すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「古書修復の愉しみ」 アニー・トレメル・ウィルコックス (アメリカ)  <白水社 単行本> 【Amazon】
結婚して家庭を持ちながらも、アイオワ大学の活版印刷所で活字組みを学び、地元の製本所で製本技術を学び、大学院で英語学の博士号をとりつつ、夜間にレトリックの授業をもって生徒たちに作文を教える、そんな多忙な日々を送っていたアニーは、 1983年、アメリカで一流の製本家・書籍修復家として名高いウィリアム・アンソニーと出会う機会を得た。その温かい人柄と古書修復の技術にすっかり魅了されたアニーは、1985年春、ウィリアム・アンソニーがアイオワ大学中央図書館に保存部を開設後、はじめて開いた製本講座に参加することにした。
すみ たまにはね、ってことでノンフィクション本です。アメリカでも指折りの古書修復家だったウィリアム・アンソニーに弟子入りした女性の実話。
にえ 古書修復に関するレポート的なものと、師匠との出会いから少しずつ学んでいく過程の回想録が交互に挿入されているって感じかな。
すみ まあ、古書修復に興味がまったくない人には面白くない本なんだろうけど、私たちみたいに興味はあるけど知識はまったくない人でも充分ひきこまれる本だったよね。
にえ そうそう、知識がないといえば、私は表紙の写真、木だと思ったんだよね。なんで古書修復の本の表紙が木の写真なんだろうって、ずーっと見てて、ようやく修復前の古い本を上からか下からか写した写真だと気づいた(笑)
すみ そんなレベルの人でも読めるっていい例よね(笑) 本を開くとすぐに絵入りのページがあって、ここが小口、ここが背表紙・・・と説明が。よしよし、これなら私でもわかるぞと安心して読み始められたかな。
にえ 私は、天、地、小口って知らなかったよ。今まで、小口の上のところ、小口の長いところ、小口の下のところって呼んでたんだけど。
すみ よかったですねえ、勉強になって。それはともかくとして(笑)、レポート的なものってあなたが表現したところは、最初のうちはアニーが1817年刊「ロシア遠征詳述」っていう本を修復する過程を細かく綴っているんだよね。
にえ 革の表紙で、レッドロットが出ているんだよね。レッドロットっていうのは古い革が赤くなったり、ちょっと触っただけでボロボロと崩れてくる状態を言うんだって。で、ページにはフォクシングが。これは茶色のシミで、紙に含まれる微量の鉄がさびてシミを作っているものなんだって。
すみ いきなり知らない言葉が出てくるけど、読んでるとワクワクしてくるよね。紙に鉄が含まれていて、それが錆びてシミになるなんて。そうだったのかーっ。
にえ とにかくけっこうボロボロになってる本を、私たちが知らなかった驚くべき手法の数々で、きれいな本に蘇らせるんだよね。雑な言い方をすると、紙を洗っちゃったりするんだよ。ビックリだよね〜。
すみ ホントに細やかな作業で、読んでいくうちに、バリー・ロペス「冬かぞえ」のなかの「修復」って短篇を思い出したな。古い屋敷でエドワード・スローっていう書籍修復家が蔵書の修復をしているんだけど、あの人もまさにこういう作業をしていたのね。
にえ 読んでいくうちに修復だけじゃなく、一から本を作る行程も出てくるんだけど、やっぱりこういうのを読んでいると、自分でも作ってみたくなっちゃうよね。訳者さんは、この本を翻訳するために製本の講座に1年半も通ったんだって。すごーい。
すみ 古書の修復はやってみたいってレベルじゃなかったよね。手先の器用さも要求されるのはもちろんのこと、本当に根気のいる作業で、読んでいるだけでも気が遠くなりそうだった。
にえ 著者のアニーもそうだし、師匠のウィリアム・アンソニーも、他の人も、みんな穏やかで繊細そうな人たちだったよね。私たちとは正反対かも(笑)
すみ とにかく私たちは作業の細かさに感心して読むばかりだったけど、かなり詳細に書かれているから、製本に関わっている人や古書修復に多少なりとも関わっている人なんかが読んだら、もうゾクゾクしちゃうんじゃないかな。アニーは図書館で働いたこともある人だから、図書館の蔵書管理の限界や問題点なんかにもときおり触れていて、そういう関係者の方も頷くことも多いかも。
にえ あと、回想録部分の、師匠のウィリアム・アンソニーがどういう指導をしていたか、アニーが教える立場になってからの経験談は教育に携わる人の参考になるかもね。
すみ ウィリアム・アンソニーは本当に素敵な人だったよね。褒めたり励ましたりする遣り方ももちろんだけど、弟子をとって技術を伝えなければならないという使命感の持ち方とか、失敗しても、そこからどうすればいいか考えようという姿勢とか、尊敬できるところが大いにあった。
にえ アニーはウィリアムとの師匠と弟子の関係については、日本の職人の師弟関係をかなり強く意識していたよね。これにはちょっと驚いた。
すみ 古書修復をするうえで、和紙や砥石や刷毛など、日本のものと接する機会が多くて、そのうちに日本の職人が書いた本に感銘を受け、共感を覚えるんだよね。こういうのは日本人としては嬉しいね。
にえ あと、回想録では、一人の女性が一生の仕事を模索する真摯な姿も見えてきて、迷いながらも好きな道に進んでいくアニーに考えさせられるところも多かったな。かなり大変そうではあるんだけど、うらやましかったりもして。
すみ 自分自身が読むことももちろん好きだけど、本っていう存在じたいも好きなんだなとあらためて気づかされたかな。うん、これから本を見る目がまた少し変わりそうな、そんな1冊だった。書かれていた内容を何度も思い出しそうだな。
にえ 興味がある人限定のオススメになるけど、ホントにいい本だったよね。内容の濃い1冊でした。