すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「バートン版 千夜一夜物語」 第2巻  <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
世界最大の奇書「千夜一夜物語」を、世界に名高いバートン卿が翻訳した「バートン版 千夜一夜物語」の全訳。大場正史氏の流麗な翻訳文に、古沢岩美画伯の甘美な挿画を付した、文庫本全11巻。
にえ さてさて、第2巻に入りました。ここでようやく私たちが感じたおもしろさをば、説明させていただきましょう。
すみ 先に言っておくと、私たちが民話や寓話のたぐいがかなり苦手なんだよね。繰り返しの多用とか、登場人物にまったく感情移入せずにお話の荒唐無稽さを楽しむとか、とにかくそういう諸々がどうにもこうにも苦手で、 すぐに放り出しちゃうタチなの。
にえ 読む前は、この「千夜一夜物語」もそういうたぐいかなと思ってたし、まあ、話の種に飽きるところまでちょっと読んでみようかってところだったんだよね。
すみ ところが、ところが、だよね〜。積み重ねられていく物語は似たり寄ったりだなんて決して言えない、テイストの違う物語の数々で、滑稽な話もあれば、胸をえぐる悲劇もあり。しかも、そのなかに人々の感情、息づかいというものがちゃんと込められていて、 長い時間の壁がある私にも、しっかりと伝わってくるの。
にえ 「千夜一夜物語」ならではの、独特の手法ってものもあるよね。だいたいどの物語でもそうなんだけど、たとえば第1巻から第2巻にまたがる「せむし男の物語」を例にとると、一人の男が殺されて、三組の容疑者が現れてしまうという物語、この物語の中で、命乞いのために容疑者たちが国王に向かって話す、また別の物語がいくつも入っていて、 容疑者の一人、仕立屋の話となると、話の中に出てきた床屋がまた新たなお話を語るという、入れ子細工のような仕組みになってるの。箱の中にいくつかの箱が入っていて、一つずつあけてみると、中にはまたいくつか箱が入っているものがある、みたいな。
すみ それがまた、それぞれに味わい深くて、これはシケた話だったなっていうのがないんだよね。
にえ とくに絢爛豪華なお話となると、圧倒されるほどの迫力だよね。織物の美しさ、宝飾品の美しさ、建物の美しさ、豪華な食事、美しい歌や踊りの数々・・・エキゾチックな雰囲気もたっぷりで、もう魅了されまくっちゃう。
すみ 美男美女がやたらと出てくるけど、出てくる数だけ褒め言葉があるってところもすごいよね。月にたとえたり、花にたとえたり・・・たとえだけでも数知れず。でも、共通する褒め言葉もあって、この時代ならではの美の基準みたいなものもわかってくるの。
にえ ああ、お姉様、せっかく盛り上がってきたのに、夜が白んできましたわ。
すみ では今宵はこの辺で。次の夜にはもっと細かく興味深い点をお話ししていきましょう。
「せむし男の物語」 第27夜〜第34夜
第1巻の続き。ひとつの死体に3組の容疑者、全員を処刑せよと命じる国王(サルタン)に、この奇っ怪な出来事より、もっとおもしろい話をして、命乞いをする容疑者たち。
<料理頭の話>
料理頭が国王に話したところによると、昨夜、コーランの読誦会に参加したところ、どうしても蒔蘿(カミン)の肉汁(シチュウ)を食べようとしない男がいた。男が話したところによると、その理由は、バグダッドじゅうで一番の金持ちの商人の息子である男が店先に座っていると、見たこともないような美人の客が現れたのだが、じつはその女は教主の奥方付きの奴隷で・・・。
<ユダヤ人の医者の話>
医者が国王に話したところによると、まだシリアのダマスクスで医学の勉強をしていたところ、副王の屋敷で、若く美しい若者を診ることになったのだが、その若者は右腕を切り落とされたばかりだった。若者が話したところによると、商売でダマスクスに出た若者は家を借り、しばらくそこで暮らしていたのだが、ある時より美しい女性が訪ねてくるようになり、3回めにはもっと若くて美しい女性を伴ってきたのだが・・・。
<仕立屋の話>
仕立屋が国王に話したところによると、昨日、友達の結婚式に出席したのだが、そこに麗しい青年が入ってきて、皆は目を瞠った。ところがその青年は、客の中に床屋がいるのを診ると、急に帰りたいと言いだした。青年はその若者のせいで、とんだ災難にあったのだという。
<床屋の身の上話>
自分のお喋りとお節介のせいで、とんでもない目にあったという青年の話を聞いた床屋は、自分がいかに無口な男か、そのかわり、自分の6人の兄たちがいかにお喋りな男たちで、そのせいでどれほどひどい目にあったか話しはじめた。
<床屋の長兄の話>
床屋が話したところによると、長兄は仕立屋だったが、家主の妻に一目惚れしたばっかりに・・・。
<床屋の二番めの兄の話>
床屋が話したところによると、二番めの兄は仕事に行こうとしたところで、見知らぬ老婆に声をかけられ、立派な屋敷に連れて行かれ、美しい女の歓待を受けたのだが・・・。
<床屋の三番めの兄の話>
床屋が話したところによると、三番めの兄は乞食をしていて、大きな屋敷に物乞いに行ったのだが、そこの主人は平屋根まで連れこんだ末に、なんの施しもしないと言いだして・・・。
<床屋の四番めの兄の話>
床屋が話したところによると、四番めの兄はバグダッドで肉屋をしていたのだが、あるときから、真っ白でピカピカの銀貨で肉を買っていく老人が来るようになり、あとになってその銀貨を見てみると・・・。
