すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「囁く谺」 ミネット・ウォルターズ (イギリス)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
《インディペンダント》で人気のある記者だったマイケル・ディーコンは、父の自殺、母との確執、2度 の離婚、そして上司を殴るという最悪続きで、今はマイナーな中道左派を標榜する雑誌《ストリート》の記者 として鬱憤の溜まる日々を過ごしている。12月のはじめ、編集長に命じられて、ある事件を調べることになったのだが、 それは半年も前に起きたことで、今ではもう人々の記憶から消え去ろうとしているような事件だった。半年前の6月、 ロンドンの高級な住宅街にあるミセス・パウエルという女性の家のガレージで、自称ビリー・ブレイクという頭のおかしな 浮浪者が、餓死しているのが発見されていた。痛ましくはあるが、これといって特別な事件ではない。気が進まないまま取材 をはじめたマイケルは、ミセス・パウエルに会って驚いた。老嬢かと思っていたミセス・パウエルはとても美しい女性で、 しかも今になってビリー・ブレイクの素性に異常なほど関心を持っていたのだ。
にえ スンゴイ久しぶりに出た、ミネット・ウォルターズの翻訳新刊です。
すみ まさに待ちに待った、ってかんじだよね。
にえ 話がややこしくならないように先に感想を言っちゃうけど、そういう 心理状態に追い込まれていった流れってのが推理、解説されている部分がいくつかあるんだけど、そのうちの 3つばかりは、さっぱりわからなかった。はっきりした根拠もなくて、こじつけなんじゃないのかなあとすら 思ってしまった。でも、全体としてはとってもおもしろかった。
すみ うん、言いたいことはわからないでもないけど、やっぱり狂気に走っていく過程って、 経験したことのないことでしょ、もうちょっとわかりやすく、納得のいくように説明してくれないと、読者はちょっと 置いてかれちゃうかな〜って気はしたよね。
にえ これをこれだと思いこんでしまったに違いない、そしてこれとこれは 頭の中ですりかえられてしまったのだ、みたいなことを唐突に書かれても、どうも納得がいかないんだよね。
すみ ただ、そういうことがわからないまま残ってしまうところにも、 この小説の魅力があったように思うから、まあ、わからないままに読み流せばいいのかな、とも思ったけど。
にえ まあね、ひとつの仮定でしかないって書き方だったし。とにかくわから ないながらも読み終わったら、さらにミネット・ウォルターズは一歩、二歩と先へ進んでるんだな〜って感動があったよ。 スゴイよ、鳥肌もの。
すみ 読んでるあいだの魅力は、なんといっても登場人物だったよね。 主人公のマイケルがまず良かった。ダメっぷりと、妙なやさしさは、なんかゴダードを思い出さなかった?
にえ ゴダードのダメ男くんたちより、マイケルはずっと大人だったけどね。 父親の自殺がもとで母親とののしりあいになり、それから口もきいてないんだけど、母親が子供の頃の自分に どんなに良くしてくれたかとか、母親が父親にどれほど苦しめられたかとか、けっこう冷静にわかってたりと、 そういうかんじで視線はあくまでも公正なの。
すみ 自分の限界もわかってたよね。人にやさしくしてしまうんだけど、ここ から先はもうやりたくないみたいな線ひきもはっきりしてて。
にえ ミセス・パウエルがまた良かったよね。氷の女王みたいな人。キレイで、 自制心を失わず冷静で、言っていることのどこまでが真実かけっして悟らせないから、善人なのか悪人なのか、 サッパリわからない謎の女。
すみ ミセス・パウエルの家のガレージで死んでいたビリー・ブレイクがまた 不思議な存在なんだよね。60歳だと自分で言ってて、老人にしか見えなかったんだけど、検死をしたらまだ 45歳だったの。
にえ ウィリアム・ブレイクを敬愛していたみたいで、彼の詩をいろいろと 口ずさんでいたし、飢えと背中合わせで生きてた、生き様もそっくりだったみたい。
すみ 人に罪を犯させないために自分の手を焼いてみせる、なんてことも 平気でしていた聖人でもあり、酒に酔えば手に負えなくなる狂人でもあった。そして最後には、食料品が 冷凍庫にたくさん詰まってたガレージで餓死、なにがビリーにそんなことをさせたのか。
にえ 彼の浮浪者になる前の姿を追う前に、スパイと疑われている失踪した 外交官、会社の金を横領したと疑われている失踪したエリート銀行員、っていう二人の行方不明者の存在が あるの。この二人とビリー・ブレイクには、どんなつながりがあるのか。謎は深まって行くばかりだよね。
すみ 謎を追うマイケルが知り合うのが、まず、14歳だけど妙に大人びた 少年テリー。この子がいいんだ〜。
にえ テリーはビリーにとてもかわいがられてたみたいで、悪いところもい っぱいあるけど、なんとも人の心を惹きつけずにはいられないような魅力のある少年なのよね。
すみ テリーの魅力で夢中になって読み進めちゃったってところはあるよね。 愚かなところもあるけど、鋭くって、大人をハッとさせることもたびたび。テリーが相手だと、ふだんは頑なな 大人でも、気がゆるんで心を許しちゃったりもするし。
にえ マイケルはテリーを引き受けることになっちゃうんだけど、そんな二人を あたたかく見守るのが、これでもかってほど頭がいい、老いたユダヤ人の弁護士ローレンス。ローレンスは残りの人生を 楽しませてもらおうって好奇心タップリで、でも、首を突っ込んでるみたいでも、客観的に全体を把握してて、 かっこよくてしびれた(笑)
すみ それに、マザコンの童貞だけど、自分がじつは同性愛者だと認めたくない、マイケルの同僚の 写真処理係バリー。彼のイジケっぷりがまた良かったよね。私たちが弱い者への思いやりをいかに忘れているか、気づかせてくれたし。
にえ 総合すると、落ちぶれた記者と、浮浪者の少年と、マザコン童貞のイジケ虫と、引退下も同然の 老弁護士が、謎を追っていったってことになるね。
すみ しかも追っていた対象も、教養があり、かつてはエリートだったはずなのに 最後には狂人の浮浪者として餓死した男の過去。でもその裏には、多額の金や大きな陰謀が渦巻いていたし、さらに愛や深い深い悲しみまで 隠されていたのよね。
にえ うまい!の一言に尽きるよね。複雑な謎をからめたストーリー展開、 登場人物たちへの深い洞察力、夫婦や親子とか、男女の愛とか、普遍的なテーマもいっぱい盛り込まれていたし、 哀愁が漂いながらも、あたたかさもあって。こんな小説、他のだれが書けるのっ。
すみ 私は実は、しゃべることもなく、チラッ、チラッと2、3回しか姿を 現さなかった女性が一番印象深かった。この女性の存在がスパイスとなってたし、この書き方のうまさだけ でも、読む価値ありだと思うよ。