すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「バートン版 千夜一夜物語」 第11巻   <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
世界最大の奇書「千夜一夜物語」を、世界に名高いバートン卿が翻訳した「バートン版 千夜一夜物語」の全訳。大場正史氏の流麗な翻訳文に、古沢岩美画伯の甘美な挿画を付した、文庫本全11巻。
すみ ということでっ、とうとう最後の巻となりました。嬉しいような、淋しいような。
にえ ホント淋しいよねえ。千夜一夜物語の濃厚な世界とも、バートン卿の蘊蓄とも別れがたい。永遠にドップリはまっていたかった〜。
すみ さてさて、千夜一夜物語の完訳版を読み終えると、中のお話のなかでとくに良かったものをチョイスして、自分なりに編集してみたいな〜なんて思っちゃうんじゃないかな。ということで、私たちも私たちなりのセレクト本を編集してみましょうってことで。
にえ まずねえ、入れ子細工のように話のなかに話が入っているという、千夜一夜の手法を楽しんでもらうのに、第1巻の「商人と魔神の物語」と「バグダッドの軽子と三人の女」あたりから始めるのが良いんじゃないかしら。 
すみ じゃあ、その次はちょっとエロティックなものもご堪能いただくということで(笑)、第4巻の「カマル・アル・ザマンの物語」。後半が昼メロちっくだし、話が破綻しかかっていなくもないけど、味わい深くてなかなか楽しめるから。
にえ それなら次は、ガラリと趣を変えて悲劇ものを。第1巻の「三つの林檎の物語」と「ヌル・アル・ディン・アリとその息子バドル・アン・ディン・ハサンの物語」。これは2つでひとつのお話のように続いているんだけど、ロマンティックながらも胸にズキズキくる悲しみに満ちていて、すごく良かったなあ。
すみ それだったら、次は笑えるお話を。まず、第1巻から第2巻にわたっていた「せむし男の物語」、これは過剰な世話焼き床屋にちょっとむかつくけど、滑稽だし、入れ子細工でもあるし。それから、第8巻の「やりて婆のダリラーと兎とりの娘ザイナブが悪戯を行なったこと」、これはテンポも良くて、文句なしにおもしろかった。そしてとどめは、第9巻の「バグダッドの漁師ハリファー」、ものすごい阿呆が出てくるコミカルなお話で楽しいの。
にえ やっぱり第7巻の「船乗りシンドバッドと軽子のシンドバッド」ははずせないよね。けっこう残酷で驚いたりもしたけど、奇想天外でおもしろかった。
すみ 民話的な面白さの詰まった、第6巻の「巨蛇(おろち)の女王」と、指輪の魔神の出てくる、第11巻の「靴直しのマアルフとその女房ファティマー」もはずせないね。こういうのを読みたくて、千夜一夜物語を読むっていうところもあるし。
にえ 欲深い兄二人とやさしく真面目な末弟という典型的なお話もひとつ入れておかないと。第7巻の「ジュダルとその兄」がいいかな。食べ物がどんどん出てくる袋が楽しかったし。
すみ ロマンティックものとしては、ちょっとつぎはぎ感はあったけど、第8巻の「海から生まれたジュルナールとその子のペルシャ王バドル・バシム」と、いくつかあった美女の肖像画を見てそのモデルを探す話のなかで、第9巻の「モハメッド・ビン・サバイク王と商人ハサン」が一番いいかな。
にえ 滅びの美みたいなものがあって魅力的だった、第7巻の「真鍮の都」も入れておこうかな。門にこう書かれてた、とかそういう短い文章のところが哲学的で難しいけど。
すみ だったら、第10巻の「インドのジャリアッド王と宰相シマス」も入れておいたほうがいいんじゃない。どんどん短い話が重なっていく話対決がおもしろいけど、小難しい宗教問答がけっこう辛かった。こういう辛いのもあるってことで(笑)
