=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「望楼館追想」 エドワード・ケアリー (イギリス)
<文芸春秋 文庫本> 【Amazon】
あまりにも古びて、いつ解体されても不思議ではない望楼館は、24世帯が住めるようになっていた。 しかし、実際に住んでいるのは7人だけで、これ以上は増えることもないはずだった。ところが、空室だった 18号室に新たな住人が越してくることになった。世の中に見捨てられ、自分たちだけの生活に慣れきった住人は 動揺する。 | |
短い章の積み重ねで、少しずつ全体像が見えてくる小説でした。 | |
最初は、ひたすら奇妙で奇抜なだけのような登場人物たちの過去や想いが少しずつわかってきて、 だんだんと親近感を増していき、好きになっていくって感じよね。 | |
うん、少しずつ、少しずつ、用心しながら近づいていくって感じだった。 | |
望楼館に住んでいるのは、まず主人公のフランシス・オーム。37歳の青年で、両親と同居してる んだけど、白い手袋をけっして外さなくて、汚れることを極端におそれているの。 | |
もともと望楼館はオーム家の所有する偽涙館という名前の邸宅だったんだよね。 立派な調度品がそろっていて、使用人もたくさんいて。それが落ちぶれて奪い取られて分譲住宅に。でも、まだオーム家は中の一室に 住みついているというわけ。 | |
フランシスは地下の秘密の地下室に、コレクションを隠し持っているの。 人生で関わったさまざまな人が大切にしていた物なんだけど、フランシスはそれを盗んでロット・ナンバーをつけ、説明文をつけて展示してあるの。 | |
展示してあるといっても、フランシス以外の人は存在すら知らないんだけどね。 | |
フランシスの盗みはかなり残酷。だって誰かが大切に、大切にしている物を、あっさりと盗み取って、 返さないんだもん。最初のうちは、その残酷さにちょっとウウッと思っちゃった。 | |
フランシスはまったく動かないっていう街頭パフォーマンスでお金を稼ぎ、両親を養ってるのよね。 | |
その両親ってのが、父親はまったくしゃべらない、母親は寝たきりというから悲惨な状況。 でも、孤独を愛するフランシスには好都合なようにさえ思えてくるのだけど。 | |
あとは、もと教師で、体中の体毛を剃って一日中、汗と涙を流し続けてるピーター・バッグ。この人はもともと、 フランシスの家庭教師であり、フランシスの父親の家庭教師でもあった人なんだけど、なぜか今は、フランシスより弱い立場になっちゃってるのよね。 | |
それから、一日中テレビを見ている、というより、テレビを見ること以外はほとんどなにもしない老嬢のクレア・ヒッグ。 テレビドラマと現実の区別もつかなくなっちゃってるの。 | |
あと、正式な住人じゃないけど、望楼館の20号室に住みついてる《犬女》。これは単なる綽名じゃなくて、 ほんとに犬化しちゃってる女性。言動がまるっきり犬で、かなり凶暴。 | |
それに、だれにも名前を教えないし、会話らしい会話をしようともしない門番。唯一言う言葉は、人を追い払うための「シッ」。 | |
そして、おたがいに必要以上には関わらず、孤独に執着しているみたいな人たちのところに、 新しい住人が現れるのよね。アンナ・タップって名前の女性なんだけど。 | |
30歳前後で、眼鏡のせいで目が大きく見える、あまり綺麗とはいえない女性。 | |
アンナは心の垣根がない人で、閉ざされた人の心をあっさりと開いてしまう女性で、 フランシスは苛々させられちゃうんだけど。 | |
ごく普通の、健全な心の持ち主よね。なぜ?と思ったら、なぜ?と訊く。 | |
彼女の存在が、住人たちの止まっていた時にさざ波を立て、抑圧されていた想いや、 忘れられないから見ないようにしていた過去が浮かび上がってくるの。 | |
読んでるあいだの感想は、最初は嫌悪をおぼえながらも好奇心が勝り、それから凄まじい喪失感に圧倒され、 そのあとでちょっと登場人物たちが可愛くなってきて、最後は意外に爽やかでホッ、って感じかな。 | |
グロテスクで切なくてって、汚らしさやエゲツなさが読み進めるうちに美しいとさえ思えるようになってくるお話だった。 ちょっと「異形の愛」めいた情愛が理解しきれなかったり、主人公の行動への嫌悪感も最後まで拭い去れなかったけど、とにかく読みはじめたら止まらなかった。 | |
最後に、フランシス・オームの996点のコレクションリストが載ってます。このなかの996点めがドキッともさせられるし、 フランシスの心の底を知るための鍵だったりもするんだけど、これは最後まで読んでのお楽しみ。私たち的には、生理的にはダメだったけど、小説としてはよく書けてるなと思ったってところで。 | |