場人物が多かったり、一人の人の呼び名があれこれ変わっていくのもきつかったよね。私はまずそれに引っかかって、数ページ読んでから、また最初から読み直した作品が多かった、というか、ほとんどだった(笑)
すみ でもさあ、「蔦がとらえた階段」みたいに、わかりにくくはない上にすっごく素敵な作品もあったし、表題作の「幸せな秋の野原」みたいな、わかりづらさが逆に魅力になっているものもあったし、満足感もあったよね。
にえ その2つの作品もそうだし、他の作品も、ふたつの大きな戦争がかなり色濃く反映されていたよね。戦争による喪失や戦争が人々の心にもたらしたものとかが繰り返し語られていて。
すみ あと、アイルランドが舞台のものが多かったよね。ボウエン自身がアイルランド出身だそうで、アイルランドがボウエンの心の大きい部分を占めているんだなあと思ったりもしたよ。
にえ 「ワーキング・パーティー」と「悪魔の恋人」と「あの一日が闇の中に」もわかりやすかったよね。私はとくに「あの一日が闇の中に」の軽く思い出話というか、一つのエピソードが語られていくうちに、いろんなものが見えてくるって感じが好きだったんだけど。
すみ うん、やっぱり読めてよかったよね。難しいと思ったのも、もう1、2回読めば、また印象が違ってくるかな〜。
<親友>
モリスはペネロピを非難した。ペネロピはモリスとヴェロニカを結びつけたがっているようなのだ。ヴェロニカには婚約者がいるし、モリスが頼んだわけでもないのに。
にえ 読みはじめた時、ペネロピはおせっかい女なのかな〜と思ったんだけど、裏があったのねえ。
<脱落>
ローマのペンション・ヘーベに一室を借りたイギリス人女性ミス・セルビーは、だれかを待っているらしく、観光へでかけることさえなかった。やがてミス・セルビーは、同じペンションに泊まるアメリカ人女性ミス・フェルプスと親しくなった。
すみ ミス・セルビーの待ち人は来たんだけれど、ミス・セルビーが思い描いていたのとは違う方向に進んでしまうの。
<そしてチャールズと暮らした>
夫のチャールズが転勤先で新居を探しているあいだ、若い妻のミセス・チャールズは、チャールズの実家に身を寄せていた。そこではチャールズの母と姉妹がいて、ミセス・チャールズは一緒に暮らすうち、すっかり親しくなった。だが、チャールズから連絡が来て、ミセス・チャールズはその家を出なくてはならなくなった。
にえ チャールズがどんな人なのかは直接に語られることはほとんどなく、ミセス・チャールズやチャールズの母や姉妹のあいだで交わされるなにげない会話の端々や小さなものの描写から推測していくしかないのだけど、どうやら、チャールズと暮らす未来は決して明るいとは言えないみたい。
<バレエの先生>
バレエ教室で子供たちを教えるミス・ジェイムズは、美人で、熱心な先生だと保護者の評判も良かった。ミス・ジェイムズが受け持っているクラスの一つに、マージョリーというどうしようもない落ちこぼれの女の子がいた。
すみ イケメンなスイスのホテル経営者の息子とデートをしていても、ミス・ジェイムズの頭の中は、マージョリーを殺す幻想を抱いたってことばかり。しかも、それがマージョリーの存在に苛立っているからじゃなく、なにか快楽的なものを感じているような。怖っ。
<ワーキング・パーティー>
まだ21才の若妻ミセス・フィスクは、近所の主婦たちが持ち回りで各家に集まっているワーキング・パーティーをいよいよ自宅で開くことにした。しかし、なにもかも完璧に準備したはずなのに、いざ始まってみると・・・。
にえ まだ地域にも溶け込めていない若妻の、思い通りにいかないホーム・パーティーっていうのは、ありがちな設定かもしれないけど、そこから先は、さすがエリザベス・ボウエン、当たり前のようにサラッと凄い展開に。
<相続ならず>
29才になっても独身のダヴィナは、一人暮らしをする経済力もなかったから、叔母の屋敷に住ませてもらうしかなかった。新興住宅地の建てたばかりの家に夫と二人で住むマリアンは、ダヴィナの友人だった。マリアンの夫が出張の夜、二人は一緒に出掛けた。
