=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「バカカイ」 ヴィトルド・ゴンブローヴィチ (ポーランド)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
ヴィトルド・ゴンブローヴィチの1933年から1938年までに発表された短編小説12編を収録した、 ポーランドの1957年版短編集「バカカイ」のうち、2編を省き、10編にまとめた短編集。 | |
これはスンゴイ変わった翻訳本だったよね。 | |
感触から言うと、「昭和初期の日本で、一部のインテリ文学青年から 熱狂的な支持を受けながらも、一般大衆にはその難解さから受け入れられず作者も作品も消え去ったが、戦後には伝説 となっていた作家の短編集が待望の復刊!」ってな内容のコピーが帯に書いてある本を読むようだった。 | |
なんじゃそりゃ(笑) まあ、わからなくもないけど。 | |
まず、登場人物からストーリーまで歪みまくってたよね。この歪み方の現実離れっぷりが 昭和初期の匂いがするな〜と思ったんだけど。 | |
うんうん、どうしてこの人がこういうこと言うの? こういうことするの?って理解で きないような登場人物の言動が多かったし、読みはじめからして、なんでこういう結末になるわけ?って展開だらけだった。 | |
最近の小説で登場人物の深層心理の追求というと、心理学とか精神医学に かなり忠実に深追いするけど、この本では、そういう知識がないところ、というかまったく無視したところで 深層心理を追究しまくってて、そのへんが昭和初期のインテリ青年好みの小説って感じなのよ。 | |
かなり強引だったよね。力ずくでゴンブローヴィチ・ワールドに引き込まれるって感じだった。 | |
で、加えてこの古めかしい翻訳文でしょ。ゴツゴツしたぎこちない 節回しもだけど、「障碍」(しょうがい、しょうげ。障害と同意)とか「小田原評定」(長引いてなかなか決まらない相談のこと)とか、 今時あんまりお見かけしないような単語がゴロゴロ出てきて。 | |
それより私は、科白じたいがほとんど意味不明だったり、身分のある家の夫人が 娼婦宿のやり手婆みたいな口調でしゃべったり、一人称「ぼく」で語られたのが、急に「おれ」になったりとか、 そういう乱れが気になって、翻訳を疑ってしまった。 | |
じつはゴンブローヴィチの原文じたいが、流暢とはほど遠い、読みづらい 文章だそうで、この翻訳文はむしろ努力して原文に近づけてあるって感じみたいね。 | |
もうちょっと読みやすくても良かったかなとは思うけど、こういう感触は、 好きな人は好きだから、これはこれでいいのかな。 | |
好みは分かれると思うけど、珍しい本として手に取るには、けっこう おもしろかったと思うよ。 | |
<クライコフスキ弁護士の舞踊手>
オペラのチケットを買おうとして、きちんと列に並べとクライコフスキ弁護士に注意された青年は、 クライコフスキ弁護士に偏執的な愛を抱き、つきまとうようになった。 | |
最初のこの作品でまず、ギョッとさせられました。なんで主人公の 青年がクライコフスキ弁護士のストーカーになったのか、まったくわからなくて、わからないから怖い。 | |
<ステファン・チャルニェツキの手記>
没落したポーランド人貴族のハンサムな父親と、身分はないが裕福なユダヤ人家庭出身の醜い母親が、 罵りあい、憎みあう家で育った少年の話。 | |
シェークスピア悲劇の狂人のごとく、呪いの言葉をわめき散らす 両親が怖すぎ。差別と偏見に歪みまくって家で、引き裂かれそうになりながらアイデンティティーを 確立していこうとする少年もやっぱり歪んでいました。 | |
<計画犯罪>
昨年の秋、財務処理のために地主のもとを訪れた判事見習いは、訪問を忘れられていたことに腹を立て、 食事の席に着くが、そこではじめて地主が前夜に亡くなったことを知り、身の置き場に困る。 | |
身の置き場に困っちゃったら、殺人事件だと言い張るしかない、追いつめられた 判事見習いと、判事見習に追いつめられる地主の妻と息子がスゴイ緊張状態を繰り広げます。 | |
登場人物の言葉遣いが変なのはまだ堪えるとして、せめて<内在的>って言葉は、 多少意訳になっても<内部犯行>って言葉にしてくれると、もうちょっとわかりやすかったかな。 | |
<コットウーバイ伯爵夫人の招宴>
ハイソサエティの選ばれた友人だけを招いて饗宴を繰り広げるコットウーバイ伯爵夫人に招待された 小生だが、その夜はなにもかもがおかしかった。 | |
上品さを通り越して下品な獣のようになった招待客たちと、なぜか イビられて追いつめられる主人公の焦燥ぶりがなかなかおもしろかったです。 | |
<純潔>
純潔を第一とする青年パヴェウは、純潔そのものの少女アリツィアと婚約した。 | |
アリツィアは、純潔なのか、無知なのか。あまりにも汚れを知らないと、 きれいなものと汚いものを区別することもできないみたいで、それが純潔の極みなのかも。そうなると、多少 なりとも常識をもったパヴェウは、完璧に純潔なアリツィアの奔放ぶりについていけるのでしょうか。 | |
<冒険>
白い二グロの船長に拾われた私は、いたぶられた末に、球体ガラスに入れられて海原に放り出された。 | |
ゆがんだ偏見に満ちた主人公の、現実味のない不可思議な冒険の物語。 この作品はとくに、昭和初期のジュブナイル小説と話の突拍子のなさやダークな感じが似てると思ったんだけど。 | |
<帆船バンベリ号上の出来事>
11930年春、余は船旅をするべくバンベリ号に乗り込んだ。バンベリ号の船内は、退屈のために 乱れきり、退屈しのぎのために船員の目がくりぬかれたりする始末だった。 | |
閉塞感タップリにアブノーマル世界の悪夢が満喫できます。 | |
<裏口階段で>
大使館勤務で順調に出世もし、美しい妻にも恵まれたぼくだったが、下品でにじり太りの醜い姿をした 女中たちへの愛欲は抑えがたかった。 | |
これも偏愛ものです。しかも、途中からは狂気が奥さんに移っちゃって、 これがまた凄まじいことに。 | |
<ねずみ>
何事にも堂々とすることを心情とするフリガンは、道を歩きながら堂々と人も殺す悪党だった。 人気者だからとフリガンを逮捕しようともしない警察に業を煮やし、みずからフリガンを捕まえて閉じこめた 元判事は、細かさにこだわる人だった。 | |
生理的にねずみに嫌悪感がある人だったら、読んでる最中に泡ふいて 気絶するようなラストでした(笑) 珍しく予想できる結末だった、かな。 | |
<大宴会>
大皇女レナータ・アデライダ・クリスティナ姫の国王へのお輿入れが決まり、開かれた大宴会で、 皇女は国王を見て我が目を疑った。面構えは店番、目つきは果物の小商人、とても国王とは思われない。 さらに宴会が進むうち、家臣たちがみな国王とそっくり真似をして動くので、また驚いた。 | |
この人は、上品と下品の表裏一体、裏返し話が好きみたいね。 | |
上品下品に限らず、どの作品でも、短い話のなかにかならず表と裏を両立させて、 クルクルとひっくり返してみせてるよ。そういうおもしろみを堪能すれば良いんじゃないかな。 | |