すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「バートン版 千夜一夜物語」 第10巻   <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
世界最大の奇書「千夜一夜物語」を、世界に名高いバートン卿が翻訳した「バートン版 千夜一夜物語」の全訳。大場正史氏の流麗な翻訳文に、古沢岩美画伯の甘美な挿画を付した、文庫本全11巻。
すみ さてさて、「千夜一夜物語」「アラビアン・ナイト」などなどと呼ばれている、この長い長い物語ですが、邦訳で短くしたものじゃなく、ちゃんと長いままのを読みたいと思ったら、 代表的なのは、この英語からの翻訳のバートン版、フランス語からの翻訳のマルドリュス版、それに、アラビア語の原典からの直訳版の3つってことになるのかな。
にえ とりあえず、マルドリュス版と直訳版も、ちょこちょこっと軽く目を通してみたけど、マルドリュス版は、バートン版のエロティックさが苦手な方は、ぐっと上品だから、オススメかもしれない。直訳版は、バートンさんやマルドリュスさんが噛み砕いたものを翻訳したのと違って直だけに少し読みづらいってな噂も聞いていたんだけど、ちょっと読んだかぎりでは、たしかにとっつきづらさはあるけど、読んでいれば慣れそうだし、独特の雰囲気があって素敵だった。
すみ あと、こういう前編を通して読む完訳版と、いくつかをチョイスした抄訳版があるけど、これについては、ぜったい完訳版を読むべきだってこともないかなと思ったんだけど。
にえ うん、完訳版を読んでみてわかったけど、かなり同じような話、別の話のなかの同じような逸話、とダブるものが多いから、チョイスして何作かだけにしたくなるのも当たり前だし、そうやって短くしたものを楽しむのも、それはそれで良いんじゃないかなと思った。
すみ そうだよね。ただ、抄訳版をひととおり調べてみたんだけど、選んだ人の好みでチョイスされているから、そのチョイスと、読む人の好みがピタッと合うかどうか、そのへんが難しいかなって気はした。好みが近いなと前からわかっている翻訳者さんがいて、その人の抄訳版があれば、一番良いけど、なかなかそうとも限らないし。
にえ あとさあ、チョイスするのはいいんだけど、ひとつひとつの物語の中身を削って短くしちゃうのはどうかなと思ったんだけど。たしかに削りたくなるのよ、これが。イスラム教の教えがしつこいと思うところがあったり、たとえば花園で宴会をしているだけの場面を、こんなに長々と書かなくていいだろうと思うところがあったりとか、そういう削りたくなる箇所、満載なの。ただね、これは口承文学で、そういう、なんというのかな、ダラダラ、ウネウネとしたところも味になってるのよ、そういうのを省くと、もう千夜一夜物語ではなくなるんじゃないかな〜という気がした。
すみ また別物として楽しむ、というか、口承文学を文字の文学に変換して、新しい形のものをつくる、という意味ではアリかもよ。読む方が、別物だとわかってて読むならね。
にえ あと、参考書的な本もたくさんあるよ。最近のだと、「アラビアンナイト博物館」とか、「図説アラビアンナイト」なんて楽しいものとか、かなり古い本で絶版だけど、このバートン版の翻訳者、大場正史さんの「あらびあんないと事典」とか。
すみ 時代的な背景を本格的に学びたくなったら、「アルファフリー」みたいな本も参考書になってくるかな。私は研究書的なものより、こういうのをこの先、読みたいなと思っているんだけど。研究書はいっぱいいっぱいあるけど、有名どころでは「アラビアン・ナイトメア」の作者でもあるロバート・アーウィンの「必携アラビアン・ナイト」あたりかな。
にえ それは私、ちょっと苦手だった。冒頭に、バートン版のダラダラ長ったらしい訳にはウンザリさせられる、みたいなことが書いてあったけど、どうやらそっちが合っているらしき私には、ロバート・アーウィンの研究書が、菌も育って豊かな土壌に、消毒液を撒き散らしながら突き進んでいるような印象。ただ、ダメだと思って途中から飛ばし読みしてしまったけど、たしかにキッチリ研究しているなとは思ったから、自分もキッチリ研究したい方は、読んだほうがいい本かも。あと、絶版になっているような古いものもいくつか目を通したけど、どれもそれぞれにキッチリしてらした(笑)