にえ 戦記物ファンタジーのおもしろさがあった、第2巻と第3巻にまたがる「オマル・ビン・アル・ヌウマン王とふたりの息子シャルルカンとザウ・アル・マカンの物語」も捨てがたいな。これ1話で1冊分の長さだし、最後は駆け足ぎみだったけど。
すみ 1冊独立でOKだったら、教主ハルン・アル・ラシッドと大臣ジャアファルのコンビものは集めて1冊にまとめてほしいな。ひとつだけ選ばなきゃならないなら、第4巻の「いかさま教主」かな。にせ教主現る!ってところが、にせ黄門様現る!っぽくて好き(笑)
にえ なんかもうすでに、文庫本で5、6冊分になってしまった気がするけど(笑)、まあ、とりあえずこんな感じかな。いざ選ぼうとすると、それぞれのお話にそれぞれの良さがあって、どれも外したくなくなっちゃうんだけど。みなさんも、ぜんぶ読んだら、自分ならどんなセレクト本にするか、やってみたら楽しいのでは? ということで、「バートン版千夜一夜物語」全11巻、これにて終了です。ありがとうございました。
「紺屋のアブ・キルと床屋のアブ・シル」 第930夜〜第940夜
アレキサンドリアの町で、紺屋のアブ・キルと床屋のアブ・シルは同じ市場通りに隣どうしで店を並べていた。紺屋のアブ・キルはいかさま師の嘘つきで、前払いの料金も使い込み、客から預かった布まで売り払うような男だった。 ある日、とうとうアレキサンドリアの町にいられなくなった紺屋のアブ・キルは床屋のアブ・シルを誘い、旅に出たが、船のうえで床屋として忙しく働くアブ・シルと違い、紺屋のアブ・キルは寝ころんで、アブ・シルがもらってきたパンを食べるだけだった。
すみ これは、悪い奴が姑息に立ちふるまって得をして、善人が酷いめに遭わされつづけるけど、最後には、って典型的なお話。でも、話はわりと他のとかぶってなくて、おもしろかった。
にえ これまでにも出てきたけど、商人が王様のところへ行って、これこれこういう商売を新しく始めたいんですけど、と申し出ると、王様がいい商売だと思えば、資金を与えて店を出させるって、アラビア社会独特のもの? ホントに商売にたいする意欲の強さには驚くよね。
「漁師のアブズラーと人魚のアブズラー」 第940夜〜第946夜
女房と10人の子供を食べさせるため、漁師のアブズラーは毎日、網をかついで海へ出かけたが、魚はさっぱり獲れなかった。それでも、帰りに前を通るとパン屋の主人は、明日魚を持ってきてくれればいいからと、パンとお金を渡してくれる。 それが40日も続くと、アブズラーはいよいよ辛くなってきた。そんなとき、とうとうアブズラーの網にかかったのは、魚ではなく、なんと人魚だった。人魚は男で、名前を同じアブズラーと言った。人魚のアブズラーは漁師のアブズラーに、これからは、 陸の果物と海の宝石を交換しようと申し出た。
すみ これは人魚と知り合ったおかげで、貧乏人が大金持ちになる話。人魚が私たちの知ってる人魚と微妙に違うんだけどね。
にえ お尻のところから魚の下半身がついていて、手足は普通にあって、人間よりも前のほうについているんだよね。半魚人っていうほうがイメージ的に近いかも。海の下にはちゃんと、彼らの社会があって、普通に暮らしていたしね。
「ハルン・アル・ラシッド教主とオマンの商人アブ・ハサンの話」 第946夜〜第952夜
眠れないハルン・アル・ラシッド教主は、大臣ジャアファルを呼び出して、どうすればいいか訊ねた。ジャアファルはチグリス川を下って、カルン・アル・シラットというところへ行くことを提案した。 商人に変装した教主がお供を引き連れて船に乗ると、やがて美しい乙女の歌声に誘われるまま、ある商人の豪華な屋敷に招き入れられた。何も知らないまま、親切にもてなしてくれる若い主人だったが、なぜかその顔は青ざめていた。わけを訊いたところ、身の上話をはじめた。 それによると、父親が亡くなったあと、一千万ディナールの金を持ってバグダッドに行った若者は、一人の遊女に心から惚れこんでしまい、財産をすべて使いこんでしまった。しかし、運よく昔父に親切にしてもらったという商人に出会い、たくさんの宝石を与えてもらった。その宝石のなかには、呪文のような細かい文字が刻まれた赤い石が含まれていたのだが・・・。