すみ なにか過去のありそうな、不気味な伯母の運転手、金がなくてダラダラとただ集まるだけの男女たち、そして荘園屋敷を財産に持つ独り者の伯母、退廃的でもあり、なにか近いうちに怖いことになりそうな予感もビシビシしてくる、ちょっと長めの短編だった。
<彼女の大盤振舞い>
オルバンは結婚相手として紹介されたミス・カフに心惹かれなかった。25才で、城を相続している彼女には、財産はあっても、頭のタガが外れているような、なにかまともではないようなところがあった。
にえ 適齢期も過ぎようかという25才の娘に寄生せざるを得ない大伯父と伯母、二人にむりやり結婚させられそうな魅力のない男、いまだに少女じみて、駆逐艦(デストロイヤー)の海軍兵士たちの再訪を待つミス・カフ。ブキミ滑稽なお話だった。
<ラヴ・ストーリー一九三九>
アイルランドの河口にあるホテルのラウンジで、テレサは母ミセス・マッセイに飲みすぎだと注意したが、ミス・マッケイは、「彼」の話を繰り返すばかりだ。そこに指と指を絡ませた、フランクとリンダのカップルが通りかかった。二階の居間では、クリフォードとポリーがくつろいでいる。二人は新婚旅行でここに来て、戦争が始まり、足止めを食らっていた。
すみ 第二次世界大戦の始まった1939年、同じホテルに宿泊する3組のお話。つかみどころのないダラダラ感は、大戦が始まったというのに、アイルランドが戦争に加わっていないためだったのね。
<夏の夜>
ホテルのバーで電話を借りて、エマはロビンソンの家へ行く約束をした。ところがロビンソンの家には、クウィーニーとロビンソンの姉弟が訪ねてきていて、なかなか帰ろうとしなかった。
にえ 子供が二人いるのに、妻と別居しているロビンソン、それには何かがあったような、でもわからない。母の不在中、エマの娘二人は、ノビノビしているような、少しずつおかしくなって行ってるような。ってお話。
<悪魔の恋人>
夏の盛り、家族で田舎に暮らすミセス・トローヴァーは、ロンドンに出掛けた日、帰る前に閉めきっている自宅に立ち寄り、自分の物や家族の物をいくつか持ち出すことにした。そこで、テーブルの上に手紙があることに気づいた。
すみ 24年も経ったあと、昔の恋人から届いた手紙。昔の恋人は何者だったのか。これはラストも含めて、ホラー小説と言っていいかな。
<幸せな秋の野原>
パパが所有する荘園を、コンスタンス、アーサー、ロバートと従兄弟のシオドア、エミリー、ディグビィ、ルシアス、ヘンリエッタ、サラという家族の一団がパパと一緒に散策していた。コンスタンスは結婚し、兄弟たちは学校に戻る。旅立ちの前の団欒のひとときだった。
にえ これはネタバレになっちゃうから説明できないんだけど、いろんなズレが次々に現れて、これはいったいどういうこと?とややこしくて謎めいているんだけど、それが魅力でもある幻想的な美しい短編だった。
<蔦がとらえた階段>
住む人もなく、蔦に覆われた屋敷をギャヴィンは見ていた。8才の時、彼はこの屋敷で、初めてリリアンに出会った。若く美しい未亡人のリリアンは、ギャヴィンの母の友人で、健康状態の良くないギャヴィンをしばらく預かってくれたのだ。
すみ これは母の友人に恋心を抱いた少年のお話、なのだけれど、ボウエンらしい突き刺さるような残酷さがシッカリとありました。
<あの一日が闇の中に>
モーハの製粉業一族の財産を引き継いだミス・バンデリーは、農場で未亡人となった姪と隠遁生活を送っていた。その農場の隣に住む叔父のもとに滞在していた15才の私は、叔父がミス・バンデリーから借りて汚してしまった文芸雑誌を返しに、ミス・バンデリーの農場を訪れた。
にえ いい歳をした女が、15才の娘にずいぶんとまあ、怖いことをいうこと。でも、それより怖いのは、自分で気づかないうちに、自分の心を全部透けて見える状態にしてしまっているウブさかもしれない。