すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「廃墟の歌声」 ジェラルド・カーシュ (イギリス)  <晶文社 単行本> 【Amazon】
短篇の名手ジェラルド・カーシュ(1911年〜1968年)の13編の短編小説集。
廃墟の歌声/乞食の石/無学のシモンの書簡/一匙の偶然/盤上の悪魔/ミス・トリヴァーのおもてなし/飲酒の弊害/カームジンの銀行泥棒 /カームジンの宝石泥棒/カームジンとあの世を信じない男/重ね着した名画/魚のお告げ/クックー伍長の身の上話
にえ 私たちにとっては、「壜の中の手記」から2冊目のジェラルド・カーシュです。
すみ 偶然そうなってしまっただけなんだけど、結果としては出てすぐ読めなくて、かえってよかったね。
にえ そうそう、これはこれで良いんだけど、「瓶の中の手記」ほどの衝撃はなかったとか、前よりは小粒かな、なんて情報を充分にいただけてたから、 期待しない上で読めて、充分楽しめた。
すみ うん、「瓶の中の手記」と同等のものを期待しちゃうと、ほんのり肩すかしかも、だよね。これはこれで充分に楽しめるし、優れた短編集なんだけど。
にえ でも、カームジンのシリーズなんて、なんだかホノボノしたようなところもあって、「瓶の中の手記」とはまた違った楽しさがあったよね。
すみ 凄味に欠ける分、親しみがわくって感じかな。上手いか下手かっていったら、間違いなく上手い作家さんなんだから、読まないのは損。期待せずにノンビリ読むという条件付きで、オススメです。
<廃墟の歌声>
アンナンの廃墟に行こうとする私に、中央地帯の原住民の酋長は『悪い土地』に行くのは止めろと言った。そこはだれしもが恐れ、足を踏み入れることはない、決して行ってはならない場所だった。 酋長が止めるのも聞かず、アンナンの廃墟に入っていった私は、恐るべき生き物に出会った。
にえ 意表をつくほどのラストではないにせよ、その結末に至る過程で小道具のように使われた歌には唸るものがあったな。
<乞食の石>
酷く寂しい平原に、地面にめり込んだ石があった。乞食たちはその石のまわりに集まり、石を椅子のかわりにし、寝床のかわりにし、炊事場にし、待ち合わせの目印にした。だから平原の人々は、その石を「乞食の石」と呼ぶ。1906年のある夕べにも、 乞食たちはそこに集まり、その身に合わぬ豪奢な法螺話を語り合った。
すみ 皮肉な結末に読後はうすら寒くさえなるんだけど、それがなんとも快感なの。
<無学のシモンの書簡>
救世主イエスの使徒の一人であるシモンは、イエスの良き教えを広めるために旅をするうちに酷い扱いを受け、危うく死にかけていた。そこに現われた老人は、 シモンを自分の住む洞窟へ連れて行った。
にえ 助けてくれた老人はとても不思議な人。シモン以外の使徒が老人に会っていれば、結末は違っていたのかしら。真面目で誠実なシモンの手紙に、なぜか苦笑いが浮かんじゃう。
<一匙の偶然>
とある北部のじめじめと寒いレストランで、私はジーノの店にあったはずのスプーンを見つけた。ジーノは亡くなり、ジーノの店も今はないが、 面倒見の良いジーノのことを、まだ私たちは忘れていなかった。たとえば、ジーノの店によく来ていた、伯爵夫人と呼ばれる落ちぶれ果てた老嬢のこと、ろくでもないペテン師スタヴロもよく憶えている。
すみ ジーノの店の常連という以外には、なんの関係もなさそうな人たちが、話のなかでだんだんとつながっていくの。最後には、なるほどねとニンマリ。
<盤上の悪魔>
安い部屋を探しているシャクマトコという男と知り合い、私は自分の住む家賃が安いことだけが取り柄のアパートを紹介した。シャクマトコは私の隣の部屋に住むことになった。 良い隣人のように思われたシャクマトコだったが、私は夜中になって彼の大声で起こされてしまった。シャクマトコは自分につきまとう悪霊が、チェス盤をひっくり返したと訴えた。
にえ 長年にわたって悪霊に追い回れているシャクマトコはどうなるのでしょう。まあ、予想できる結末ではあるんだけどね。