<床屋の五番めの兄の話>
床屋が話したところによると、五番めの兄はもらった遺産でガラスの器を売ろうとしたが、またひとつも売れていないというのに、先の先まで想像するうちに・・・。
<床屋の六番めの兄の話>
床屋が話したところによると、六番めの兄は物乞いをするうちに、親切な旦那のいる屋敷に入れてもらえたが、何もないのに食べろと言われ・・・。
<仕立屋の話の結び>
国王に命じられ、床屋が参上したところ・・・。
にえ これは第1巻からの続きの、滑稽な物語。それにしても、床屋の度を過ぎたおしゃべりと世話焼きには、むかついてくるほどだった。いつの時代にもこういう人はいるのよね。
「ヌル・アル・ディン・アリと乙女アニス・アル・ジャリスの物語」 第34夜〜第38夜
バッソラーの諸王のなかの一人、モハメッド・ビン・スライマン・アル・ザイニ王には、二人の大臣(ワジル)がいた。一人はアル・ファズルといい、人民にとても慕われていたが、もう一人のムイン・ビン・サウィは悪逆無慚な男ゆえ、人民にとても嫌われていた。 アル・ファズルは王に命じられ、一万ディナールで世にも稀なほど美しい奴隷の乙女を買ってくることになった。運よく、美しいだけでなく、ずば抜けた才媛でもある乙女を見つけ、ぶじに買うことができ、乙女を自分の家に連れて帰った。王に差し出す前に乙女を十日間ほど休ませてあげるためだった。ところがアル・ファズルには、無類の女好きにして容姿にも恵まれた息子がいたために・・・。
すみ これは物語としては美しく、おもしろいのだけど、立派な父親を持っていたというだけで、女にも金にもだらしない、ろくでなしの若者が、なんでこんなに優遇されるのかと、ちょっと納得いきかねるところもあったりして。この辺は根本的な道徳観念の違いというか、そういうものを感じたりもしたな。
「恋に狂った奴ガーニム・ビン・アイユブの物語」 第38夜〜第45夜
遠い遠い大昔、ダマスクスに金持ちの商人がいて、その商人にはビン・アイユブという名の、美しくておまけに弁舌さわやかな息子がいた。父親が亡くなるとビン・アイユブは母や妹に別れを告げ、バグダッドに旅立った。順調に商売をするビン・アイユブだが、ある夜、墓場で三人の宦官が箱を埋めているところに遭遇した。箱を開けてみると、なんとその中には生きたままの美しい乙女が入っていた。
<最初の宦官ブハイトの話>
三人の宦官のうちの一人、ブハイトがなぜ宦官になったか語ったところによると、五歳で売られたブハイトは二つ年下の娘と一緒に育てられることになったのだが・・・。
<二番めの宦官カフルの話>
三人の宦官のうちの一人、ブハイトがなぜ宦官になったか語ったところによると、八つの歳から奉公を始めたブハイトは、毎年一回、嘘をつくという傷物で、それを承知である旦那が買ってくれたのだが・・・。
にえ これは清らかで美しい愛の物語。出会うはずもなかった美男と美女が出会い、愛し合うけれど、運命に翻弄され、一度は別れ別れになり・・・と典型的にドラマティックな美しい恋愛物だった。
「オマル・ビン・アル・ヌウマン王とふたりの息子シャルルカンとザウ・アル・マカンの物語」 第45夜〜第95夜
バグダッドの都にいるオマル王のもとに、ギリシャの国王から使者が遣わされた。叛逆者ケサレアの王子との戦いに力を貸してほしいということだった。 オマル王は大臣ダンダンの進言を受け、長男シャルルカンを総帥に、選りすぐった兵を出すことにした。
にえ これは文庫本だと第2巻の後半ちょうど半分ぐらいと第3巻の三分の二、語られた夜でいうと、第45夜から第145夜までになるという、「千夜一夜物語」のなかでも最長にして、最大の物語。すごいスケールだったよね。
すみ この物語だけを1冊の本として出版してあっても、きっと夢中になって読んでしまっただろうと思う味わい深さだよね。
にえ 第3巻のはじめのほうで、お話の中のお話が挿入されていて、それが終わるとかなり趣が変わるんだけど、この第2巻におさめられている分については、まさにファンタジーの戦記物の味わいっ。
すみ 3つの国の過去の因縁などによる激しい戦いに加え、勇ましくも美しく、しかも嫉妬に悩む心の弱さも持ち合わせた王子シャルルカン、数奇な運命に翻弄される双子の姉と弟、男よりも勇敢で強い戦士でもある敵国の王女アブリザー、変装をして敵国に潜入し、奸計に次ぐ奸計で敵を陥れる魔女のような老婆ザト・アル・ダワヒ、忠臣に巨漢の敵兵、などなど、 もう魅力たっぷりの登場人物たちが織りなす物語に魅了されまくった!
にえ しかも、一世代じゃなく、何代にも渡る壮大な物語なんだよね。落ちぶれたり、復活したりと激しく入り乱れるし。最初の方では、女好きの国王vsマザコンの国王の戦いだったんだけど(笑)
すみ そうそう、オマル王は4人の正妻と360人の妾がいて、つまりはもう手一杯のはずなのに、まだ新しい女に手を出そうとするし、 敵国のハルドゥブ王は、なにをするにも母親に相談して助けてもらってからって感じだったね。だからこそ、そのあとの世代にややこしい因縁が持ち越されてしまって、物語が複雑になっておもしろいのだけど。
にえ あとは第3巻でまた続きをお話ししましょう。とにかくホントにおもしろいのっ。
  
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