=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「アルヴァとイルヴァ」 エドワード・ケアリー (イギリス)
<文藝春秋 単行本> 【Amazon】
あまり知られていないわが町エントラーラをもしあなたが知っているとすれば、エントラーラが何年も前に見舞われた大地震のニュースか、その後に起きた、トロリーバスの運転手が車中で亡くなった女性を死んでいると知りながら乗せたままにして、 予定どおりに町を何巡もしてから発着所に戻り、ようやくそこで女性の死体をおろしたという奇怪な事件をお昼のニュースで見たおぼえがあるからだろう。しかし、エントラーラ人はそれを奇怪なことというより、別の意味でとらえていた。 その亡くなった女性というのが、エントラーラでは最も有名な双子の姉妹アルヴァとイルヴァの片割れだったからだ。エントラーラを訪れた旅人たちは、かならずその双子の像を目にするはずだ。そして二人の話を耳にすることもあるかもしれない。 町を救った双子アルヴァとイルヴァは、いまだにエントラーラでは語り継がれているのだから。 | |
これはイギリスの作家エドワード・ケアリーの「望楼館追想」に次ぐ、2作めの邦訳本です。 | |
「望楼館追想」に比べると、ぐっと落ち着いて、余裕を持って楽しんで書いてるって印象だったよね。 | |
うん、「望楼館追想」のときは、好き嫌いはともかくとして、まさに期待の若手作家だなあ、なんて思ったりしたんだけど、こちらでは文句なしに良いなあ、良い作家さんだなあと思った。この差は大きいかも。 | |
手法は楽しく凝らしまくって、ストーリーはシンプルにって感じだったよね。だからおもしろい形式の小説なんだなあと思いつつも、ゆったり読めた。 | |
独特のユーモア感覚にニヤリとすることも多かったしね。話じたいは沈んでいくようなところがあったんだけど。 | |
まず、これは旅行者案内のような趣になっているのよね。アウグストゥス・ヒルクスという男性が、エントラーラの旅行者に向けて書いた旅行案内本。 | |
エントラーラというのは、町の名前なんだよね。国の名前もエントラーラなのかな。エントラーラ語を話し、エントラーラ人が住んでいるから。場所はたぶん、ヨーロッパのどこか。 | |
気候についてはそれほど触れられていなくて、でも、スペインあたりのような陽射しの強さは感じなかったよね。ドイツがわりあいと近いみたいだし。国王とか、大統領とか総理とか、そういうのも出てこないから、 あそこだなって感じより、「どこか」ってぼやけた感じを残しておきたかったんだなという印象。小さな国であることはたしかだよね。 | |
とにかくエントラーラは歴史のある町で、イギリスあたりでもドイツあたりでもいいけど、いかにもヨーロッパにありそうな、ごく普通の町なのよ。古い建物があるけど、マクドナルドなんかも進出していて、 学校があって、図書館があって、美術館があって、郵便局があって、と普通にあるべきものは普通にあるという。 | |
町の人々も取り立てて普通じゃないところはなかったよね。普通というのはあくまでもボンヤリとしたイメージでの普通なんだけど。で、その特徴のない町で今も語り継がれているのがアルヴァとイルヴァの双子の姉妹。 | |
アウグストゥス・ヒルクスは本のなかで、あ、本のタイトルは「アルヴァとイルヴァ 町を救った双子の姉妹」っていうんだけどね、その本の中で、町の名物のカフェやレストラン、名所などを紹介しつつ、エントラーラ語で書かれた アルヴァという女性の日記を英訳したものを添えているの。というか、アルヴァの日記が中心で、町の紹介が所々に挿入されていると言ったほうがいいかな。 | |
架空の町のカフェやレストラン、なんだかワクワクするよね。名物店主やら、おすすめメニューやらが楽しく、いかにも旅行者向けって感じで書かれていて。 | |
さらにおもしろいのは、文章だけじゃなくて、町の建物やアルヴァとイルヴァらしき女性の塑像の写真がたくさん載っているところだよね。これはエドワード・ケアリー自身が作ったものみたい。 | |
エドワード・ケアリーは作家であるとともに、イラストレーターでもあり、劇作家でもあり、彫塑家でもあるそうだから、その才能をうまく生かしたってわけね。 | |
写真があることで、知らない町エントラーラはより身近に感じるし、町の写真そのものじゃなくて、塑像らしきものってことで想像の入りこむ余地も残ってるしで、本当に楽しいよね。この塑像らしきものってのがなんなのか、最後まで読めばわかるんだけど。 | |
アルヴァとイルヴァは郵便局長の祖父を持ち、郵便局員の両親から産まれた双子の姉妹で、子供の頃から粘土細工に熱中しているのよね。その後も粘土細工は二人の大切なライフワークに。いや、それ以上か。 | |
両親のなれそめからその後、アルヴァとイルヴァが成長していく過程、その過程で出会う人々。なんともユーモラスで、しかもどこか残酷みがあって悲しくもあり、ぐいぐい引き込まれたね。 | |
アルヴァとイルヴァは光と影、陽と陰のような双子だった。アルヴァは外向的で、イルヴァは内向的。双子が出てくる小説というと、どうしても読む前に身構えてしまうんだけど、これは読みだしたらさほど意識しなくなったかな、なんというのか、私たちとはまったく種類が違うというか(笑)、そんな感じで。 | |
そうね。まあ、双子というとどうしてもこういうふうに書きたがるものなのよねとかなんとか、いろいろ言いたくならなくもないけど、それは言ってもしょうがないし、小説としては良いから、よけいなことは言わなくても良いってことで(笑) | |
ちなみにアルヴァとイルヴァは最終的には身長186センチに達するという大型の双子なのよね。あとそうそう、うっかり見過ごしていた装画にある二人の不思議な特徴が話の中に出てきて、これは発見の喜びがあったかな。 | |
町を救うといっても、二人の生き様の延長線上にたまたま町に役立つことがあったということで、偉業を成し遂げるとか、そういうことではないから、あまりそっちを意識するより、エントラーラの町を楽しむとか、二人の不思議な生き様とかを堪能するほうに気持ちを持っていったほうがいいかも。 | |
二人はかなり奇異な行動をとるよね。でも、そのひとつひとつが小説を読んでいくと、不思議と納得できてしまう。これは「望楼館追想」にもあったところだよね。登場人物の異常な行動を小説の力で納得させてしまうという。だから優れた作家さんだなあと文句なしに納得してしまうんだなあ。ということで、オススメです。 | |