=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「蛇の形」 ミネット・ウォルターズ (イギリス)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】
学校教師のミセス・ラニラは、1978年冬、近所に住む黒人女性アン・バッツが道に倒れているのを発見し、救急車を呼んだが、アン・バッツは帰らぬ人となってしまった。 ふだんから口汚い罵りの言葉を投げつけるアン・バッツは”マッド・アニー”と呼ばれ、黒人であることとあわせて、隣人たちから疎まれていた。だから、アン・バッツの死が交通事故として処理されると、 だれもがそれで終わりだと思っていた。ミセス・ラニラを除いては。ミセス・ラニラはただ一人、アン・バッツが何者かによって殺されたのだと主張したが、それによって彼女が被ったのは、周囲の人たちからの嫌がらせと、 夫サムや実の母親からの激しい非難だけだった。20年後、サムと二人の息子とともに長い海外暮らしを終え、イギリスに戻ったミセス・ラニラは、アン・バッツの殺人に関わる人々のもとを訪ねた。サムはもう忘れたのだろうと思っていたようだが、 ミセス・ラニラはイギリスを離れた20年間も、犯人の疑いがある人々への追跡調査を続けていたのだった。 | |
え、そんなに経つの? と驚いてしまったけれど、「囁く谺」から約2年半ぶりのミネット・ウォルターズです。 | |
私も一年ぶりぐらいのつもりでいたんだけど。「囁く谺」では正直なところ、どういう方向に進んで行っちゃうの、ミネット・ウォルターズ?と不安になるところがあったから、新しい邦訳を待つ気持ちは強かったのよね。なのになぜか、それほど待たされていたことに気づかなかったな〜。 | |
私も待ってた。で、今回これを読んで、待っていてよかったです、不安が払拭されました〜なんてものじゃなかった。凄い、凄すぎる! 圧倒されまくったよ。 | |
うん、だれもがあたりまえのように使い分けている裏と表をあっさりとえぐり出しちゃう人物描写とか、表面的には見えていなかった家族の中の複雑さの描写とか、もとから巧い作家さんだとは思っていたけど、 もう「巧い」なんてレベルは超えてるね。ここまで書けちゃうミネット・ウォルターズって何者なの、と寒気が走るぐらいだった。 | |
人というものの描写については、ハードなところと、ソフトなところ、どちらかが得意な作家さんっているけど、この人は両方だね。確執があっても、激しい対立もなく、やんわりと理解し合っていくソフトな家族の関係も書かれていれば、 表面的なところでは仲良くしていても、裏で激しく煮えたぎらせているハードな関係も書かれていて、う〜ん、もうここまで書かれてしまうと、私がなにか言うのはおこがましいって感じ。 | |
一つ一つのエピソードが積み重ねられていく細かいところも、大筋の流れも、社会背景の付け方とかも、あえて点数をつけるとすれば、満点としか言いようがなくて、もうホントに・・・凄かったとしか言いようがないね。 | |
かなりヘビーな内容ではあったんだけどね。目の前が真っ暗になるような悪事と悪意の連続で叩きのめされたし。でも、根底に流れる優しさというものがキッチリあったし、う〜ん、もうこれは大絶賛するしかないな、私の好みの傾向からすると、完璧だったと言い切っちゃう。 | |
そうだね。もちろん、こういう心理的なものを追うのが中心のミステリって好き嫌いが分かれるし、かなりグロくもあるから、誰にでもオススメってことではないんだろうけど、自分の好みだけで言えば、もうちょっとこれって超えようがないんじゃないってぐらいの最上級だね。一言でいえば、マイッタ!!! | |
最初のうちは、なんだかわからないまま、話の流れに引き込まれていったよね。ミセス・ラニラという女性が主人公で、なぜか20年まえに交通事故死したらしき黒人女性の死に、異常なまでにこだわっているの。 | |
そうそう。ミセス・ラニラは、死んだアン・バッツが近所でただ一人の黒人で、しかも奇矯な振る舞いをするところがあったから、それゆえに周囲の人に憎まれ、殺されたんだと主張しているんだけど、それってちょっと決めつけ過ぎじゃない? と思ったし、自分も嫌な思いをしたのはわかるけど、それにしても20年も固執する、その執念がよくわからなくて怖かった。 | |
主軸のストーリーは短く区切られ、たくさんの書類や書簡が挿入されているのよね。そういう間接的な証拠が少しずつミセス・ラニラの証言を裏付けていくんだけど、そうそうすぐには、ミセス・ラニラに全幅の信頼を置くってわけにもいかなかったよね。他人を責めすぎるんじゃないの、と思ったりもしたし。 | |
亡くなったアン・バッツにしてもさ、汚い家にたくさんの猫を集めて住み、近所の人を罵って歩く孤独な黒人女性、たしかに、まわりの無理解によって、かわいそうな境遇にあった人が亡くなったのだし、同情するのはわかるけど、でも・・・と思ってた。 | |
アン・バッツやミセス・ラニラのいたグレアム・ロードに住んでいたのは、わりと平均的な家庭の人たち、それに、暴力夫と、それによってアル中になってしまった妻、そんな家庭に育って不良となった息子のいるスレイター家、見苦しいぐらい若作りの売春婦と、やっぱり不良になってしまった息子のいるパーシー家。あとは、夫婦だけのラニラに、やっぱり夫婦だけでラニラ夫妻と仲の良かったウィリアムズ家、そんなところかな。 | |
ジョッグ・ウィリアムズはミセス・ラニラの夫サムとは親友で、ラニラ夫妻がイギリスを離れたあとも、連絡を取り合う中なのよね。そして、ジョッグと別れて別の人と再婚したリビーは、ミセス・ラニラの調査に協力してくれているの。 | |
みじめな暮らしの末に、死んでしまったかわいそうな黒人女性と、それを取り巻く最低層の不良白人たち、あ、あと、それに、おざなりな調査しかしなかった人種的偏見を持つ警官、そして、正義感の強い女性主人公。 | |
なるほど、なるほど、そういう話か、とだいたいのところはわかったって気になったよね。ちょっと社会派のミステリ、うん、まあよくある設定かな、と。 | |
だよね〜。そこから、ああも鮮やかに、まったく違う面がいくつもいくつも見せられていくことになるとは、思ってもみなかった。 | |
衝撃の新事実っていうのとはまた違うよね。読んでいる自分自身がいかに表面しか見ていなかったかに驚くし、人間の裏側というものを見せつけられて驚くし。 | |
とにかく、読み始めたときと、読み終わったときでは、同じ登場人物が織りなす世界に、まったく違う印象を受けるよね。それがもうまったくなんの違和感もなく、受け入れざるを得ないんだから、凄いとしか言いようがない。 | |
タイトルにはいくつもの意味が込められているんだけど、とくに幾重もの女性というものの怖さを象徴する意味合いにおいては、同じ女の私が読んでいても、女って本当に怖いなと思った。しかも、そういう怖さだけじゃなくて、妻ってなんなのっていう一般的とも言えるような愚痴りのようなものまで、きっちり書かれているんだから舌を巻くよね。 | |
とにかく女性の強さ怖さにはおののきまくったけど、青年たちへの希望の光みたいなものも見えたりしたよね。そのへんのバランスのよさかな、これだけハードな内容のものを読まされても、逃げたくはならなかったのは。惨いところはホントに惨いんだけど。 | |
なんかもうあまりにも素晴らしく凄かったから、多くを語りたくないな。とにかく、またミネット・ウォルターズに想像以上のものを見せつけられ、悩殺されましたってことで。オススメに決まってるでしょっ。 | |