<ミス・トリヴァーのおもてなし>
エレンタウンに行くために通り過ぎるはずだったミドルバーグで、ぼくの車は止まってしまった。ミドルバーグは廃工場や朽ちかけた鉄道乗換所などがあるだけの、見るもののない、町として機能さえしていない見捨てられた町だった。 さいわいにも、助けを求めてドアを叩いた家に住んでいたミス・トリヴァーは親切な老嬢だった。この人はちょうどハロウィーンで、ミス・トリヴァーの家にも仮装をした子供たちがやってきた。
すみ これもまあ、結末はわかっちゃうかなってところなんだけど、明から暗の切り替わりがビシッと決まっているお話だった。
<飲酒の弊害>
とあるカクテル・パーティーで、私はドクター・アルムナという、小柄で頭の回転の速い精神科医と出会った。ある兄と妹に起こった身体的交感の話を聞いたアルムナは、自分の知っている兄弟の話をはじめた。 その兄弟は、なんと兄が飲酒をすると、まったく酒を飲まないはずの弟が慢性アルコール中毒と肝硬変に苦しみ、兄が喫煙をすると、煙草を吸わない弟がニコチン中毒からくる不整脈に苦しむのだ。
にえ これまた早々とオチは見えたかな。でも、小話的な楽しいお話。まあ、楽しいといってもカーシュ作品の楽しいだからダークなんだけど(笑)
<カームジンの銀行泥棒>
作家である私の友人カームジンは、巨体にニーチェ風の大仰な口髭をたくわえた、強烈な個性を持つ男だった。彼はいつでも懐がさびしく、煙草銭にすら不自由をする生活だが、 語る過去の話はいつもスケールが大きかった。これはカームジンが銀行の金を盗むために完全犯罪を成し遂げた話。
すみ ここから4つはカームジンのお話です。カームジンの昔話は、みんな迫力満点で、しかも滑稽でもあるの。
<カームジンの宝石泥棒>
カームジンはかつて、二万ポンドの値打ちはあるはずのダイヤモンドのネックレスをまんまとせしめた。機知に富んだその方法とは?
にえ 最後まで読むと、なるほどそういうことかとわかるんだけど、これは上手いな! と笑ってしまうよ。
<カームジンとあの世を信じない男>
ある豪奢な屋敷のそばにある崖で、カームジンはその男と出会った。男はもともと屋敷の召使いで、主人に気に入られてすべての遺産を受け継いだらしいのだが、そこには殺人が絡んでいるらしい。
すみ これまた滑稽なお話。最初は奇譚ものかなと思ったんだけど。
<重ね着した名画>
カームジンはかつて、ゴーギャンの贋作で一儲けしたことがある。それには、ただ現存する作品を模写するのではなく、画家本人が描いたとしか思えないようなオリジナル作品の贋作が描ける才能を持つ、 モロッソという男の協力が必要だった。
にえ これは本格的に滑稽な話。重ね着した服を脱いでいくように、絵からオーバーコートが剥がされていくたび、カームジンには大金が転がりこむの。
<魚のお告げ>
ウェールズの谷間のひとつにある酒場『犬と剣』亭で、私はグリフィス・グリフィスという男に出会った。彼は貴族の出で、歴史の博士号を持つ立派な男だったが、今は故郷を捨て、この地にいた。 それにはしゃべる魚との出会いと、見たこともないような美しい指輪、それに魚が教えてくれた財宝のありかが関わっているらしい。
すみ これは幻想奇譚もの。ダークで妖しげな世界が無言の重圧で迫ってくるような、迫力がありました。ゾワゾワしたなあ。
<クックー伍長の身の上話>
1945年、第二次世界大戦が終わって欧州で戦った大量の兵士が汽船クイーン・メアリ号でニューヨークに向かった。従軍記者である私もまた、その船に乗っていた。私は船内でクックー伍長という男と話をする機会を得た。 クックー伍長の体には無数の傷があり、そのどれかひとつでも、他のものが負えば死んでしまうような致命的な傷だった。彼はなぜ、生きているのか。
にえ これも奇譚ものといっていいかな。たとえ他がガッカリだとしても、「魚のお告げ」とこの「クックー伍長の身の上話」は満足なさるんじゃないかしら。凄いものを書くなあ。