すみ じゃあ、次回のラストに向け、今回は研究書的な締めを。バートン卿の時代には、千夜一夜物語をぜんぶ読もうとした者は、かならず途中で死んでしまうと信じられていたそうです。ひぇ〜っ(笑)
「マスルールとザイン・アル・マワシフ」 第845夜〜第863夜
当代きってのやさ男で、大素封家の薬物商マスルールはある日、不思議な夢に導かれるようにして、美しいユダヤ人の妻ザイン・アル・マワシフに出会った。マスルールは、ザイン・アル・マワシフの艶麗な姿にすっかり心を奪われてしまった。 主人であるユダヤ人が商旅に出ている間、かたく身を守ろうとするザイン・アル・マワシフを、マスルールは手を尽くしてくどき、とうとう二人は愛し合う仲となった。そこへユダヤ人の夫が帰宅してしまい、なんとか添い遂げようとする二人は、夫を奸計に陥らせようとするが、 先に気づいた夫は、ザイン・アル・マワシフを連れて旅立ってしまった。
にえ これは、夫の隙を見て不倫をする妻と間男が、なぜだか美化されていて、寝取られ夫は悪役にされ、酷い目に遭わされるという納得のいかない話だった。
すみ まあ、道徳よりも愛が大事ってことじゃないの。あと、最終的にはザイン・アル・マワシフの美貌のために、みんな味方するしかなくなってしまうというところから、道徳よりも美貌が強いってことにもなるかな(笑) ハッピーエンドに首を傾げてしまうお話だったね。
にえ ただ、話はまとまっているし、オリジナリティーはあったし、肌着に詩が書いてあったり、器の底に詩が書いてあったりって、そういう詩の効果のおもしろさ、優雅さはあった。だから、納得いかない良くできたお話ってことで(笑)
「アリ・ヌル・アル・ディンと帯作りのミリアム姫」 第863夜〜第894夜
カイロの町の大商人の息子アリ・ヌル・アル・ディンは、悪友に飲まされた酒のため、あやまって父に深手を負わせてしまった。ただでは済まされぬと知ったアリ・ヌル・アル・ディンは、ロゼッタの町に逃れた。そこで昔、父の世話になったという薬種商の老人に助けられ、どうにか暮らしていると、一で美しい女奴隷が売られていた。 実はこの乙女はフランスの王女で、さらわれて売られる身となっていたのだった。ただ、持ち主は乙女に手厚い看病をしてもらった恩があったので、売る相手は乙女が気に入った人のみと決めていた。乙女は見目麗しい青年アリ・ヌル・アル・ディンを選んだ。
すみ これは、若く美しい青年と乙女が、身分を超え、苦難を乗り越え、結ばれるまでのお話。というと、これまで何度も出てきた話の繰り返しかなと思っちゃうけど、意外とエピソードの数々には新鮮なものが多かった。
にえ でもさあ、ミリアム姫が酷すぎたよね。嘘はつく、人はバズバス斬り殺す、もう相手が善人でも悪人でも、我が道を進むためにはやり邦題。
すみ アリ・ヌル・アル・ディンが、見た目がいいだけのヘナチョコ男だったからね〜。それにしても、たしかにミリアム姫は勇ましいを通り越していた。ちょっと引いちゃったかな(笑)
「上エジプトの男とフランク人の妻」 第894夜〜第896夜
上エジプトに住む男は、肌の黒い年寄りだったが、子供たちはみな雪のように白い肌だった。驚いた客が訊ねてみると、男はフランク人の妻とのなりそめを話しだした。それによると、育てた亜麻を高く売ろうと、アクレの町まで行ってみた男は、そこで老婆を連れた美しいフランク人の婦人を見かけた。婦人に想いを寄せた男は、老婆に仲を取り持ってしまったが、いざ二人きりになると、どうしても手を出すことができなかった。
にえ これもまた、男と女が結ばれるという定番のお話ではあるけれど、背景やらエピソードやらが、今までにちょっとなかったお話で、なかなか新鮮だった。
