すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「あの薔薇を見てよ」 エリザベス・ボウエン (イギリス)  <ミネルヴァ書房 単行本> 【Amazon】
20世紀の英国文壇切っての短編の名手と謳われた女性作家エリザベス・ボウエン(1899年〜1973年)の百余編の短編小説の中から選りすぐった、20編の短編集。
あの薔薇を見てよ/アン・リーの店/針箱/泪よ、むなしい泪よ/火喰い鳥/マリア/チャリティー/ザ・ジャングル/告げ口/割引き品/古い家の最後の夜/父がうたった歌/猫が跳ぶとき/死せるメイベル/少女の部屋/段取り/カミング・ホーム/手と手袋/林檎の木/幻のコー
にえ イギリスでは有名な作家、でも、日本ではあまり知られていないという、エリザベス・ボウエンの日本編集版短編集です。
すみ 副題に「ボウエン・ミステリー短編集」とあるけど、推理小説という意味でのミステリーではないよね。
にえ エリザベス・ボウエンという名前だけじゃ、日本で通らないから、あえてミステリーとしたのかな。たしかにサスペンスタッチのものもあったけど、 少女を主人公に据えた純文学的なものもあり、ホラーチックなものもあり、幻想的なものもあり、幽霊ものもいくつかありで、ミステリーって書かれちゃうと、ちょっと、え?って感じがしちゃうけど。
すみ 第1回めのブッカー賞(2002年からは正式名称はマン・ブッカー賞)にも選ばれたってことだから、イギリスでもミステリ作家とはとらえられていないんじゃないかと思うけどね。
にえ まあ、イギリスでは日本のように、ミステリ小説はどんなに文学的に優れていてもエンタメ系、純文学ではありませんって扱いではなさそうだから、なんとも言えないけど。ただ、ブッカー賞候補になったっていうのは、この1冊でうなずけたね。
すみ うん、うまいよね。なんといっても、うまいな〜と思うのが、止め方。あと1行つけたしたくなるけど、それをつけたしちゃうとヤボになっちゃうぞって手前でビシッと止めてて。きちんと読めば結末はわかる、でも、書いてない。そのへんが読んでてとっても快感だった。
にえ うん、ラストで、あ、じゃあ、こういうことか、ゾワワッ、ってなるものが多かったね。それ以外でも、鮮烈とまではいかないけど、どれもキッチリ引き締まった短編群で、うん、うまいなと私も納得しまくった。
すみ 全体的には、かなり厳しいんだけど、最終的には深い優しさのある、作者の視線を感じたかな。
にえ 一貫したテーマもいくつか見受けられたよね。たとえば、「出ていった人は、二度と帰らないことがある。」という文は繰り返し出てきた。そういうことに傷つき、怯える人に対する同情と、独りで立ち向かうしかないという厳しい姿勢が見え隠れしてた。
すみ 最新の小説みたいな斬新さはないけど、品のいい落ち着きがあって、うん、さすがはイギリス文学、うん、さすがは短編の名手、と思ったよね。日本でも、「エリザベス・ボウエンなみに巧い短編だ」なんて言い方がされてもいいのにと思った。半古典の貫禄を感じた、とでも言えばいいのかな。なかなかですっ。
<あの薔薇を見てよ>
その家の前を通り過ぎるとき、ルウはこう叫んだ。そんなルウにエドワードは少しうんざりしている。二人の仲は愛情というより、腐れ縁で結ばれていると言ったほうがいいのかもしれない。車の故障で、やむなくその家を訪れた二人、ルウだけが残され、エドワードは助けを求め、行ってしまった。
にえ 世間から隔絶され、母と娘だけで暮らしているような、その家でエドワードを待つことになったルウ・・・。これのラストを読むだけで、うまい作家だなとわかるのでは?
