すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「不思議のひと触れ」 シオドア・スタージョン (アメリカ)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
過去に短編集、雑誌などに収録された作品も含む10編の短編集。
高額保険/もうひとりのシーリア/影よ、影よ、影の国/裏庭の神様/不思議のひと触れ/ぶわん・ばっ!/タンディの物語/閉所愛好症/雷と薔薇/孤独の円盤
にえ まだまだ続く、スタージョン復活ブーム! ということで、私たちにとっては2冊目のスタージョン本です。
すみ 前に読んだ「海を失った男」も短編集だけど、この本でかなりスタージョンに対するイメージが変ったよね。味わいが全然違ってた。
にえ そうそう、「海を失った男」のときは、かなり特異な話なのに、真面目で硬く書いてるって印象だったけど、「不思議のひと触れ」の10編を読んだら、 この人は純文学としても充分堪能できる要素を含んだSFを書く作家さんだったのねとわかって、驚きつつも嬉しかった。
すみ 抜け出せないほど深い孤独感とか、特に家族内の、人が人に持つ複雑な感情とかを、ハッとするほど美しく、細やかに描き出してたよね。
にえ 余韻深かったよね。SF慣れしていない私には、なかにはSF的設定部分がけっこう読んでてキツイものもあったんだけど、それでも魅力のほうがはるかに勝っていて、先を読まずにはいられなかった。
すみ あとさあ、巻末にきっちりした解説がついてて、ありがたかったよね。1作ずつについても背景とか書いててくれて理解が深まったし、 スタージョンの生涯についてもかいま見せてくれて、どうしてこうも孤独感をありありと書けるのかわかって、いっそう好きになった。
にえ あなたはスタージョンが若い頃、「超絶ハンサム」だったってところに喰いついて、それでいっそう好きになったのではないかい? ずいぶんと長い時間、ネットでスタージョンの若い頃の写真を探していたじゃないの。
すみ それは私の好みじゃなさそうだったから、もういいのよ(笑) でも、この本はホントに良かったね。「海を失った男」で良い作家さんなんだなとわかりつつも戸惑ってたところもあるんだけど、この本を読んで、 すっかり魅了されてしまった。「海を失った男」でやめないでよかった。スタージョンを初めて読むんだったら、こちらのほうがオススメじゃないかしら。スンゴイ良かった。
<高額保険>
アルは溜まってしまった借金を返せずに頭がおかしくなりそうだった。そんなある日、郵便貨物車に宝石商が送った3万ドルの荷があることに気づいた。
にえ これはスタージョンにとってデビュー作にあたる短編なんだって。ミステリー短編だったよね。ミステリ作家を目指してたのかな。
すみ ごく短い小説なんだけど、上手いよね。文章の流れというか、持って行き方が。ニヤリとしちゃった。
<もうひとりのシーリア>
安アパートに住むスリムは、生まれつき他人の家が中に隠してあるようなものを見る癖があった。べつに秘密を握ってどうしようというわけではない。ただ、知ると落ち着くのだ。 ある日、まったくと言っていいほど特徴のない女性が同じアパートの上の階に越してきた。さっそく女性の留守中に部屋へ忍びこんだスリムだが、その部屋はまるで空き部屋のように人の住んでいる痕跡がなかった。
にえ これはおもしろかった。最後には私たちが知っている意外な事実と結びつけられてて、うひゃ〜と驚いたし、でも、読後は寂寞としたものを感じてシンとした気持ちになったし。
すみ 女性の秘密には驚いたよね。部屋に置かれた唯一の私物といっていい女性の鞄の中には、約千枚の無地のタイプ用紙が入ってるんだけど、それだけ言ってもわからないでしょう(笑)
<影よ、影よ、影の国>
継母であるグウェン母さんは、ガラスを割った罰としてボビーを部屋に閉じこめた。おもちゃを全部取り上げられてしまったけれど、ボビーには影絵で遊ぶことができた。そこには、影だけが住む別世界がある。
にえ これは前からタイトルだけ知ってて、読みたいと思っていた作品なんだけど、さすがに鳥肌もので良かった。
すみ 継母に嫌われ、どんどん内の世界へ入っていく子供の心理を含めた描写が素晴らしかったね。子供独特の空想と緊張感に満ちてて。私も鳥肌っ。
<裏庭の神様>
