=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「トランス=アトランティック」 ヴィトルド・ゴンブローヴィッチ (ポーランド)
<国書刊行会 単行本> 【Amazon】
ポーランドの有名作家ゴンブローヴィッチは1939年、20日にわたる船旅の末、ブエノスアイレスにたどり着いた。そこにもたらされたのは開戦の報せ。フロブリ号の他の乗客、乗員はポーランドまで戻れなくても、 せめて英国かスコットランドまで引き返せるはずだと出航を急いだが、ゴンブローヴィッチはアルゼンチンに残ると宣言した。とはいえ所持金は96ドル、まずは仕事を探す必要があった。 | |
私たちにとっては「バカカイ」から間があいて、2冊めのゴンブローヴィッチです。 | |
「バカカイ」ではゴンブローヴィチ、「トランス=アトランティック」ではコンブローヴィッチ、小さな「ツ」がどれほど重要かわからないけど、できれば統一してほしかった。 | |
まあ、それはともかく、この「トランス=アトランティック」なんですが、困ったね(笑) | |
ホント困ったよね。私は小説を読んでる最中、ここで話したいことがたっくさん出来て、読み終わった時点で忘れないようにとレポート用紙2枚分にビッチリ書き込んでおいたのに、 小説のうしろにはこの作品に関することが書かれたゴンブローヴィッチの日記と訳者その他の方々のキッチリとした解説がついていて、私がレポート用紙に必死で書いたことはぜんぶ語りつくされてしまっていた。 | |
まさに、がくっ。これはこの小説のなかに多発するフレーズなのだけれどね。とか言ってる自分がとてもマヌケっぽい(笑) | |
おまけに、私たちのように「いろいろ喋りた〜い♪」とか言う読者を牽制するかのごとく、素人のこういう気安い物言いにはムカッと来るとか、作者の精神分析はするもんじゃないとか、日記にやたらと書かれていて、 これではもう手も足も出ません。 | |
でもなんでここまで牽制するんだろうね。作品は出版した段階で読者に委ねるって気にはまったくならないご様子。 | |
これが初めて出版された当時、誤解やら曲解やらで攻撃を受け、大変だったからなんだろうね。だからこその、ものすごくきめ細やかな釘のさし方だったっ。 | |
こういう内容だから、出すときにある程度は覚悟していたはずだと思うけど、それ以上だったんだろうね。まあ、でもたしかに、愛国心とかそういうのを抜きにしても、全体でも部分でも、いろいろ解釈したくなる小説ではあったんだけど。 | |
そうなんだよね。これは大戦中に祖国を離れていたポーランド人たちの話。となると、綿々と苦しい心情を語ってくれそうなところだけど、ゴンブローヴィッチはそれをあえて、滑稽な操り人形活劇のように仕上げていて、 それをそのまま受けとって、ああ、おもしろかったって言うわけにもいかないから、やっぱり読者が読者なりに解釈するしかなくて、でも、ゴンブローヴィッチさんは勝手なことをするなと言っていて・・・。 | |
まあ、あなたの苦しい心情の吐露はいいですよ(笑) しかもね、この小説の主人公はゴンブローヴィッチなの。これもまた紛らわしいというか、誤解のもと。 | |
とはいえ、あえてゴンブローヴィッチだからこそ出せる妙味でもあるんだけどね。この小説のゴンブローヴィッチは、ポーランドの高名な作家で、高名な作家だったことを強く意識しつつも、 パーティーなんかに引っ張り出されて、やいのやいのと自分の小説を読んだこともないような人たちに持ち上げられるのには困り果てているご様子。 | |
語り口は古めかしいユーモア小説風なのよね。自分のことは「小生」で、がくっとか、バカッボコッとかやたら連発。 | |
主人公ゴンブローヴィッチは、船旅中、開戦の報せを聞いて戻れるところまでは戻ろうとする他の乗員乗客と別れ、一人、ブエノスアイレスに残ることに。 | |
そこで喧嘩しつつも共同事業を営むバロン、ムシャムシャ、チョッカイという統一感のまったくないおかしな3人組のもとで働くことになり、ゴンサーロという金持ちのプートと出会うことになるのよね。 | |
プートっていうのは当地での呼ばれ方で、女性の装いをした男性の同性愛者のことみたい。ゴンサーロは男性版ニンフって感じのブロンドの美少年イグナーツィに恋をしていて、 ゴンブローヴィッチはゴンサーロに頼まれ、嫌がるうちにも仲を取り持つことに。ところが決闘騒ぎがあったり、とまあ、こんな感じの喜劇的なお話なのよね。 | |
たしかにこの内容を、このまま語ってもおもしろくも何ともないというか、無駄っぽいというか。 | |
とにかくまあ、プートを俗悪に描きながらも、主人公のゴンブローヴィッチが息子に会いたいと連発したり。あ、ゴンブローヴィッチには息子はいないのね。 でも、誰ってことはないけど息子に会いたい、なのよ。で、けっきょく出会うのは唐突に、かなり不自然に現れる美少年イグナーツィの全裸の寝姿だったりとかするわけよ。 | |
ヒステリックでグロテスクな笑いのなかに、服を脱いで、皮膚まで脱いじゃったようなさらけだしぶり。逆噴射的なナイーブさが・・・あ、この表現、ものすごくレトロ? なんか小説につられてしまった(笑) | |
ただ、これだけ補足のような日記や解説がついていて、言いたかったことをぜんぶ細やかに語られても、やっぱりこの小説は難しいよ。大戦中に国を離れたポーランドの文化人の心情を読み取るのは、ストレートに書いてあったって難しいだろうに、こういう形で与えられても。 でも、そのわからないところをわかろうとし、少しでも伝わったと感じることこそが読書の喜びなのかもしれないけどね。というか、あえてその険しい道をのぼっていこうって気になった方にはオススメしますが、私にはやっぱり難しいという印象が残りましたってことで。 | |