すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アフリカの印象」 レーモン・ルーセル (フランス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
6月25日、アフリカのポニュケレ国の皇帝にしてドレルシュカフ国の王タルー七世の聖別式が今まさに 行われようとしていた。首都エジュルの中心にある広大な戦利品広場では、3人の囚人が怖ろしい処罰をうけ て命をなくし、中央に組まれた美しい舞台では、《無比クラブ》のメンバーたちが数々の驚くべき見世物で、 観客たちを魅了していた。
にえ レーモン・ルーセルは1877年生まれ、ジッドやモンテスキュー、 ジャン・コクトーといった超のつく著名人たちから高い評価を受けながらも、一般的にはまったく受け入れられず、 本はすべて自費出版、しかもほとんど売れもせず、56歳で失意のなか、自殺してしまったという人です。
すみ でも、死後になって評価が高まって、本は出版されるし、研究書は 次々に出るし、ようするに早すぎた人なのよね。
にえ そうなのよ、早すぎたとしか言えない。だって、この本は今、私たち が読むとメチャメチャおもしろい小説なの。こんなにおもしろい小説が売れなかったなんて信じられない。
すみ ちょっと昔の小説を紹介するとき、古さをまったく感じさせないって 表現を今まで何度か使ってきたけど、この本は、古さがどうのじゃなくて、まったくもって新しいのよね。 ものすごく新鮮だった。
にえ それにね、素晴らしいとか、名作だって褒め方が定番だけど、この本の場合は、 それ以前にまず、おもしろいっ。
すみ まず構成がおもしろいのよね。ちょうど真ん中あたりで、まっぷたつに分かれてるの。 前半分で見せるだけ見せといて、うしろ半分で謎あかしってかんじなの。
にえ 前半分では、なんじゃ、この国は?!って印象だった。国王は金髪かつらをかぶって、 ブルーのドレスを着た女装姿で現れるし、唐突に囚人が引っぱられてきて、ユニークだけど残酷な処刑をされちゃうし。
すみ なんといっても見世物が圧巻! 煙でつくった彫刻とか、不思議な音を放ち、 音楽を奏でる発明品とか、人の姿が現れる花火とか、目も眩むような美しさなの。
にえ 映像を映しだす葦とか、得体の知れないニュルニュルした生き物の芸 とか、新説「ロミオとジュリエット」の芝居では、なんと赤く燃える炭火を少女が首にかけても平気だった りするし、とにかく摩訶不思議な見世物ばかりなのよね。
すみ とにかく、そういう見世物が、次から次へとどんどん出てきて、読んでるほうと しては想像力をフル回転させなきゃいけないの。
にえ 文章を読むというより、文章から、視覚、聴覚、嗅覚へ刺激が走るって感じだよね。 頭のなかでは見たこともないような絵が浮かび、音が聴こえ、さまざまな匂いが漂ってくる。
すみ 単なる描写とはまったく別ものだよね。まったく無の状態から、文字 で、見たこともないような機械をつくりだし、聴いたことのないような音をつくだし、ありえないような映像を つくりだしていくの。
にえ これって、スティーヴン・ミルハウザーの短編小説を読む感触とかなり近かったよね。 しかも、からくり機械とか出てくるところまで似てるし、ミルハウザーが読んで、かなり影響を受けてるとみて間違いない んじゃないかなあ。
すみ で、うしろの半分では、なぜ囚人たちが惨い処刑をされたのかとか、 不思議な見世物を繰り広げた《無比クラブ》のメンバーたちが何者かとか、どうしてこういう見世物を 完成させたのかとか、そういうすべてがひとつずつ説明されていくの。
にえ でも、これがまた説明なんてレベルのものじゃないのよね。一つ一つ に妖しげながら美しい物語があり、一人一人に数奇な運命があり、アフリカ版「千夜一夜物語」って感じ じゃなかった?
すみ 主人に隠れて密会をして、手を取り合って逃げる美貌の愛妾と詩人の話とか、 王を裏切る妃の話とか、不幸な少女がシャーマン的な魔法使いに救われる話とかね。
にえ 前半読んでる時点では、摩訶不思議な生き物だの、機械だのと考え出 して、まあなんと楽しんでらっしゃるんでしょうと思ってたけど、実は実は、ひとつずつにちゃんとそれに いたるまでの物語がついていたのよね。
すみ うしろ半分を読んでいくと、前半分の不思議な出来事や 出し物のからくりなどが全部わかるようになってるから、うしろを少し読んではまた前を読んで、そういうこと だったのか〜とたっぷり楽しめた。
にえ とにかくそういう魅力たっぷりな物語がたっくさん詰め込まれてて、 それがつながっていって、ひとつの小説となっていくの。
すみ 細部がとにかく刺激的で美しく、これはもう破綻しかけて終っ てもしょうがないか、それでも充分おもしろいよ、と思って読んでたら、まあみごとにまとまった小説だったね。 スゴイ。
にえ 読みはじめの印象から考えると、まさかこの小説で、納得して読み終え られるとは思わなかったよね。
すみ 読み終わったとたんに、もう一度読みかえしたくなるよね。すべてが わかったうえでもう一度、濃厚な世界観を堪能したくなる。
にえ まあ、なんと言いましょうか、文学的にどうだとか語る以前に、 とにもかくにも、素晴らしくおもしろい小説でした。お試しあれ!