=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「神秘な指圧師」 V・S・ナイポール (イギリス)
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小説の舞台となるトリニダード島:東西距離最長で100キロ、最短で50キロの、四角い布の端を四方に引っ張ったような形を した島。面積は5130キロ平方で、千葉県と同じぐらい。南米ベネズエラに接近する、カリブ海最南端の島。コロンブスによって発見された。イギリス領であったが、1962年に独立。 ドバゴ島および付近の島とあわせて、トリニダード・ドバゴ共和国となる。共和国の人口は120万人弱。石油とサトウキウビ、コーヒー、ココアなどを産出し、おもにアメリカ資本よりなる。 インド系の住民が多く、アフリカ系、ヨーロッパ系、中国系住民がそれに混じる。現在ではインド系住民とアフリカ系住民の差はなくなっている。言語は公用語が英語で、ほかにパトワ語、 ヒンズー語も使われている。首都名はポート・オブ・スペイン。カーニバルが有名で、スチール・ドラム発祥の地としても知られている。宗教は、 カトリック、ヒンズー教、英国国教会、イスラム教、長老派が混在する。 | |
これは、2001年度ノーベル文学賞受賞作家V・S・ナイポールが25才の時に書いたデビュー作です。 | |
舞台はナイポール自身の出身地でもある、トリニダード島なのよね。時代は第二次世界大戦前後。トリニダード島のややこしさが、 この小説のおもしろさでもあるので、上に書いときました。 | |
ストーリーは簡単に言えば、トリニダード島に住む、それほど優秀じゃないにしろ、とりあえず島では珍しく大学まで 行ったガネーシュという男が、紆余曲折を経て有名な政治家になるまでの立身出世の物語。 | |
とりあえずはね(笑) 読んでると、なんでこんなヤツがって感じなんだけど。 | |
どこかで見かけたことがあるような、インテリぶってる世間知らずのオバカさんって人なのよね。当然、おだてに弱いお調子者で。 | |
最初は教師になろうとするんだけど、向いてないからってすぐに挫折、それからトリニダード島には山ほどいる指圧師の一人となり、 神秘家になり、本を書き、と激しく転職を繰り返すの。 | |
指圧師っていうのは、無免許の医者みたいなものなんだよね。どんな病気も押して治しちゃう。薬も出すし。 | |
神秘家っていうのは、トリニダード島には指圧師と同じぐらい山ほどいる祈祷師を、もうちょっと かっこよく表現したもので、やることは精神科医の治療とお祓いの中間って感じかな。 | |
指圧師にしろ、神秘家にしろ、本の著作にしろ、みんなガネーシュが思いついたんじゃなく、まわりの人に 勧められてやったことなんだよね。 | |
なぜかやたらと「あんたには才能がある」っておだてられるんだよね。ガネーシュはそのたびにインテリっぽく 考えこむんだけど、けっきょくは言われるままに。 | |
奥さんも押しつけられるままに結婚しちゃったって感じだしね。 | |
まわりにいる人たちが癖が強くておもしろいの。まず、自分の娘を押しつけて結婚させたラムローガンが大のクセモノ。 | |
やたらとヘイコラしてるんだよね。字が読めるのに読めないふりして、自分は無学でどうしようもなくて、 あなたのことは尊敬してて…なんてことを言いながら、自分の思い通りに相手を動かそうとして、裏でちゃっかりうまいことやって儲けようとしてるの。 | |
あと、ゲップばかりしてる伯母さんとか、雑貨屋を営みながら、なかなかのインテリのビハリイとその奥さんとか、クソ生意気だけど、大人顔負けに 賢いアドバイザー的少年とか、個性派ぞろいだった。 | |
ガネーシュの奥さんになるリーラもなかなかクセモノだよね。やたらと嘆き悲しんでて、妻らしく娘らしく気遣いを見せているようで、 ちゃっかり鼻がきいて、金儲けできそうなところは見逃さずに喰いつくし、うまいこと立ち振る舞うためにはコロコロ自分を変えるし。 | |
そのうちに敵も現れたりするんだけど、ガネーシュはうまいこと時流に乗り、運も向き、けっきょくは大英帝国勲爵士となるほどに。 | |
ガネーシュって人は、いっぱい本も読んでるし、いろいろ考えてるようだけど、じつは自分ってものがなくて、 その場その場に合わせていけるから、戦後のドサクサで出世するにはピッタリだったのよね。 | |
服装も変え、考えも変え、宗教も変えて時流に乗って生きていくガネーシュの姿が、そのまま 植民地社会への皮肉にもつながっているのよね。そういう皮肉っぽさがたまらなくおもしろかった。 | |
ただね、正直言って、読みはじめて気を取られるのは誰しもまず、翻訳文だと思うんだけど。 | |
驚いたね〜。ガネーシュたちの会話部分はすべて植民地語、つまり、方言訛の英語になってるのが、 これの原書のおもしろさだそうなんだけど、その会話部分が翻訳文ではすべて「尾道・広島弁」になってるの。 | |
カリブ海の島に住むインド系住民が広島弁でしゃべるんだから、最初のうちは頭がおかしくなりそうだった(笑) | |
私は半分以上読むまで、翻訳本なのかなんなのか、混乱して完全にわからなくなってしまったよ。はっきり広島弁を意識させないで、 どこの方言ともわからないような造語にしてくれればよかったんじゃないかな〜とも思ったんだけど、ただ、最後まで読んだら、やっぱり広島弁こそがこれはピッタリくる言葉だったんだなと妙に 納得してしまった。 | |
とにかく会話部分が多くて、その会話がおもしろい小説なんだよね。だから独特のリズム感がなくっちゃあ、楽しめないのよ。 それを考えると、造語っていうのも厳しいんだな。イントネーションがわからないから。ネトッとテンポののろい、従来の翻訳文にありがちな方言もどきじゃあ台無しだし。 | |
それにしても、ノーベル文学賞受賞作家の小説の大半が広島弁で翻訳されてるとは度肝を抜かれたね。これぞまさに超訳だよ、超訳。 | |
大胆な翻訳にぶっ飛ぶとともに、拍手〜。 | |
というわけで、いろんな意味で楽しめました。ちなみに、これは「V・S・ナイポール・コレクション」の(1)だそうで、 これから先もナイポール作品の刊行予定ありです。楽しみですね〜。 | |