<アン・リーの店>
ミス・エイムズに連れられ、美しい帽子が揃っているというアン・リーの店を訪れたミセス・ディック・ローガンは、あくまでも超然とした態度をとりつづけるアン・リーに舌を巻いた。
すみ 帽子を選んでいる最中に、店に入ってきた男は、アン・リーになにを求めているのか。短くても、アン・リーの存在があまりにも印象深く、なんとも後を引く短編だった。
<針箱>
一家の期待は、人気者の長男アーサーに集中していた。アーサーが結婚するつもりの連れてくるというので、母親は家の中の印象を一新するため、ミス・フォックスという腕のいい裁縫師を雇った。ミス・フォックスは今以上の身分でいるべき女性だったが、なにやら理由があって、家を渡り歩く裁縫師となったようだ。彼女の針箱には、 8才ぐらいの息子の写真が入っていた。
にえ これまた、ラストまで読むと、うまさに唸る短編。ゾワゾワッと来たなあ。
<泪よ、むなしい泪よ>
賞賛されるべき女性である母親に育てられたにも関わらず、7才のフレデリックは泣いてばかりいた。うんざりした母親に、リージェント・パークの真ん中に置き去りにされたフレデリックは、若い娘に声をかけられた。
すみ 女手一つで育てているという自負からか、母親は賞賛されるような息子でいてほしい様子。それだけに、やたらとメソメソ泣くフレデリックが赦せないのね。なんともわかる母子関係だったな。
<火喰い鳥>
やや陰気な屋敷クレシー・ロッジに、母親と二人の娘が越してきた。下の娘のほうには婚約者がいるようなのだが、どうやら行方不明になってしまったらしく、戻ってくる可能性は低いようだ。
にえ 永遠に婚約者を待ち続けて、未亡人のような生活を送ることになりそうな下の娘と、あまり魅力もなく、オールドミスになることが決まったような上の娘。でも、なにか裏があるような・・・。
<マリア>
両親を亡くし、伯母夫婦に育てられているマリアだが、伯母夫婦が旅行のあいだ、預かってくれる家がなかった。ようやく知人のつてで牧師館に預けられることになったのだが。
すみ なぜか、どこの家でもマリアを預かりたくない様子。それもそのはず、マリアは他人を窮地に陥れるのが楽しくてしかたないような女の子。身近にいないからだろうけど、マリアの悪魔っ子ぶりに微笑んでしまった。こういう少女期ってわからないでもないんだなあ。
<チャリティー>
普段は学校に寄宿するレイチェルは、初めて親友チャリティーを家に招いた。楽しく過ごすつもりだったが、チャリティーが我が家をどう思うか気になって、どうしてもレイチェルはくつろげなかった。
にえ あんまり優しい気遣いを見せるタイプではなさそうなチャリティー、チャリティーの目が気になって、我が家にいても落ち着かないレイチェル。うん、わかる。自分や家族の欠点をさらけだすってことを避けたい少女時代には、友達を家に招くって、とっても緊張することだったりするのよね。
<ザ・ジャングル>
14才になったレイチェルは、チャリティーともそれほど仲良くなくなって、親しい友人がいない状態だった。ふとしたきっかけから、1つ年下のエリースと仲良くなったが、成績も悪く、型破りなところのあるエリースと仲良くするには、級友の目が気になった。
すみ これは「チャリティー」の続編。あいかわらず、人目を気にするところのあるレイチェルと、まったく人目を気にしないエリース、二人の少女の、スムーズには行かない友情が微笑ましかった。
<告げ口>
他人だけでなく、兄弟までがあざ笑い、親でさえまともに取り合ってくれないテリーが人を殺した。
にえ 殺人を告白しようとするテリーに、家族はそのチャンスすら与えてくれないの。なんとも不気味で、腹の底が冷えてくるようなお話だった。
<割引き品>
ミセス・ローリーは、友人であるミセス・カーベリーのもとを訪ねた。ミセス・カーベリーは、かなり年上の吝嗇な男と結婚し、節約ばかりを気に掛ける生活を送っていた。ところが、カーベリー家の二人の娘には、 高額な支払いを要求されるとしか思えない、いかにも優秀そうな女家庭教師がついていた。
すみ どうして、優秀な家庭教師であるミス・ライスは、カーベリー家の安い給料で我慢しているのか。しだいに理由がわかってくると、二重にゾゾゾっとしてしまうの。
<古い家の最後の夜>
父を亡くしたあとは、傾いていくだけとなった一家は、とうとう家を売ることになった。
