すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「運転席」 ミュリエル・スパーク (イギリス)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
18才から勤める会計事務所にもう16年と数ヶ月、5人の女性と2人の男性を部下に持つリズは、休暇をとって旅行に出掛けることになっていた。 上司は親切に旅行のための半日の休暇をくれようとしたが、そこで5年ぶりにリズの悪い癖が出てしまった。ヒステリックに笑いはじめ、そして泣きだす。 そんな精神状態のまま、リズは旅行用の服を買いに行き、飛行機に乗って旅立った。「わたしのタイプ」を探しに。
にえ ミス・ブロウディの青春」に続いて、2冊めのミュリエル・スパークです。
すみ こちらも三十才を過ぎて独身、自立した女性の話なんだよね。
にえ でも、雰囲気はかなり違うよね。なにがなんだかわからないまま、ハイスピードで駆け抜けていくって感じで。
すみ とにかく冒頭の買い物シーンが迫力だった。シミのつかない服に怒り狂い、店員が止めるのも聞かず、派手な組み合わせの服を買うんだけど、これがショッピングという心躍る日常を軽く飛び越えて、今まで感じたことのないような恐怖を呼び起こす行為となってしまっているような。
にえ 怖かったよね〜。レモン・イエロウの上着に、オレンジと藤紫とブルーのV字で染め上げられたスカート、その上に白襟で、赤と白の細い縞のコートを羽織る。色が氾濫する狂気の世界がクッキリ映像として脳裏に焼きついてしまった。
すみ そうそう、なんだか映画の冒頭シーンを観ているようだったね。あとで裏表紙にヒッチコックが映画化するって話があるって書いてあるのを見て、うわ〜、まさにピッタリと思ってしまった。本当に映画化されたのかどうか知らないけど。
にえ 「ミス・ブロウディの青春」のほうは映画化されているんだよね。あっちはこの複雑な人間模様をどう映像化したんだろうと首を傾げてしまったけど、こっちは映像にしたくなるのわかるって思った。まさにヒッチコックの世界だし。
すみ 主人公のリズは、やっぱり知的な女性なんだよね。部下もいて、四か国語が話せて。
にえ 旅先では、「わたしのタイプ」を探しているってずっと言いつづけているんだよね。この「わたしのタイプ」がなんなのか、疑問に思いながら読んでいくことになるんだけど。
すみ 旅行前もそうだったけど、旅行後もハイスピードで、いろんな人に出会い、絡みついていくよね。出会いと別れなんて悠長なことを言ってられないぐらいの気迫で。
にえ 出会う人もまた尋常じゃないよね。自然食を広めるために<陰>と<陽>を熱く語る男とか、いきなり変なことしようとする男とか、妙に人なつこい老嬢とか。
すみ 最後のほうで、なるほど、あれとあれがこうなるのかと納得したよね。一見したところ無関係なところが結びついていく快感があった。
にえ わりと読みはじめの段階からわかっているのが、リズが死をもってこの旅行を終えるってことだよね。最後には殺される、それはわかっているの。
すみ 読み終わったあと、けっきょくのところ、彼女はいったい何者だったんだろうとすごく考えさせられちゃった。
にえ はっきり伝わってくるのは、強い孤独、そしてこの旅行に関しては強い焦りを感じてたってことだよね。
すみ 彼女の人生を考えると、なんでいまさらあんなに焦っていたんだろうと、それを思うよね。5年前にも同じような狂気に突入したみたいだから、そのへんのこともあったのかな。
にえ とにかく、時に身を任せてゆるやかに堕ちていくっていうのは赦せないタイプだよね、自力ですべて勝ち取りたいの。これまでの人生でもずっと主導権を握ってきたし、この先も自分が主導権を握っていないなんてありえない、みたいな。
すみ 私は知性が感情に勝つ瞬間が来ることを怖れていたのかな、なんてことも考えたけどね。それもまた、自分と自分との戦いで、他社の介在を赦さない孤独な戦いなのだけど。
にえ リズのような孤独感っていうのは、女性特有の孤独感なのかな。男性の作家でも、女性の作家でも、孤独をテーマに書く人って多いけど、なんか女性と男性だと違うよね。 男性作家の作品では理解されないとか、そういう孤立が孤独に繋がっていったりするけど、女性作家の場合は、リズみたいにたくさんの人と接触し、いろいろ話し合い、時には求められ、そんな中でも内部で自分にしか理解できないような孤独感を増していき、その孤独がまた表面的にはまったくわからないんだけど、じつは衝動に繋がるような冷たい熱を持っていたりして。
すみ そうねえ、わりと静かな共感みたいなものを赦さないような孤独が多いかもね。でも、共感できないところの共感みたいなものはあるな。リズの場合にも、理解しがたいし、あまりにも突飛な存在って気がするんだけど、でも、いるよな、こういう人って思ってしまうし、なんかわからないのにわかるような気がしてしまうし。
にえ これは狂気の世界を描いた恐怖小説とも、不条理小説ともとれるような内容で、ちょっと好みは分かれそうだけど、でも、秀逸な冒頭シーンだけでも読む価値はあるかも。
すみ 「ミス・ブロウディの青春」もこの「運転席」も翻訳本としては絶版中。こういう独特な作家さんはほかの方にもオススメしたいから、復刊して欲しいなあ。ということでご協力よろしくお願いしますっ。
 復刊ドットコム(ミュリエル・スパーク特集)