すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「奇術師」 クリストファー・プリースト (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
アンドルー・ウェストリーは、養父の希望通りに新聞記者となっていたが、自分ではどうもこの仕事が向いていないような気がしていた。 そのためなのか編集長はアンドルーを、超常現象の特集記事という、あまりありがたくない担当につかせていた。ある日、キャサリン・エンジャという女性からの情報提供で、 アンドルーはピーク地方のコールドロウ村のはずれに向かった。会ってみると、キャサリン・エンジャとはレディ・キャサリン、すなわち貴族の令嬢で、数日前にアンドルーのもとに、 アルフレッド・ボーデンという著者の「奇術の秘法」という本を送りつけた張本人だった。しかも、会っていきなりキャサリンはアンドルーに、「あなたには一卵性双生児の兄弟がいますか」と訊ねた。 それこそは、アンドルーが幼い頃から、本当の親のことを知りたいと思う以上に知りたがっていることだった。世界幻想文学大賞受賞作品。
すみ さてさて、こちらがクリストファー・プリーストの出たばかりのほうの邦訳本です。さすがは世界幻想文学大賞受賞作品!って小説だったよね。
にえ うん、世界幻想文学大賞受賞作品っていうと、パトリック・ジュースキントの「香水」なんて印象深いよね。そのためか、通を唸らせるっていうのかな、とにかく生半可なファンタジーじゃとれないよってイメージがあるんだけど、 これもまさにそういう、濃厚な幻想文学って感じだった。
すみ 初っぱなに言ってしまうけど、クリストファー・プリーストの「魔法」のほうを先に読んでおいたほうがいいって聞いて、これの前に読んだけど、どうなんでしょ、 私はべつに、わざわざ前もって読む必要性を感じなかったんだけど。
にえ 姉妹編って言われてるけど、これといった共通点はないよね。まあ、クリストファー・ブリーストがどんなものを書く作家か知ってから読んだほうが、 この小説の世界にもスンナリ入りやすいとは思うけど、それ以外には、う〜ん、ぜったい読んだ方がいいとまでは思わなかったな、私も。これを読んでプリーストに興味を持ったら、あとから読んでみればいいんじゃない。
すみ 「魔法」もけっこうおもしろかったんだけど、私はこっちの「奇術師」のほうがすうだんおもしろかったな。
にえ うん、私も今度は引かなかった(笑) 最後まで夢中になって、うわわ、うわわって感じで一気に読めたよ。
すみ 「魔法」でもそうだったけど、最初にあっさりと真実を提供したふりをして、あとから、え、あれはそういうことだったの? と驚かせ、 気楽にフンフンと読んでいたところを、今度はもう一回、もっと念入りに読み返さずにはいられなくさせるって手法、鮮やかだよね〜。
にえ 本当にイギリスの作家らしいというか、知的で、とても緻密に小説を書く人だよね。
すみ 幻想小説とSFの境界線にある作品とも言われてるけど、それは歴史上の実在人物ニコラ・テスラが出てきたあたりからがSFってことになるんだろうけど、 なんていうのかな、手段はたしかにSFだけど、作りはあくまでも幻想小説だったとでも言えばいいのかしら、読んでる感触としては、これは純然たる幻想小説って気しかしなくて、SFっぽさは感じなかったな。
にえ うんうん、あんまりいい譬えじゃないけど、たとえば、平賀源内が出てくる奇想天外なストーリーの小説、なんてものがあったら、多少なりとも科学の要素が加わるけど、やっぱりSFとは思わず、奇譚とか、幻想小説だと思うもんね、そういう感覚かな。
すみ この小説なんだけど、5部に分かれてて、それぞれ語り手が違うのよね。第1部はアンドルー・ウェストリーが語り手。アンドルーは、幼い頃に養子に出され、今はウェストリーという苗字だけど、もとはボーデン。 じつはかつて超有名だった奇術師アルフレッド・ボーデンの曾孫なの。
にえ アルフレッド・ボーデンには、因縁のライバルがいたのよね。それがもう一人の奇術師ルパート・エンジャ。
すみ ある日、アンドルーを呼び出した謎の女性キャサリン、それがルパート・エンジャの曾孫なのよね。
にえ キャサリンはアンドルーに、あなたに一卵性双生児の兄弟はいないのかと訊くのよね。それこそが、アンドルーが長年、気になってしかたなかったこと。いくら調べても、自分にはそんな兄弟はいないんだけど、 意識の下ではハッキリと、一卵性双生児の兄弟の存在を感じているの。
すみ キャサリンはそれについての何かを知っている様子なのよね。でも、あなたには一卵性双生児の兄弟がいますよ、じゃなくて、いないのかって訊くということは・・・。
にえ 第2部は、アルフレッド・ボーデン著「奇術の秘法」、ということで、語り手はアルフレッド・ボーデン。1856年生まれ、車輪と桶をこしらえる職人の息子として生まれたアルフレッドが、 いかにして奇術師を目指し、一流と呼ばれるようになったのか、そしてルパート・エンジャとの確執が生まれたきっかけは? 観客を騒然とさせた<瞬間移動人間>というイリュージョンとは? などなどがわかってくるの。
すみ 第3部は、キャサリン(ケイト)・エンジャが語り手で、ここは短い章。この時点ではいったい何があったのかサッパリわからない、少女時代の出来事について語られているんだけど。謎だらけでもインパクトがあったね。
にえ 第4部はルパート・エンジャの日記、ということで、語り手はルパート・エンジャ。ここでアルフレッド・ボーデン側から見ていたことを、ルパート・エンジャ側から見ることで真実が見えてきたりして、 なるほどそういうことか、なんて思っているうちに、じわじわと驚愕の核心に迫っていくのよね。
すみ ルパート・エンジャの最高のイリュージョンは、ボーデンの<瞬間移動人間>に対抗した、<閃光のなかで>。これの奇想天外さは、やっぱりあっさりと受け入れられる人と、引いちゃう人で分かれちゃうかな。
にえ とにかく「魔法」もそうだけど、途中まではごくまっとうな小説の流れで進んでいくから、こういう展開が来るって感じがしないのよね。それだけに、一気に熱が冷めちゃうってこともあると思うよ。 私は「魔法」で免疫が出来てたおかげってのもあるかもしれないけど、これは抵抗なかったけどね。とくにここからラストへと繋がっていく暗黒幻想っぷりにゾクゾクしたんだけど。
すみ そして、ゾワゾワっの第5部、よね。おもしろかった〜。やっぱり私はどうせ幻想小説読むんだったら、これぐらい濃厚なほうが好きだな。しかもただ濃いっていうんじゃなくて、歴史の流れとか変化とか、歴史上の人物とか、 そういうものもキッチリからめてくれていて、厚みのある小説になっていたし。大満足だった。
にえ あとから、あとから、そういうことだったのか!とわかる快感がたまらないよね。二人のライバルの、和解したくても、もうどうにもならなくなっていく複雑なからみの展開もおもしろかったし、華やかな世界で生きる奇術師の激しい浮き沈みや、奇術師をとりまく人々の人間模様なんかもみっちりと描かれてておもしろかったし。いやいや、やっぱり凄いわ、クリストファー・プリースト。好きそうだったらぜひオススメ。絶品ですっ。