すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「昏(くら)き目の暗殺者」 マーガレット・アトウッド (カナダ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
1945年、妹のローラは車ごと橋から転落して死んだ。1947年、富豪の夫リチャードは、 ヨットのなかで脳出血を起こして死んだ。1975年、一人娘のエイミーは、薄汚いアパートメントの 地階で階段から落ちて死んだ。本当に事故なのか、病なのか。すべての死にたいする責め苦は、だれが負うべきなのか。 財産も、愛する人も失って、元お手伝いの娘の世話になりながら、一人孤独に暮らす老嬢アイリスは、 今、紙に向かって真実を書き記す。けっして会いには来ない孫娘のために。
ブッカー賞受賞作品
にえ マーガレット・アトウッドの2000年度ブッカー賞受賞作品です。
すみ 邦訳出版される前から、すごい、すごいと噂に聞いて楽しみにしてたんだけど、噂以上にすごかったね。
にえ 1926年にフリッツ・ラングって映画監督が「メトロポリス」という サイレント映画を撮ったとき、ある人が絶賛を超えて、「映画界は始まったばかりなのに、こんな映画を撮ってしまった ラングは映画界を終わらせるつもりなのか」とかって言ったそうだけど、この2000年度ブッカー賞をとった小説「昏き目の暗殺者」は、 20世紀の文学をこれで終結させるつもりで書かれたのかしらと言いたくなるような作品だった。
すみ すべてを集結させて終決させたって感じだよね。ミステリー小説、SF小説、ハードボイルド小説、 恋愛小説、ゴシック風小説、そして20世紀の歴史小説であり、オーソドックスな一族ものであり、女の一生ものであり、と20世紀に膨らみまくった小説のあらゆるジャンルを ひとまとめにした小説なの。
にえ それに加えて、譬えを多用した、うねるように流れる濃厚な文章でしょ。芳醇な文学の芳香に 酔いしれてしまいましたわよ(笑)
すみ 構成はけっこう入り組んでるんだよね。これもまた、20世紀文学の特徴って言えるのかな。 主人公の老嬢アイリスの回想録と、アイリスの死んだ妹ローラが書いて、いまだに賞賛されつづけている小説「昏き目の暗殺者」と、 過去の新聞記事が切れ切れに入って、進んでいくの。
にえ といっても、同時進行じゃないのよね。過去の新聞記事はアイリスの語る時代よりずっと先のことが書かれてて、 まるで予告編のようだったし。
すみ ローラの小説「昏き目の暗殺者」は、最後のほうになるまでは、まったく浮いた存在だったしね。 最後にはまとまっていくんだけど。
にえ アイリスとローラは二人だけの姉妹で、ボタンの大量生産をする工場で財をなした、 裕福なチェイス家の娘なの。裕福といっても地方レベルだけど。
すみ 母親が早くに亡くなって、ほとんどお手伝いさんのリーニーに育てられるのよね。 学校にも通わず、家庭教師も定着せずで、少女時代の思い出は、アヴァロン館に暮らすアイリスとローラとリーニーのほぼ三人だけの世界。
にえ 父親のノーヴァルは、娘たちをどう育てたらいいかまったくわかっていないみたいだったしね。
すみ ノーヴァルはまじめで、工場で働く労働者のことをつねに最優先で考えるような人だったんだけど、 まあ、そういう性格も災いして、娘たちが十代の後半にさしかかる頃には、一家の財政は逼迫し、工場はのっぴきならない状態に。
にえ 18才になったアイリスは父親に乞われるまま、同じ業種の工場を持っているけれど、 チェイス家よりもずっと羽振りのいいリチャード・グリフェンのもとに嫁ぐことになっちゃうの。
すみ リチャードはアイリスより16才も年上。押しつけられた結婚に 恋愛感情があとから芽生えるっていうのは難しいよね。
にえ しかも、リチャードにはウィニフレッドという妹がいて、この妹が兄リチャードの 出世を信じ、自分の人生を賭けちゃってるって人で、二人の結婚生活までも取り仕切っちゃおうとしているんだから、やっかい。
すみ リチャードもウィニフレッドを頼り切ってるしね。
にえ そして、ローラの書いた小説「昏き目の暗殺者」。ローラって子は、 かなりエキセントリックというか、純粋すぎて扱いづらいところもある永遠の少女のような女性なのよね。
すみ ローラの「昏き目の暗殺者」は二重構造。人の道ならぬ逢瀬を繰り返す男女と、 その男のほうが女に語るSF小説「昏き目の暗殺者」が交互に現れては消え、という。
にえ SFのほうは、遠き時代の遠き星で、邪神の生け贄になろうとしている舌を抜かれて言葉をしゃべれない少女と、 盲目の暗殺者となった少年のお話。
すみ あとは新聞記事、そして書簡など。ということで、とにかく複雑な作りだよね。謎が謎として最後のほうまで残っていくし。
にえ でも、謎解きのほうに気をとられすぎたり、ストーリーを追うことに 気を遣りすぎちゃダメでしょ。あくまでも、芳醇な文学の芳香に酔いしれてくれなくっちゃ〜(笑)
すみ そうね。とにかく、文章の一つとして読み逃したくなくて、なめるように、しかも夢中で読みふけってしまった。アトウッド、凄すぎっ。