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 「作者を出せ!」 デイヴィッド・ロッジ (イギリス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
1915年12月、ロンドンのチェイン通り21番地にあるカーライル・マンションのフラットの主寝室で、高名な作家ヘンリー・ジェイムズは、今まさに死の床にいた。 執事のバージェスや義姉に看とられ、最期の時を迎えつつある今、著名人たちの見舞いの電報や手紙が山と舞いこみ、名誉ある功労勲章を受章するという報せも届いた。 しかし、ヘンリー・ジェイムズのの心に去来するのは、決して華やかとは言えなかった自分の作家としての一生だった。
すみ イギリスでとても人気のある作家デイヴィッド・ロッジが書いた、ヘンリー・ジェイムズを主人公に据えた小説、ということで読んでみました。
にえ デイヴィッド・ロッジは前から読んでみようと思いつつ、まだだったんだよね。
すみ そうそう。だけどさあ、デイヴィッド・ロッジといえば、なんだかとっても楽しげな小説を書く作家さんってイメージがあって、この本のタイトルも「作者を出せ!」と、ややユーモア小説を連想させるようなタイトルだから、 そういう類のものなのかな〜と思ったら、ぜんぜん違ったね。
にえ うん、出版社からの紹介に「新境地を開いた話題作」ってあったから、これまでの作品とはちょっと作風が異なるってことなのかな。重厚とも言えるような、しっとりと落ち着いた小説だった。
すみ ヘンリー・ジェイムズといえば、「デイジー・ミラー」や「ねじの回転」などなど、著作は今も、そしてきっとこれから先も愛読されつづけるだろう、文豪と呼んでもいいんだよね、それくらい立派な作家さん。
にえ べつに不遇の作家というイメージもなく、当時から評価の高い作家さんだったみたいだなと漠然と考えていたけど、この小説で、かなりというか、ガラッとイメージが変わったよね。
すみ 驚いた〜。もちろん想像で書き足したところは多々あるんだろうけど、かなり事実に基づいて書いているみたいだから、人となりはこの小説に書かれているヘンリー・ジェイムズとまったく異なるってことはなさそうだよね。でも、俄には信じがたいような、でも、そういうものなのかもしれないとも思うような。
にえ ヘンリー・ジェイムズはたしかに生きているときから作家としての評価は高く、わりあいと早い時期から当代きっての文豪と認められていたみたいだけど、人気がなくて、本がほとんど売れてないんだよね。
すみ 大衆受けするには、あまりにも難解と思われていたみたいだね。まあ、今の時代にもそういう作家さんはたくさんいるから、わからないでもないけど。
にえ そういう作家さんが「もうちょっと本が売れてくれたらいいのになあ」とか言って、凡人の私たちを驚かすことがあるけど、この小説のヘンリー・ジェイムズもまさにそうだったね。
すみ そうなんだよね、私たちからすると、大衆に媚びず、文学の高見を目指している作家さんなんだから、売り上げなんて気にしていないだろうと思うけど、意外とそうでもなかったりして。考えてみれば、同じ人間だものね。
にえ 画家はだれも見てくれなくても楽しみのために絵が描けるけど、小説は読む人がいなければ書けないっていうじゃない、そういうことなのかも。
すみ で、世間に認められず、収入も思うように上がらないヘンリー・ジェイムズは、小説はいったん休んで、劇作家となってその二つを解決しようとするんだよね。
にえ いくら本が売れないとはいえ、文学の高みに君臨する作家だと認められている人が、ハッピーエンドだけを期待する大衆に媚びるような当時の演劇界に身を投じるとはねえ。
すみ その顛末を書いてあるのがこの小説なんだけど、景気のいいタイトルの”Author,Author”と違って、そうそうテンポのいい、楽しい話ではないんだよね。
にえ ”Author,Author”っていうのは、当時の演劇で、お芝居が終わったあとに感激した観客たちが叫ぶ、「作者! 作者!」って掛け声で、その掛け声とともに作者が舞台に現れ、 観客たちは喝采を浴びせる、とそういうことなのよね。ヘンリー・ジェイムズが夢見たのも、まさにその熱烈な賞賛。
すみ でも、演劇の話が中心というわけでもなかったよね。むしろ、作家としての自分を敬愛する友人たちの成功に嫉妬を覚えるヘンリー・ジェイムズの姿とか、そういうものが緻密に描かれていた。
にえ ヘンリー・ジェイムズって不思議な人だよね。とにかくものすごく潔癖。芸術に身を捧げるために生涯、独身主義を貫いて、恋愛となると女性にたいしても男性にたいしても、ビックリするぐらい拒否的で、自分のなかの嫉妬とか功名心にたいしても、 ものすごく敏感で、必要以上に苦しんでしまうの。でも、人が好きで、社交的。
すみ 遙か彼方の高いところにいるはずの作家にたいして、読んでいると同情心を抱いてしまうから不思議だよね。
にえ それにしても、え、こんなに同時代に有名な作家がひしめいていたの、と驚くばかりに知っている名前がたくさん出てきたよね。キプリング、モーパッサン、オスカー・ワイルドにH・G・ウェルズ、ジョージ・バーナード・ショー、イーディス・ウォートン・・・挙げていったらキリがないんだけど。
すみ 深かったり浅かったり、いろんな人と関わりがあったのね。最後の最後のほうで、「ピーター・パン」誕生の逸話に繋がったのと、もう一人、あとで、ええっ!って人が現れたのには驚いた。
にえ 個人的には、H・G・ウェルズってこんな時代に、あんな奇想天外なSF小説を思いついたのか〜ってのにとくに驚いたけど。
すみ この小説でとくにヘンリー・ジェイムズとの関わりが深く語られているのが、挿絵画家のデュモーリエと、アメリカの人気女流作家のフェニモアだよね。ヘンリーはこの二人をとても大事にしていて、交友をあたためるとともに、いろんな感情を抱き、苦しんだりもするの。
にえ なんとも言えないような余韻を残す小説だったね。ズシンと来て、切なく悲しいんだけど、どこか爽々しくもあるような。興味がある方だったらオススメです。