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 「現代中国文学選集12 赤い高粱(続)」 莫言 (中国)  <徳間書店 単行本> 【Amazon】
1939年、中秋節の晩の大虐殺によって、村の人々はほとんど根絶やしとなり、死体は山となった。その死体を狙い、野生化した犬たちが集まってくる。 犬たちは群をなし、凶暴だった。数百頭の犬の群の首領は、わが家の飼い犬だった黒、緑、赤の犬だった。村の人たちの死体を守ろうとする祖父、余占鰲と15才の父、豆官と、犬たちの死闘が始まった。
にえ 赤い高粱」ですでにお話ししたとおり、岩波文庫の「赤い高粱」は、原題「紅高粱家族」の第1章と第2章だけを1冊にまとめたもので、こっちが残りの第3章から第5章になります。
すみ 今のところ、この本は絶版。こっちも岩波文庫で復刊されるといいねえ。
にえ もう予定はあるのかな。もしないとしたら、やっぱりデキの悪さが原因かしら。
すみ この本の巻末で、莫言さん自身がこの小説は出来が悪いって書いてあったけど、たしかに同じ長編小説で比べると、前に読んだ「白檀の刑」より完成度はかなり低いな、とは思うよね。第3章以降は特に。
にえ 完成されたものを先に読んでると、前に書いたものの欠点がわかりやすくなっちゃうのかな。あとの作品を知らなかったら、こっちだって別に出来が悪いなんて思わなかったかも。
すみ そうだねえ、でも、知ってしまってるからね。やっぱり、あまり冴えない描写の数々、しかもそれをワンパターンに繰り返しているところ、時間が戻ったり進んだりしているけど、そのつなぎの悪さ…そのあたりは、後の作品と比べるとハッキリ差は感じるよね。
にえ もっと根本的なところで、あとがきで触れられていたけど、長編小説が書きたいのに難しいものがあり、中編をつなげる形式にした、みたいなことを述べられていたでしょう。あとになって、芳醇で濃厚、しかもキッチリまとまった長編小説を書いてらっしゃるのを読んだ今となっては、そのへんは微笑ましくもあるよね。
すみ だけどさあ、その長編小説なんだけど、莫言というと、ガルシア=マルケスを目指してる、みたいなことがよく言われるじゃない? それについては、この本を読んで大きくうなずけたかな。なんか、なるほど目指してるな、と思わせるところが多々あったような。
にえ しょせん若書きっていうより、過程を見せていただけたって感じで、読む価値はあった気がするよね。もちろん、この小説にしかない魅力的なところも沢山あったし。第2章までと比べてちょっと落ちる気はするけど、やっぱり復刊して欲しいなあ。
すみ さてさて内容なのだけど、第3章「犬の道」は、第1章の続きともとれるような内容。日本軍の襲撃によって死体の山が築かれ、打ちひしがれる余占鰲と豆官の父子。そこに襲いかかってくる犬の集団。
にえ 犬の群の首領は、自分たちが飼ってた三匹の犬なのよね。どんどん凶暴になり、知恵をつけていく犬たちと、死体をまもろうとする人間の戦い。凄まじかった。
すみ そこに、豆官と、将来はその妻となる倩児(チェル)との出会いも絡んでくるの。日本軍から身を隠すため、涸れた井戸の底で身を隠していた倩児は、だれにも助けてもらえず、まさに死の淵に立っているのだけど。
にえ 第4章「高粱の葬礼」はその後のさらなる戦い。余占鰲は鉄板会っていう秘密結社というか、ゲリラ部隊のような集団に入るんだけど、そこからは悲惨だよね。
すみ ひどいよね。力を合わせて日本軍と戦わなくてはならない時なのに、国民党系の部隊と共産党系の部隊が激しく対立し、武器の奪い合いに鉄板会まで巻き込んで、激しい殺し合いがはじまってしまうの。
にえ 鉄板会じたいも怪しい集団だけどね。体を鉄のように硬くして、刀で切っても切れないようにする、みたいな、いかにもアジア的なまやかしみたいなものを信じてて。
すみ それにしても、日本軍が攻めてきて、罪もない民衆がどんどん殺されていっているというのに、国民党の名を知らしめたいとか、共産党の名を知らしめたいとか、そういう目的でしか動かず、 あげくにすぐそこに日本軍がいるというのに、自分たちで武器欲しさに殺し合いを始めてしまう様はやりきれなかった。
にえ 余占鰲は間に挟まれ、どちらにも怒りを感じていたね。国民党と共産党の諍いについては、他の本でも読んだことがあるけど、こんなに低いレベルからかとあらためて驚いたし、愕然とした。
すみ 第5章「犬の皮」は日本軍によって陵辱され、幼い娘とともに殺された恋児(リェル)の話。恋児は余占鰲の愛人というか、第二夫人のような立場の女性なんだよね。
にえ もともとは余占鰲の妻、戴鳳蓮の使用人で、仲の良い友達のような存在だったんだけど、余占鰲と関係を持ち、余占鰲をはさんで、戴鳳蓮と激しく戦うことになるの。
すみ なんで気性の激しい戴鳳蓮が、怒りを煮えたぎらせているとはいえ、結果としては本妻という座に甘んじてしまったのかっていうのは疑問だったけど、この章で経緯がわかって納得した。
にえ 恋児以外にも、日本軍によって惨殺されたり、運命を狂わせてしまったりする人たちの逸話がいろいろ出てきたけど、これは日本人としてはなとも辛いものがあったね。責任なんて言葉じゃ片づかないな。
すみ 一族の物語の芳醇な味わいに加えて、中国の民衆の歴史をかいま見させ、顧みられることもなく死んでいった人々に思いをはせさせ、わかってるつもりでいたことをもう一度考えさせる小説でもあったよね。莫言の原点というものも強く意識させられたし。うん、やっぱり復刊して欲しいな。 あ、ただし、一章ごとが中編小説のように独立してるんで、前2章だけの文庫本でも不足は感じないと思いますので、その点はご安心を。