すみ なぜだか千夜一夜物語の世界では、親の遺した財産を使い果たしてしまうしか能のないヘナチョコバカは、色白の美男子ってだけでみんなに助けられ、最後には幸せになるのよね。
にえ そういえば、ヘナチョコな女は一回も出てきてないよね。女は勇ましかったり、忍耐強かったり、男顔負けの教養があったり、悪知恵があったり。弱々しい、守ってあげたいタイプはダメみたい(笑) 西洋のお話って現代人が読むと、女性がナヨナヨしていてウンザリってところがあるんだけど、千夜一夜物語の女性たちはぐっと現代的で、今読んでも違和感がないんだよね。男の弱さも?(笑)
「イブラヒムとジャミラー」 第952夜〜第959夜
エジプトの大臣アル・ハシブの息子イブラヒムは、眉目端麗な若人だったので、父親は金曜日の祈祷に行かせるほかは、どこにも外出させなかった。ある日、イブラヒムは祈祷の帰りに書物をたくさん持った老人に出会った。その書物の中のひとつには、世界中探してもこれほどの美女はおるまいというほど美しい女の似姿が描かれていた。 すっかり心を奪われたイブラヒムは、その絵を描いたバグダッドの画家のもとを訪ねた。すると、その美女は画家の従妹で、名前は美人という意味を持つジャミラー、男嫌いの女傑として知られていることがわかった。イブラヒムはせむしの仕立屋の知恵を借り、なんとかジャミラーに近づくことができたのだが。
すみ 花園に忍び込み、男嫌いのお姫様に近づく、という話は3回めだっけ。でも、これはその後の話に意外な展開があったりして、おお!と思った。
にえ 前にあった2つの話と違って、お説教臭さがないところがいいよね。あと、金銭目当てなのか、親切なのか、いまひとつわからない、やり手婆の仲介がないぶん、こざっぱりしてたし。
「ホラサンのアブ・アル・ハサン」 第959夜〜第963夜
ある日、アル・ムタジッド・ビラー教主はイブン・ハムズンを伴って御殿を出た。身分を隠してそぞろ歩くうち、立派な屋敷に招かれ、丁重なもてなしを受けた。ところが、教主は喜ぼうとせず、浮かぬ顔をしている。 じつは、その屋敷にある衣装にはすべて、教主の祖父の名前がついていたのだ。問われて主人が話したところによると、若い頃、両替屋にいたところに、絶世の佳人が訪ねてきた。頼まれるままに金を貸したが、返すこともなく、 また借りに来た。それでも、妖艶な女の容姿にすっかり惚れこんでいたので怒ることもなく、思いは募るばかりだった。やがて、その女が教主の寵愛する妾であることを知ったが、それでも諦めることはできなかった。
すみ これも、惚れた女に会おうと教主の御殿に忍びこむが、間違って違う女の部屋に入り、助けてもらうことになるという、前に何度かあったようなお話。
にえ でも、こざっぱりまとまっているし、後述談みたいなところがちょっと興味深かったりもするから、これはこれでおもしろかったよね。
「カマル・アル・ザマンと宝石商の妻」 第963夜〜第978夜
アブド・アル・ラーマンという大商人には息子と娘がいたが、どちらも大変な器量よしだったので、父親は14年のあいだ、館に閉じこめて外に出さなかった。心配した母親は、息子を閉じこめていないで、市場に連れて行ってくれと頼んだ。 ところが実際に連れて行ってみると、息子カマル・アル・ザマンのあまりの美しさに、人がどんどん集まってきてしまった。なかでも見知らぬ道士は熱心で、顔をながめて泣き出す始末。あげくに家までついてきて、泊めてくれと言いだした。息子に言い寄ってきたら、 殺してやろうと身構えていたが、どうやらそういうことではないらしい。じつはバッソラーの都で見かけた、誰もいなくなった町を、お供を連れて練り歩く謎の美女と瓜二つだったから、カマル・アル・ザマンに見とれていたのだ。
