すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「蟻の革命」 ベルナール・ウェルベル (フランス)  <角川書店 文庫本> 【Amazon】
19才の少女ジュリー・パンソンは、優秀な学生だったはずなのに、信奉する声楽の先生の自殺ですべてが狂ってしまった。今では精神的にも混乱して拒食症気味だし、バカロレア(大学入学資格試験)に落ちつづけ、 3回めの高校三年生をやっている。ある日、ジュリーは水資源森林司法局長である父とフォンテーヌブローの森を散策中、あやまって谷底に落ちてしまった。父を呼んでも聞こえないのか、助けに来てくれない。自力で谷から抜け出そうとあたりを見まわすと、 幸い、谷から外へと続いていそうなトンネルを見つけた。思い切ってそこに入ってみると、箱が落ちていた。ぶじに家に帰り着けたジュリーは、さっそくその箱を開けてみた。箱の中に入っていたのはエドモン・ウェルズなる人物によって書かれた、「相対的かつ絶対的知の百科事典(エンサイクロペディア)」という本の第三巻だった。 一方、”指”との生活から抜け出した兵隊アリの103683号は、迫りくる危険と、”指”との交流の必要性を報せるため、故郷の都市ベル・オ・カンに向かっていた。
にえ 角川文庫ではじまった、ウェルベル・コレクションの3冊めです。私たちが、なんで前の2冊を飛ばして3冊めからなのかというと、前の2冊は、 他の出版社が出していた本で読んでいたからです。
すみ そんなことより、待望の蟻シリーズ三作めだよね。これは私たちが前に読んだ「」「蟻の時代」とあわせて三部作ものとなってるの。
にえ ウェルベルによると、「蟻」はアリと人間、ふたつの文明の出会いを描いていて、「蟻の時代」はその対立が主題、で、この「蟻の革命」は二つの文明がお互いを壊滅させることなどできないと気づき、協力関係を結ぶお話なのだそうな。
すみ ウェルベルはそのことを直接自分で語るんじゃなくて、小説の中でアリに語らせているのよね。アリが逆から見て小説を書いているという。読んでて、ニヤッとしたし、うんうん、その通り、と思っちゃった。
にえ もちろん、まだの人は「蟻」から読んでいただきたいのだけど、ホントにおもしろいの、この三部作。
すみ 昆虫好きなら、アリを愛する気持ちだけでここまでおもしろい小説が書けるものなのか! と感動しちゃうよね。
にえ 3作とも、大まかな進行のしかたは同じなの。人の世界の話とアリの世界の話、それからエンサイクロペディアという本からの抜粋、この3つが短い章で交互に積み重ねられていくの。
すみ アリの世界はベル・オ・カンというアリの巣が舞台なのよね。アリの巣っていっても、ちんけな穴を想像しちゃいけません、文明の進んだ、巨大な要塞都市なの。
にえ たった一匹の女王アリが君臨する世界とはいえ、アリたちはそれぞれの独創性をもって活発に暮らしているし、物語のなかだけじゃなく、本当のアリがどれだけ賢いかが読んでいるとわかってきて、 ホントにホントに驚いちゃうよね。
すみ アリたちは人間のことを”指”って呼んでいるの。アリは近視で、大きすぎる人間の全体像を把握できないから、自分たちをつまみ、潰そうとする指だけが最初は独立した生き物だと思いこんでたみたい。
にえ 「蟻の革命」では、アリの世界のお話は、103683号、略して103号という、一匹の兵隊アリが主人公。103号はアリ十字軍遠征で人間に捕らえられ、そこでアリ用の超小型テレビを見せられて、人間社会を知り、そこで知り得たことを故郷ベル・オ・カンに報せに行こうと旅をしているの。
すみ それだけだと、な〜んだ、突飛な設定のSFチックなファンタジーか、と思われちゃうかも。もちろん、このシリーズはアリのことを知り尽くした作者が書いているとはいえ、かなり空想をまじえたファンタジックなお話になってるんだけど、 読むとものすごく説得力があって、しかも哲学的でさえあって深く考えさせられ、けっして安っぽちくはないのよね。そこは強調しておきたい。
にえ 103号は帰り道で、故郷で、自分と同じ十字軍の生き残りと再会し、それぞれが十字軍遠征で人間を知ってしまったことを、どう解釈し、どう発展させていっているのかを知るの。
すみ 人間社会では、ジュリーという19才の少女が主人公。ジュリーはエンサイクロペディアを拾うことで、アリや他の様々な知識を得て、どんどん変っていくのよね。
にえ ジュリーはかなり危なっかしい女の子で、最初のうちは読んでいてかなり心配になったな。なにせエンサイクロペディアに載っていた火炎瓶の作り方を読んで実行し、学校に投げ込もうとしたりするんだから。
すみ ジュリーの気持ちは痛いほどよくわかるしね。思春期の混乱と焦燥とでもいえばいいのかしら、そういう状態で、大人たちの偽満とか、社会とかに疑問や怒りをたっぷり持ってるのよね。
にえ そのうちに仲間を得て、自分を表現する場を得て、よかった、よかった、キラキラの青春物語ね、なんて思ってたら、これがもうとんでもないことになっていくの。びっくり。
すみ そして、エンサイクロペディアだよね。これはアリへの理解を人間に訴える本なんだけど、それだけではなくて、読む人を考えさせるような、いろんな知識が詰まってるの。
にえ たとえば、マヤ文明の予言カレンダーって知ってたかしら? それから、中国の成都で2万人の子供が一度に殺されたことがあるって知ってた? トマス・モアが夢見ていたユートピアって、具体的にはどんな世界か知ってる? そういう情報がたっぷり詰まっていて、一見、 本筋とは関係ないんじゃないの、と思わせるけど、読者をある方向に導いて行ってるんだなってだんだんわかってくるんだよね。
すみ あと、クイズ番組も健在だよね。前作にも出てきたテレビのクイズ番組を、今回も見てる人がいるの。6本のマッチで、8つの同じ大きさの正三角形を作る方法ってな〜んだ?(笑)
にえ とにかくこの三部作、勢いが衰えることもなく、きっちり3作ともおもしろかった。とくにこの3作めは、1作め、2作めでちょこっと感じていた稚拙さもなくなって、小説としてもこなれてきたって感じがしたし。ファンタジックでおもしろく、知識もたっぷり詰まっていながら、アリを通して人類がこれから地球でどう生きればいいのかを問いかけてくる、哲学的な本でもあったりして。
すみ 今回はコンピュータの可能性と危険性についても語られてたよね。こうしてネットで私たちのおしゃべりを見てくれてる方には、興味深いところじゃないかな。 もちろん、オススメです。あ、「蟻」「蟻の時代」「蟻の革命」の順番でね。前2作読んで、これを迷ってる方もぜひぜひ。