すみ アクレという町が舞台になるけど、そこがサラディンに占領されていたりとか、エジプト人の出入りが自由にできていたのが、できなくなったとか、自国民の奴隷の返還を求めてきたとかっていう歴史的背景と、それに翻弄された男女という設定が興味深かったよね。
「落ちぶれたバグダッドの男と奴隷女」 第896夜〜第899夜
バグダッドに父親からの莫大な遺産を継いだ若者が住んでいたが、この若者は一人の奴隷女に惚れこんで血道を上げ、湯水のように金を使って財産を使い果たしてしまった。とうとうその女奴隷を売るしかなくなった男は、泣く泣く別れを告げたが、どうにもあきらめがつかなかった。 おまけに、女奴隷を売った金をうっかり盗まれてしまった。
にえ これはまあ、前にもいくつかあった、出来た女奴隷と、親の遺産を贅沢に使いまくったダメ男の恋物語。
すみ でも、最後のほうの展開が目新しかったよね。え、そんなに簡単に離婚できるものなの、と驚いたりして(笑)
「インドのジャリアッド王と宰相シマス」 第899夜〜第930夜
インドのジャリアッド王は民草を愛する、公明正大な王であったが、70人の大臣の総帥には、まだ22才のシマスという男を据えていた。シマスは若輩ながらも、人品ともに優れて頭脳は明晰、手腕は老巧、まさに大王ジャリアッドにふさわしい宰相であった。 ある夜、ジャリアッド王は不思議な夢を見て目を醒ました。さっそくシマスを呼びつけて、夢を読み解かせると、シマスは王にようやく子宝が恵まれるお告げにほかならないと教えた。喜ぶ王だが、その夢には悪い相も出ていた。
<二十日鼠と猫>
シマスが夢の悪い予言についてどうしても話したがらないので、王が夢占い師を呼んで読み解かせたところ、夢占い師は二十日鼠と猫の話をして、いずれやってくる禍いを説明した。それによると、ある日、腹を空かせた猫が二十日鼠のいる穴を見つけ、なんとか穴に入れてもらおうと、哀れみを請うた。そこで二十日鼠は・・・。
<托鉢僧とバターの甕>
側室の懐妊を喜んだ王を戒め、シマスが語ったところによると、ある町の托鉢僧が、ある名士に毎日与えてもらうバターを食べずに甕に溜め、これを売って将来は安楽な暮らしをしようと想像していたところ・・・。
<魚と蟹>
ぶじの出産を祝うため、王のもとに集った7人の大臣のうち、まずシマスが語ったところによると、ある池が干上がり始めて不安になった魚たちが、その池の長である蟹のところへ相談に行ったところ・・・。
<鴉と大蛇>
二番めの大臣が語ったところによると、むかし鴉の夫婦が樹の上に住んでいたが、その樹に大蛇が居座って、雛をかえせず困っていた。それでも鴉は自分たちを守ってくれるアラーに感謝を捧げたところ・・・。
<野生の驢馬と豺>
三番めの大臣が語ったところによると、ある豺(やまいぬ)が餌を探して歩きまわっていたところ、別の豺に出会い、野生の驢馬を食べた話を聞かされた。すっかり羨ましくなった豺は驢馬の心臓を食べることを願って歩きまわっていたが・・・。
<非道な王と巡礼の王子>
四番めの大臣が語ったところによると、モーリタニアの国に、過度の課税をして民を苦しめる非道な王がいた。この王がようやく子宝に恵まれたところ、王子は信仰心厚く、俗世を捨てて、巡礼に出た。王子が巡礼から自国に戻ったところ、たった二枚持っているだけの寛衣(ゆるぎ)の新しい方を剥ぎ取られ、怒って父である王のもとに直訴に行ったところ・・・。
<鴉と鷹>
五番めの大臣が語ったところによると、王を亡くした鴉たちは、一番空高く舞い上がったものを次の王に決めようとした。ところが鴉たちより上にいたのが鷹で、鴉たちはその鷹を王にした。鷹の王は家臣たちを連れ、どこかへ出掛けると・・・。
<蛇使いとその女房>
六番めの大臣が語ったところによると、むかし三匹の蛇に芸をさせるのを生業としている男がいたが、男は家族にはこの仕事を秘密にし、蛇の入った籠のなかを見せようとしなかった。どうしても中が知りたい女房は、あの手この手で籠の中身を知ろうとしたが・・・。
<蜘蛛と風>
七番めの大臣が語ったところによると、あるとき、高い門の上に巣をかけ、アラーに感謝しながら暮らす蜘蛛がいた。そのうち、創造主はふと、この蜘蛛の感謝と忍耐のほどを試したくなり、東風を吹かせて、蜘蛛を大海原に投げ込んでみた。すると蜘蛛は・・・。
