すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「9歳の人生」 ウィ・ギチョル (韓国)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
9歳のペク・ヨミンは両親と妹と<山の町>に越してきた。これまでは両親の友人宅を渡り歩いていたが、ようやく我が家が手に入ったのだ。とはいえ、山の町はいわゆる貧民街で、 山のてっぺんにあるヨミンの家も雨漏りのするボロ家だった。それでも採石場で働くことになった父さんは賢く親切で、頼りがいのある人だったし、工場で片目になってしまった母さんも優しかったから、 ヨミンは山の町の他の住人よりも幸せなぐらいだった。それに、いくら家が息苦しい貧民街の中にあっても、近くには大きな森があって、のびのびと楽しく遊ぶことができた。
すみ 河出書房新社のModern&Classicのシリーズです。これは2004年に韓国で映画化され、2005年には日本でも公開されるらしい、という小説です。いちおうジャンルはYAってことになるのかな。
にえ これは私たち的には非常に悔しい本だったねえ。ちきしょーっ(笑)
すみ そうそう。4年ぐらい前に韓国からの翻訳本で「これだ!」っていうのを探すぞと息巻いていてたけど、ぜんぜんこれだっていうのを見つけられず、 こんなものなのかなあと諦めてしまったのに、じつはその当時、この本はすでに韓国で読まれつづけていたのね。こういうのを見つけたかったんだよっ!
にえ この本が最初に出たのが1991年、その10年後の2001年に改訂版が出され、2002年には人気テレビ番組で話題になり、2004年には映画が封切り。その間、130万部も売れていたんだって。まさにロングセラー。
すみ ようやく私たちも巡り会えたって感じだよね。まあとにかく、出会えたことを喜びましょう。これは世界的なベストセラーになっている欧米の小説なんかとくらべても見劣りしない素晴らしい小説、だと思いますっ。
にえ 貧民街に住む子供が主人公のお話ってことで、なんか臭めの泣けるようなことが書いてあったり、子供騙し的な展開で主人公が活躍しちゃったりするのかなと疑いながら読みはじめたけど、そんなことはなにもなかったね。
すみ むしろ、なんにもないと言っていいぐらいだったよね。もちろんいろんな出来事はあるけど、貧乏人は貧乏人のままだし、嘘つきな子供は嘘つきなままだし、我が儘な子は我が儘なまま。みんなそのままで、劇的な変化もなく、9歳の子供が9歳なりに過ごすって一時期を書いてあるだけ。
にえ それなのに伝わってくるものはものすごく大きいよね。わかる、わかるって連続だったし、こういう子っているよな〜て頷きまくりだったし。
すみ 会話部分が非常に、非常に巧いんだよね。相談しているほうと相談されているほうが会話が進むうちに入れ替わってしまっていたり、子供らしい現実と非現実がまぜこぜになりながらも、それはそれでちゃんと成立していたり。
にえ ユーモラスだよね。そのユーモアの感覚が時代を経ても色あせないような上質さで、たとえるならばウィリアム・サローヤンとか? 
すみ そうなの、そのへんの普遍性が欧米の小説に劣らない、なんて言いたくなるところなの。こういうセンスの良さはアジアでもありだったんだ、なんて嬉しくなったりして。
にえ 子供時代を活き活きと描くって、だれにでも経験していることだから、もしかしたらだれにでもできるんじゃないの、と思うけど、こういう小説を読むとあらためて、難しいし、それができるってとっても素晴らしいことなんだなと思うよね。
すみ あえて文句をつけるなら、ラストも含めたいくつかの章の終わりの2、3行がちょい野暮ったいところかな。これはいかにもアジア的だからこそ、同じアジアンとして気になってしまうのかもしれないけど。
にえ 主人公のヨミンは「山の町」に越してくるんだけど、これは山のなかにある町かな〜と思ったら、違ったよね。ソウルの貧民街を指す言葉だって。
すみ ソウルでは貧民街が急勾配の山に形成されているからサントンネ(山の町)とか、タルトンネ(つきの町)とか呼ばれているんだってね。
にえ 同じ河出書房新社のModern&Classicのシリーズの「ロサリオの鋏」と同じだよね。私たちの感覚だと「山手」「山の手」というとお金持ちが住む住宅地のイメージだけど、その逆で。
すみ 当然、貧民街の暮らしは悲惨なもの。そこに住む子供たちも、たとえばヨミンの友達になるキジョンは両親がいなくて姉と二人暮らし。食べるのにも苦労する生活のなかで、嘘ばっかりついてる少年。
にえ 本人は嘘をついてるって感覚さえなくなっているけどね。
すみ あと、山の町の子供たちのボスは黒ツバメって渾名だけど、この子の父親は酒乱だし、ヨミンの隣の家に住む少女の家は両親が夫婦喧嘩ばかりしているし。
にえ 子供たち以外にも、年老いて一人きりで暮らしている「洞窟ばあさん」とか、大学まで出ているのに引きこもり気味になって働きもしない「引きこもり哲学者」とか、ユーモラスに描写されながらも、どこか悲しい人たちが出てきたよね。
すみ 山の町の人たちを見るヨミンの目は子供らしく辛辣だよね。陰で悪口を言いながらも、協力し合って暮らしているけど、いざというときにはコソコソとしてしまう、そういう大人のいやらしさもヨミンはしっかり見取ってた。
にえ ヨミンが学校で知り合うウリムって女の子がまたクセモノだったよね(笑) 見た目はかわいいんだけど、我が儘で威張りくさっていて、妙にプライドが高いの。
すみ そのくせ、自分がクラスで嫌われ者なのを意外と気にしていたりするんだよね。いるよな〜、こういう子ってニヤけてしまった。とにかく出てくる子供はみんな良い子とはいえないけど、愛おしくてしかたなくなった。子供の頃の泣きながら帰ったこととか、今となってはくだらないと思えた出来事まで蘇ってきてしまったよ。
にえ とにかく読者の年齢層は幅広いと思うけど、子供たちにっていうより私はまず両親とかもうちょっと上の世代にまで勧めたいって気がした。昭和の日本の原風景がここに凝縮され、詰まっているような。もちろん、オススメです。