にえ 子供たちはたくさんいるのに、誰かが支えることもなく、とうとう家を手放すことになった一家。なにもかもが取り払われた家で最後に過ごす家族のなんとも侘びしい姿が秀逸だった。
<父がうたった歌>
ナイト・クラブで少女は、父親がうたっていた歌の曲を聴いた。金髪のりりしい兵士と、みんなが憧れるような娘だった両親は、結婚後、仕事にも就けないような貧しい生活が待っているとは、想像だにしていなかった。
すみ 貧乏にいらだつ母に勧められ、むりやり訪問販売の仕事に就かされた父親。不仲な両親に挟まれ、少女時代を過ごした娘。なんともやるせない人生の物語。
<猫が跳ぶとき>
残酷な殺人事件があったローズ・ヒル邸に越してきた一家は、友人を招いてパーティーを開いた。過去の殺人事件など気にもしないような陽気な一家と、気の置けない仲間たちだったはずだが、しだいに・・・。
にえ これは怖い。妻を残忍に殺して、死刑になった夫の名はハロルド、今度引っ越してきた一家の主もハロルド。だんだんとわかっていく殺人事件の全貌、だんだんとおかしくなっていく一家とその友人たち。どうなっちゃうの〜っ。
<死せるメイベル>
観客を魅了し、スターの座をのぼりはじめた女優メイベル・ペイシーの死は、インテリで、孤独で、自己不信型だった若き銀行員の心に、とてつもなく暗い影を落とした。
すみ 人間嫌いと言ってもいいような青年が、一人の女優にのめりこんでいき、その死に衝撃を受ける。なんとも痛ましく、救いのない話だけど、不思議なほどの美しさが心に残ったな。
<少女の部屋>
義理の息子の娘ジェラルディンを引き取ることになったレザトン-チャニング夫人は、最高の教育で、優秀な娘に仕立て上げようと心に誓った。しかし、なにをやっても怠惰な態度を示すジェラルディンに、家庭教師たちは冷たく・・・。
にえ 温かい心というものを感じさせてくれない大人たちに囲まれ、表と裏の顔をしっかりと身につけ、心を硬化させていく少女の話。ラストの明らかに隔たりのある会話に、絶望を感じずにはいられなかった。
<段取り>
美しく、社交的な妻が自慢だったヒューソン・ブレアだが、ある日突然、妻は他の男と出奔してしまった。ふだんから段取りの良さで知られるヒューソンは、さっそく妻なしの生活の段取りをつけた。 そんなヒューソンのもとに、妻からの手紙が届いた。
すみ 読んでいるこちらには、なぜ妻がヒューソンのもとを去ったかよくわかるけど、ヒューソンには一生わからないんでしょうね。
<カミング・ホーム>
ロザリンドにとっては喜びも悲しみも、すべて愛する母に話して、はじめて現実のものとなる。自分のエッセイが賞賛されたことを母に知らせようと、学校から急いで戻るロザリンドだが、驚いたことに、母は留守だった。
にえ 強烈なマザコン娘のお話。別になにも悪いことはしていないし、したとも思っていない母に、心の中で罰を与えようとする描写はとくに巧いなと思った。
<手と手袋>
地元の社交界で引っ張りだこのトレヴァー姉妹は、なんとしても、この人気に乗じて、条件のいい結婚相手をつかまえたいところだった。
すみ 両親を亡くしたトレヴァー姉妹は、叔母を介添人にしようとするんだけど、この叔母が心身の健康を失っていて、人前に出すのがやばいとなると、今度は屋敷に閉じこめるように。かつては金持ちだった叔母の衣装をうまくあつらえなおして、華やかにパーティーを渡り歩く姉妹だけれど・・・。 美貌と欲望に身勝手さを増していく姉妹が怖いのか、その後の展開が怖いのか。とにかく怖いホラーでした。
<林檎の木>
サイモン・ウィングの友人たちは、サイモンがあまりにも若く、魅力があるとも言えないような少女と結婚したことに驚いていた。しかも、その若妻のためにサイモンは、明らかに精神を参らせていた。
にえ サイモンの若妻は、じつは幽霊に取り憑かれちゃってるんだけど、なぜそうなったかって話が興味深いというか、怖いというか。
<幻のコー>
休暇をもらった兵士のアーサーと、小柄な娘ペピータは、二人きりで過ごしたかったが、戦時中のロンドンの街に二人きりで過ごせる場所はなかった。しかたなく、ペピータがコーリーというルームメイトと暮らす部屋に行くことになったが。
すみ ペピータがあると信じ、いつのまにかアーサーまで感化されている架空の都市コーは、サー・ライダー・ハガードの”She”という小説に出てくる架空都市だそうです。やるせない恋人たちにもう一人の女性が加わって、三角関係を予感させるのだけれど、コーの存在を信じるペピータがやっぱり一番、印象的かな。