すみ これは、ホントにとんでもなく悪くて知恵のまわる奸婦のお話。典型的な悪女だったよね、おもしろかった。
にえ よくよく考えると、ちょっとかわいそうな気もするけどねえ。それにしても、この話の主人公も老婆に助けてもらって言われたとおりにするだけ、奸婦の言いなりになって悪事に荷担する、あげくに父親に助けてもらう、というヘナチョコ男(笑)
「アブズラー・ビン・ファジルとその兄弟」 第978夜〜第989夜
ある日、ハルン・アル・ラシッド教主が調べてみると、バッソラーからの貢ぎ物だけが届いていなかった。盃相手で詩人のアブ・イサアク・アル・マウシリを使者に立て、催促に行かせたところ、貢ぎ物の準備はできていて、問題はなかった。しかし、 アブ・イサアクが夜、寝ずに詩作に励んでいたところ、バッソラーの総督アブズラーがおかしな行動をしていることに気づいた。夜中に飼い犬二匹を鞭打ち、そのうえで、やさしく世話を焼いていたのだ。アブズラーが教主に呼び出されてこたえたところによると、じつは犬二匹とは、 アブズラーの二人の兄が弟アブズラーに働いた悪事のため、魔神に変えられた姿だった。
すみ やさしくてまじめ、財産はかならず兄二人と三等分に分ける末弟と、怠け者で嫉妬深く、すぐに弟を裏切る兄二人という、これも3回めぐらいのお話。
にえ でも、きれいにまとまってたよね。これ単独で読めば、「千夜一夜物語」のなかでも完成度の高いお話と言えると思う。
「靴直しのマアルフとその女房ファティマー」 第989夜〜第1001夜
カイロの町で靴直しを生業とするマアルフの女房ファティマーはとんでもない女だった。夫をなじる、わがままで次々に無理なことを要求してくる、暴力をふるう、挙げ句の果てに夫を役所に訴えるようになってしまった。 たまらず逃げ出したマアルフは、逃げ込んだ寺で運よく魔神に助けられ、遠くイフティヤン・アル・ハタンの都に連れて行ってもらえた。そこでさらに運の良いことに、幼なじみのアリに出会い、お金持ちの振りさえしていれば、みんな親切にしてくれると教えてくれた。 ところが図に乗ったマアルフは、親切で貸してもらった金をどんどん貧乏人たちに配ってしまい、多額の借金を抱え込んでしまった。
すみ これは指輪の魔神が出てくる、最後にふさわしい、楽しいお話。
にえ 奥さんのファティマーは凄いね、夫を殴って歯まで折っちゃうんだから(笑) こういう嘘をついても帳尻が合っちゃうっていう鷹揚さが、西洋物よりおもしろいところなんだよね〜。
結び
千一夜め、最後の話を終えたシャーラザッドはシャーリヤル王の前に、二人のあいだに生まれた三人の息子を連れてこさせ、まだ自分を殺すつもりなのかと訊いた。
すみ いよいよ大団円。シャーリヤル王が妻を次々と殺す発端となった事件の目撃者でもある、王の弟も久々に登場して、きれいにまとまりました。
にえ それにしてもさあ、もうとっくにシャーラザッドを殺すつもりはなくなっていたと王は言うけど、その直前の話で、この話を聞き終わるまで、この女を殺すまい、とか呟いているのよ。おかしい。やっぱりここは、第3巻のお説教話のたたみかけのところで、改心していたととるべきかな。
バートン小伝
バートンの生涯を簡潔にまとめたもの。
すみ まさに波瀾万丈の人生だったのね。未開の地の探検家だった時の話は、とくに驚き。
にえ けっきょく、バートン卿は普通のキリスト教の家に生まれ、成人してからイスラム教に改宗し、晩年になると、今度はモルモン教徒になったってことよね。凄い遍歴。しかも、モルモン教徒と思われる奥さんは、バートンの死後、その遺体をミイラにして、イギリスのアラビア式墳墓に埋葬したみたい。千夜一夜物語と同じぐらい、バートン卿の生涯も複雑だったようです。
  
 「バートン版 千夜一夜物語」 第1巻へ