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 「エンベディング」 イアン・ワトスン (イギリス)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
イギリスで、言語学者のクリス・ソールは特殊な研究に携わっていた。地上階では脳障害に苦しむ子供たちの治療を行っているハッドン神経治療ユニットの地下で、 インドパキスタン難民の子供4人を外界から遮断し、レーモン・ルーセルが詩「新アフリカの印象」で用いた特殊な、一般的認識で言えば奇妙奇天烈な言語構造を学ばせているのだ。 ブラジルで、クリスの旧友であるフランス人社会人類学者のピエール・ダリアンは、キノコによるトランス状態でのみゼマホアB語という謎の原語を使うゼマホア族について調査を進めていた。
すみ 私たちにとっては、初めてのSF作家イアン・ワトスンです。これがデビュー作にあたるそうな。
にえ イアン・ワトスンってだれだっけな〜と思っていたんだけど、調べてわかった、「川の書」「星の書」「存在の書」の人だ。読んだことないんだけど、あれはファンタジーだとばかり思いこんでいたら、創元SF文庫だった。 SFだったのね。それとも、ファンタジーに限りなく近いSF?
すみ それはともかく、この「エンベディング」はバリバリSFだったね。でもなんとなく、この本を読むと、この方がファンタジーっぽいのも書くっていうのもわかるような。
にえ なんとも不思議な感触のSFだったよね。
すみ 私は読む前、私たちレベルでは理解できないぐらい難しいんじゃないかとビビってたんだけど、それは大丈夫だったよね。いちおう理解しながら読めた。ただ、内容を理解しても、だからなんだってところでは、かなり「?」が飛びまわっちゃうかも(笑)
にえ ちょっとピーター・ディキンスンのSFに似てる気もしたよね。イギリス人的な偏屈さを感じちゃうと言うか。でも、ピーター・ディキンスンは主張したいことがガンガン伝わってくる感じで、こっちはわからなかったから、よけい混乱しちゃったかも。
すみ 私は主張というよりね、この人の道徳心というか、正義感いうか、そういうものがどこにあるのか掴みづらくて、ちょっと悩んじゃったの。でも、おもしろいといえばおもしろかった、かな(笑)
にえ イギリスとブラジル、この2つの場所での話が、最初のうちは交互に語られ、並行して進んでいくのよね。いつかは結びつくんだろうなと思いつつ、どう結びつくのか最初のうちはわからない。
すみ 共通するのは言語の研究だから、そこがキーなんだろうなとは思うけどね。
にえ まずイギリス。クリス・ソールというイギリス人の言語学者がインドパキスタン難民の子供4人を使って、言語の研究をしているの。
すみ クリスには奥さんのアイリーン、3才の息子ピーターという家族があるけど、アイリーンはクリスの旧友ピエールと4年前に浮気をしたっぽくて、ピーターはピエールにそっくりで、ってことで、 クリスにとっては冷え切った家庭なのよね。
にえ 実験に使われているインドパキスタン難民の子供は男の子2人、女の子2人。クリスは4人のなかでもとくに、ヴィドヤという少年に愛情めいたものを感じているみたい。
すみ 外界から遮断して狭いところに閉じこめて、裸で暮らさせて、地球上の他のどの人類ともコミュニケーションがとれないような言語だけを学ばせることに疑問を感じないレベルでの愛情だけどね。
にえ その言語っていうのが驚いたよね。レーモン・ルーセルの詩「新アフリカの印象」だって。私たちが読んだ小説「アフリカの印象」とは別物だよ。
すみ それについての説明は小説のなかでされているんだけど、とにかく構文が正しいようで普通は通じない、理解できない、邦訳も不可能な、レーモン・ルーセルのオリジナル言語体系とでも言いたくなるような、不思議な詩みたい。
にえ それを赤ちゃんが生まれて、母親から、取り巻く環境から自然に言語を学んでいくように、学ばせてみようって研究なんだよね。
すみ ブラジルでは、そのクリスの旧友のピエールが、ゼマホア族の特殊な言語の秘密を知ろうとしているところ。ゼマホア族は部族内での結婚が常識の近親相姦が延々と行われている部族で、いろいろ変わった風習、しきたりがあるんだよね。
にえ 笑いに2種類あるとか、妊娠したらこうしろとか、いろいろややこしくも興味深いよね。特殊な環境に置かれた子供が出るところと、こういう特殊な部族が出てくるところから、ピーター・ディキンスンを連想しはじめちゃったのかな、私は。
すみ 私たちにとっては未知のキノコを使ってトランス状態に陥り、そこでふだん使っているゼマホア語とはまた別の言語を使って、ゼマホア神話というのが語り継がれているらしいんだけど、 石のなかに蛇が入って脳になったとか、そんな独創的な創世神話があるみたいね。ピエールはその秘密の言語を知ろうとしているみたい。どんどんのめりこんでいっちゃってるけど。
にえ んで、クリスのもとにはアメリカ国家安全保障機関のトマス・R・ズウィングラーってのがやって来て、突然、地球にやってきた異星人と接触する者の一人に選ばれ、その異星人がビックリするようなことを要求してくるし、 ピエールのほうでは、うまくゼマホア族の長老ブルショと接触する橋渡しをしてくれそうな青年カヤピと親しくなりつつも、テロリストと遭遇したりして大変そうなことに。
すみ 異星人の要求にもビックリだけど、それにたいする対応にはもっとビックリだよね。人類が人類を尊重してないよ〜っ(笑)
にえ まあ、それらについては最終的に肯定されてはいなかったじゃないの。むしろ、そういう違和感を持ちつつ読むことが大事? とにかくもう2、3冊は読まないとこの作家さんは理解できないかなってところはあるけど、これはこれでおもしろかったということで。