すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「トマシーナ」 ポール・ギャリコ (アメリカ)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
妻を亡くし、小さな娘メアリ・ルーと二人だけになってしまった獣医マクデューイ氏は、長年の友人である牧師アンガス・ペディに誘われ、スコットランド高地のアーガイルシャーに位置する、 インヴァレノックという小さな町に移り住んだ。マクデューイ氏は人間を治す医者になりたかったのに、獣医だった父親に無理強いされて、獣医になった。おまけに、愛する妻を自分の病院の動物から感染した病気で亡くしてしまい、 ますます獣医という仕事を愛せなくなっていた。腕はいいが無愛想で、すぐに安楽死を勧める獣医、それがマクデューイ氏だった。ついに彼は、自分の愛娘メアリ・ルーの飼い猫トマシーナを安楽死させてしまい、娘の愛まで失ってしまった。
すみ 私たちにとって、「われらが英雄スクラッフィ」から2作めのポール・ギャリコです。
にえ これは以前、単行本では「まぼろしのトマシーナ」というタイトル、文庫本では「トマシーナ」というタイトルで邦訳出版されたことのある作品の新訳なんだって。
すみ この本の猫トマシーナの大叔母がジェニィ、つまり、あの有名な「ジェニィ」の姉妹編ってことになるのかな。話はつながってなくて、完全に独立してるみたいなんだけど。
にえ そんなことより私は読む前、河合隼雄先生の解説付きっていうのが、なんで?とかなり疑問だったんだけど、読んで納得。
すみ うんうん、楽しい猫のお話ですか?ぐらいにしか思ってなかったからね。でも、読んでみれば、「たましい」や「神」の存在について触れられていたり、ハッとするほどの児童心理の描写の巧みさがあったりで、なるほど、これは河合先生にご登場いただきたいところね、と思った。
にえ 猫だましい」って本で、さらに詳しく解説しているそうなんで、そっちも読んでおくといいかも。私たちも読もうね。
すみ それにしても、こんなに多面的に楽しめる作品だとは思わなかったよね、読んでみてよかった。まずは、しだいに変化していくマクデューイ氏の心理の流れでしょ。
にえ マクデューイ氏は、簡単に言えば、動物嫌いの獣医ってことになるんだけど、話はもうちょっと複雑なんだよね。人間を診る医者になりたかったのに父親にむりやり獣医にさせられたこと、動物のために、愛する妻を失ってしまったこと・・・。
すみ もともと頑なな性格ってこともあるよね。動物だけじゃなく、人と親しく接するってことすらできにくくなっているの。
にえ そのマクデューイ氏が唯一、友だちづきあいをしているのが牧師のアンガス・ペディで、唯一、愛しているのが娘のメアリ・ルーだよね。
すみ でも、メアリ・ルーへの愛情も、あまり健全とは言えないよね。メアリ・ルーの健やかな成長を願っているというより、ただただ独占して、自分だけを愛させようとしているみたいで。
にえ 家政婦のマッケンジー夫人には、メアリ・ルーをあまり触らせないようにしているし、メアリ・ルーが可愛がっている猫のトマシーナにさえ嫉妬しているしね。
すみ それにしても、メアリ・ルーの心理描写については圧巻だった。とくにメアリ・ルーがアンガス牧師に父親のことを語るシーン、それから子供たちだけで執り行われた葬式のシーンは鳥肌ものっ。
にえ ところどころで、トマシーナが自分で自分の生涯や死を語っているんだけど、ここはユーモラスだったよね。他が思いのほかシリアスだっただけに、ちょっと微笑ましくなるというか。
すみ 人里から離れ、動物たちに囲まれて暮らし、<赤毛の魔女>と呼ばれているローリって女性が出てくるんだけど、この女性に対するアンガス牧師の認め方も、ちょっと考えさせられるものがあったね。
にえ アンガス・ペディはなにげにキーパーソンだったよね〜。
すみ それに、ローリのところに古代エジプトの猫神バスト・ラーの生まれ変わりって猫がいて、急に神話的な話も挿入されていて、これはこれでまたおもしろかった。
にえ 単にキリスト教的なお話なのかなと思ったら、そこにおさまってはいなかったのよね。物語としては、これらが最終的にどう繋がっていくんだろうと気になったし。
すみ とにかくもう、読みはじめたら一気だった。こちらまで胸痛くなるほど激しい衝突のすえ、深い溝のできてしまった父と娘がこれからどうなってしまうんだろう、と。
にえ そこにまた、動物を虐待しているらしきジプシーたちがからんできたりもしてね。登場シーンは少なかったけど、メアリ・ルーの男の子の友だちたちも、なにげにそれぞれ個性があって、 気になる存在だったし。
すみ 短い会話のなかに、何度もズキッとくるようなセリフがあったりもしたし、正直なところ、ポール・ギャリコがこれほど読みがいのある小説を書く作家さんだと思ってなかったから、これはホントに嬉しい収穫だった。
にえ 最後にはどうせ、ほんかわニッコリで終わるんだろうな、とは思っていても、それまではかなり緊張感を持って読めたし、こう来たかってラストも用意してくれてあったしね。オススメです。