<ふたりの王>
12才から学者たちに取り囲まれて暮らしたウィルド・ハン王子は13才となり、学問に秀で、あらゆる知識を身につけた。王子がたしかに立派な成長を遂げたことをたしかめるため、シマスが問うたことにたいして王子は、ふたりの王の話を譬えとして出した。それによると、むかし善王と悪王がいたが、善王が商人を遣いに出し、悪王の領土にある宝石の数々を買ってこさせようとしたところ・・・。
<盲とちんば>
また、王子はシマスにこのような話もした。盲とちんばの仲良しが、ともに喜捨を乞いながら旅していたところ、情け深い主人が、自分の美しい園を二人の宿として貸し与えた。ところが二人はその園の果実をたっぷり食べたくなって、どうすればいいか庭番に相談したところ・・・。
<愚かな漁師>
亡き王の跡を継いだのち、すっかり色事に夢中になり、謁見さえしなくなってしまった若き新王ウィルド・ハンに、シマスが教え諭すため話したところによると、ある漁師がいつもどおり川に魚を捕りにいったところ、一匹の大きな魚を見つけてこれに飛びついたが・・・。
<少年と泥棒>
シマスの忠言などに耳を貸す必要はないとウィルド・ハン王に訴えた愛妾の一人が話したところによると、7人の盗人に出会った孤児の少年は、誘われて仲間になった。7人は少年を胡桃の木に登らせ、木を揺さぶって胡桃を落とすよう命じた。あとで分け前をもらう約束をして、少年が木に登ったところ・・・。
<亭主と女房>
王を愛妾たちとの色事から目覚めさせるため、シマスが話したところによると、むかし、あるところに仲のいい夫婦がいたが、夫は美しい花園を持っていて、妻がどうしてもその花園に行きたいというので連れていったところ、妻は花園で男と女の一儀を交わしたいと言いだした。それを二人が夫婦と知らずに見ている者たちがいて・・・。
<商人と盗人>
シマスの忠言などに耳を貸す必要はないと王に訴えた愛妾の一人が話したところによると、むかし一人の富豪の商人がいて、都に商品を売りに出たところ、その商品を盗もうとした泥棒の一人が、医者になりすまして商人の部屋を訪ね、商人が大食いであることに目を付けて・・・。
<豺と狼>
王を愛妾たちとの色事から目覚めさせるため、シマスが話したところによると、一群の豺(やまいぬ)が駱駝の死骸を見つけ、これを仲間内で公平に分けるため、その裁量をたまたま通りかかった狼に頼んだところ・・・。
<羊飼いと泥棒>
シマスの忠言などに耳を貸す必要はないと王に訴えた愛妾の一人が話したところによると、ゆだんのない羊飼いからどうしても羊を盗み取りたくなった泥棒は、獅子の皮にわらくずを詰めこんで、それを砂漠の小高いところに立て、羊飼いのもとに行って、こう言った。私は獅子の遣いで来たものだが、獅子はどうしても羊をもらわなければ承知しないと言っている・・・。
<鷓鴣と亀>
忠臣たちを残らず亡き者としたために、国を失うはめになることを悟ったウィルド・ハン王は、気づくのが遅すぎたことを嘆き、このような話をした。一羽の鷓鴣(しゃこ)が亀たちと仲良くなり、鷓鴣の美しさにすっかり惚れこんだ亀たちが、鷓鴣にどこにも飛んでいかないよう頼んだ。頼みを受け入れ、羽をむしり取った鷓鴣だったが、そこにイタチが現れて・・・。
にえ これは大きく分けると、5部構成になっているの。王に夢のお告げがあるところ、無事の王子生誕するところ、12才の王子が優れた資質を持っているか試すためのシマスとの問答、色事に夢中になった新王を諭すシマスと悪賢い愛妾たちのせめぎ合い、そしてラスト。
すみ 問答のところは、他の話にも似たようなのがあったけど、小難しい宗教問答でまたまたウンザリ。でも、全体としては挿入されるお話がほとんど他とダブりなしで新鮮だったし、最後のシマスと愛妾の攻防からラストにかけての話はおもしろかったし、なかなかだった。女がアダムとイブ以来の悪の権化といわれているのがちょっとひっかかるけど(笑)
  
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