ケネスはどうしても嘘をついてしまう性分だった。結婚してまだ一年だというのに、ケネスの妻は正直に話せば赦すことまでケネスが嘘をつくので、愛想が尽きはじめているようだった。 憂さを晴らすためにケネスは裏庭に蓮池を掘っていた。
にえ ケネスは自分を神様だという石像を掘り出すの。その石像が願いを叶えてやるって言うんだから、ちょっと童話みたいな設定のお話。
すみ 見るからに怖い顔をした、性格の悪い神様と、嘘つき男ケネスの会話がコミカルで楽しかった。
<不思議のひと触れ>
人魚との約束どおり、男は夜の海を泳いでいった。ところが、待ち合わせ場所にいたのは人魚ではなく、見知らぬ別の女性だった。 女性は男の人魚と待ち合わせをしているという。
にえ これはとても綺麗な、綺麗なお話。なんだかスタージョン自身が、どうして自分が書いているようなSFが好きなのかを語ってくれているようでもあったな。
すみ 人魚という、だれにも言えない美しい秘密を持った、平凡な男女が出会い、会話をしながら共感していく、そういうお話なのよね。
<ぶわん・ばっ!>
一流バンドでタイコを叩くにはどうしたらいいかと訊ねられたジャズ・ドラマーは、最初にやったバンドの話をはじめた。仲間5人、叔父のつてでリバー・リゾートで演奏をやり、なかなか客受けはよかった。 ところが、演奏を休んで客席を歩いているうちに、勝手にドラムを叩き出したやつがいた。マニュエルという貸し船業を営む父親のいる少年だ。
にえ これはとびっきり素敵なお話。読んでると最後のほうには、一緒にスウィングしたくなっちゃう。
すみ 優秀で、利口じゃなければ一流のドラマーになれないと息巻く男は、突然現われた意外なライバルになにをしたのかって話。
<タンディの物語>
四人兄弟の二番目の子供、長女のタンディは5歳にして知的才能を発揮していたが、ギョッとするような人真似をしたり、叫び声をあげたりして、他人を苛立たせる才能にも長けていた。 タンディは汚い人形のブラウニーのため、裏庭に家を造りはじめたが、その家を見た母親は驚愕した。
にえ あとで巻末の解説を読んだら、この話に登場するロビン、タンディ、ノエル、ティモシーの四人兄弟は、本当にスタージョンの子供たちの名前なんだって、ビックリ。
すみ とても人間の子供とは思えないような、怖ろしいというか、凄まじいというか、凄い子供の話なのにね。自分の子供を見て、こういうことを想像しちゃうのかな〜、こわっ(笑)
<閉所愛好症>
クリスの弟ビリーは、クリスのやりたいこと、なりたいものをすべて実現してしまう。ビリーは今、宇宙士官候補生となり、将来を約束されている。一方、クリスは実家で、内に籠もりがちの毎日だ。 久しぶりにビリーが帰省した日、クリスの家に新しい下宿人がやって来た。それは、腰が抜けるほどの美女だった。
にえ なにか思いついて楽しく始めても、かならず弟に取り上げられてしまい、もうそれが当たり前のように思うようになっていたクリスのお話。
すみ 新しい下宿人の美女がクリスに持ちかけた話は、驚くような話なのよね。この本を読んでわかったけど、スタージョンはこういう家庭のなかにSFを持ち込むというか、純文学でも題材で扱いそうな家族内の機微に、 意外なSF的展開を持ってくるのが得意なのね、そこがおもしろい。
<雷と薔薇>
さまざまな国から一気に原子爆弾などを投下され、アメリカは死に瀕していた。わずかな生き残りで暮らすピートのいる基地でも、外に出られず、未来もない状況の耐えられず、 精神を病み、自殺する者が後を絶たない。そんななか、かつてのスター、アンシムが慰問に訪れた。
にえ 核戦争後の終末的世界を描いたSF小説。設定としてはありがちかなと思ったら、おそらくこれがそういう設定で書かれた最初の小説なんだって、すごいっ。
すみ 美しい歌手アンシムがみんなに向かって訴えかけたメッセージが引き起こした波紋とは、その裏に隠された秘密とはって話なんだけど、退廃的でありながら、華麗に美しいお話だった。
<孤独の円盤>
だれしもがするように、公園をそぞろ歩いていた平凡な女に、円盤がまとわりついた。円盤は壊れ、回収されたが、女はどうしても円盤に語りかけられた内容を話そうとしなかった。
にえ これといった取り柄もなく平凡で孤独な人間が異世界に触れて真実に出会う、本当に理解しあえる相手と出会う、これもスタージョンの小説のテーマみたいね。
すみ 円盤が語りかけた言葉に引き寄せられるように巡り会った男女。その言葉がまた良いのよね。何度も読み返しちゃった。