すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ミゲル・ストリート」 V・S・ナイポール (イギリス)  <岩波書店 単行本> 【Amazon】
カリブ海最南端の島トリニダード島、首都ポート・オブ・スペインの下町ミゲル・ストリートに、僕は母と越してきた。「名前のないモノ」しか作らない大工、なにも仕立てない仕立屋、 酒飲みの男に父なし子を産みつづける女・・・そこに住むさまざまな人々との交流こそが僕の少年時代そのものだった。
すみ この小説は、V・S・ナイポールの実質上の処女作だそうです。というのは、これは出版社判断で刊行が見送られ、次に書いた「神秘の指圧師」が先にデビュー作として出版されたからだそうで。
にえ 「神秘の指圧師」のほうが強烈な印象を与える小説だからかな。あれはぶっ飛びまくってたよね(笑)
すみ でも、同じトリニダード島の人々が描かれていて、姉妹作みたいでもあったよね。<神秘の指圧師>であるガネーシュは、こちらにも脇役的にちょこっと登場するし。
にえ 同じトリニダードの人々だから、気質も似ているしね。でも、似た人たちが出てくるのに、「神秘の指圧師」は油絵の具で描いた極彩色の絵のような鮮やかさ、こちらはパステル画や水彩画のあわあわとした印象かな。まあ、比べなかったら、こっちも充分濃いんだけど(笑)
すみ V・S・ナイポールを初めて読む人にもオススメだよね。ノーベル文学賞受賞作家の作品だと気合いを入れて読みはじめると、拍子抜けしてしまうぐらい読みやすいの。んでもって、ナイポールの原点、トリニダードに触れられるわけだから。
にえ 文学界にはナイポールを嫌ってるのかな〜みたいな方が幾人かいると小耳に挟んだことがあるけど、訳者あとがきによると、そういう方々の中でも、この作品だけは褒める方が多いとか。それもわかる気がするね。なんとも言えない哀愁があって。
すみ うん、余韻深いよね。ミゲル・ストリートの住人の多くは、野望といったら大げさかもしれないけど、何者かになりたいって頑張っていたり、あんまり頑張ってないけど強く切望していたりするの。でも、思い通りにはならなくて、それでも生かなきゃならない切なさ、夢がついえたあとの灰の山を見るような哀しみ、そういうのがゆっくりと胸に迫ってくるようで。
にえ この小説の構成は、章ごとに、そういうミゲル・ストリートの特徴ある人たちの一人一人にスポットがあてられ、夢の興亡のようなものが語られていくんだよね。
すみ そういう人々を見る主人公である「ぼく」の視線がまたいいの。なんか読んでると、ぼくはナイポール自身で、少年時代に本当に出会った人々のことを書いているのかなと思ってしまうけど、主人公が父を亡くして母親だけってところとか、その他もろもろからナイポールではないんだなとわかるのだけど。
にえ でもやっぱり、登場人物の多くは実在した人がモデルになってるのかなと思うよね。それだけのリアルさがあって。
すみ 順を追って各章の主人公を紹介しておこうか。第1章は、ボガードという渾名のついたちょっと伊達男。「仕立ておよび裁断屋」なんて看板を出しているけれど、スーツ一着つくってるところも見たことがないのよね。
にえ 第2章は大工のポポ。この人も大工の看板を出しているだけで、何一つ注文されたものを作ることはないのよね。ボガードと違うのは、とりあえずいつも働いていて、「名前のないモノ」を作ってるって言いつづけているところ。
すみ 第3章はピンク色の家に住んでいる、家族に暴力をふるうジョージという男。第4章はその息子のエリアス。エリアスは父親と正反対で、ジョージのことさえかばうほどの善人で、まじめな勉強家なの。
にえ 第5章は、どんな選挙にも出馬するマン・マンという男。第6章は、世界でいちばんすばらしい詩」を書いているブラック・ワーズワースという男。
すみ 第7章はボクサーになった大足(ビッグ・フット)という男。第8章は世界一美しい花火を作ると言っているモーガン。
にえ 第9章は指導者であり、哲学者であるために生まれてきたはずのタイタス・ホイットという男。第10章は父親の違う子供を産みつづけるローラという女。
すみ 第11章はゴミ収集車に乗る粋な男エドス。第12章は新しく越してきた、育ちの良さそうな美女とブサイクでダメ男らしき組み合わせの夫婦。
にえ 第13章は買った車をいじくりまわすのが大好きなバクーおじさん、第14章は新聞を信じないことにしている、腕のいい散髪屋のボーロ。第15章は絵描きのエドワード。
すみ 第16章は賭け事が好きで、ミゲル・ストリートの住人にしては珍しく、野心というものはまったくなさそうなハット。第17章は少年時代を終え、ミゲル・ストリートを去る「ぼく」。終わった〜。ということで、全部で17章。
にえ それぞれの人物がどんな夢を抱き、どんな人生を送ることになるかというのは読んでのお楽しみだよね。
すみ こうして並べるとわかるけど、芸術家的な人が多いよね。より漠然として、より大きな夢を抱けるからかな。
にえ 小さな島に住みながら、世界に名を馳せることを夢見ているのよね。しかもみんなガツガツしているって感じじゃなくて、優しくて、切なくて、ユーモラスなの。派手さはなくてもこれはいいよぉ。ナイポール初めての方も、初めてじゃない方にもオススメです。