すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「かばん」 セルゲイ・ドヴラートフ (ロシア)  <成文社 単行本> 【Amazon】
ロシアからアメリカに亡命して四年、セルゲイ・ドヴラートフの家族は妻に、娘、息子を加えた四人になり、 幸せに暮らしていた。ところが、おしおきで息子がクローゼットに閉じこめられたことで、セルゲイは忘れかけていた スーツケースを見つけた。それは、亡命の時に持ってきた唯一のかばん、セルゲイはスーツケースの中身を一つずつ 取り出して、それにまつわる思い出を語りはじめた。
以前にご紹介した、セルゲイ・ドヴラートフ「わが家の人びと」のご紹介はこちら
にえ 私たちにとって、2冊めのセルゲイ・ドヴラートフです。といっても、 かなり間があいちゃったけど。
すみ これは前回ご紹介した「わが家の人びと」となかり似た設定だったよね。 いちおう、セルゲイの自叙伝。ただし、どこまでが本当で、ホラ話がどれくらい混じっているかはわからない。
にえ 「わが家の人びと」は家族のエピソードを紹介してたけど、「かばん」は ソビエト時代のセルゲイの青春時代のエピソードを紹介、なんだよね。
すみ ソビエト時代のロシアって灰色のイメージなんだけど、セルゲイが語る ソビエトの人びとは、生き生きとして、鮮やかな色があるよね。
にえ もちろん、圧政はあり、本当は大変だったんだろうけど、みんな負けずに 元気いっぱい生きてる姿が、人間っていいなあとうれしくなっちゃう。
すみ ホラも混じってるんでしょ、と言われたらそれまでなんだけど、つらい時代も こうやって、明るく、生き生きとした話にしてしまえるところに、ロシア人の本当の姿があると思いたいよね。
にえ どれも、ただおもしろいだけの話じゃないの。笑いの中にも生きることの喜びや 悲しみが詰まってて、読み終わるたびにジンと来ます。みんなに読んでもらって、ロシア文学=暗い、重い、長ったらしい、の 誤解を解いてもらいたいな〜。
すみ それぞれの品物を手に入れるまでのエピソードが抜群におもしろいし、 意外性に富んでいるの。ロシアって部分を抜いても、これほど素敵な話の書ける作家さんは、なかなかいないと思う。 読んだらきっと、セルゲイを好きになると思うなあ。
<フィンランド製の靴下>
セルゲイがレニングラード大学の学生だった頃。お金のないセルゲイは密輸入の手伝いをすることにした。 最初の仕事は、商品を持ってきた二人のフィンランド女性のお出迎えだった。
にえ え、密輸?!と思って読みはじめたけど、なんともまあ、のんびりとした 話で。密輸という言葉の響きとのギャップが異様なほどおかしかった。
すみ フィンランド人女性とロシア人男性の会話もなんだか間抜けてるし、 この緊張感のなさがいいのよね。
<特権階級の靴>
セルゲイが市長から靴を盗んだ顛末。セルゲイは、レーニン像やマルクス像をつくる彫刻家のもとで働いていた。 そこで新しい地下鉄に置くロモノーソフ像をつくることになったのだが。
にえ レーニン像やらマルクス像やらを雑に作って、需要があって儲かるというのが ソビエト裏事情って感じよね。
すみ 緊張感のない式典がまたおもしろかった。どこに行ってもウォッカ飲ん で、盗みもするけどノホホンとしてて、なんだろうなあ、この人たちは(笑)
<ダブルボタンのフォーマルスーツ>
新聞社の社員として働いていたセルゲイは、体が大きいばかりに、やたらと葬式に行かされた。棺桶かつぎに ちょうどよかったのだ。だが、フォーマルなスーツを一着も持っていなかった。なんとか社費でスーツを買ってもら おうとしたセルゲイが、ひょんなことから高級なスーツを買ってもらえた出来事とは。
にえ 今度はスパイが登場します。これまた、緊張感のないスパイなんだけど。
すみ KGBまですっとぼけてるのよね(笑) でも、この作品一つ読んでも、 公然と自分が反体制派だと名乗ってる人たちがいたのねえとホッとしちゃう。
<将校用ベルト>
1963年の夏、兵士としてコミ共和国にいたセルゲイは、体が大きいばかりに、精神に異常をきたした 囚人を施設に連れて行くことを命じられた。仲間の兵士チュリーリンとともに、ウォッカを隠し持って出かけた セルゲイだったが。
にえ 今度は軍隊。といっても、あいかわらずセルゲイはダラダラしてるし、 軍の規律はゆるゆるだし。
すみ クライマックスの軍法会議があんまりおかしくて、声を出して笑って しまった。
<フェルナン・レジェのジャンパー>
素晴らしい俳優にして最高議会の代議士である父親を持つアンドリューシャとセルゲイは、母親が友達だったばかりに 物心つく前からの幼なじみだった。大人になったアンドリューシャとセルゲイは、それぞれの階級なりの友人 を選び、妻を選んだ。
にえ これまでは、ソビエトの中でも庶民も庶民な人たちの暮らしばかりのぞいてきたけど、 ここで初めて、セルゲイが見た特権階級の人びとを見ることができます。
すみ といっても、やっぱりノホホンとしてるのよね。べつに批判もなく 語るセルゲイにも、のんびり海外旅行なんかしちゃってるご婦人にも、これが本当にソビエト?ってびっくり。
<ポプリン地のシャツ>
選挙に行けと言うために、各家をまわるアジテーターがセルゲイの家にも来た。エレーナという女性だ。 セルゲイはエレーナを食事に誘った。それがセルゲイの未来の妻だった。
にえ 「わが家の人びと」の時もそうだったけど、奥さんのことを語るときだけは、 セルゲイの語り口のトーンが変わるよね。
すみ 好きかどうかもわからないまま結婚した二人が、おおよそ理解もしあえない まま一緒に暮らす。どっちもいい人だから、読んでて切なくなるよね。
<冬の帽子>
新聞社の文芸部には、たった一人しか女性がいなかった。その女性が服毒自殺をしたため、 他の男性はうち明け話をせずに入られない気分だった。
にえ 自殺?!と驚くけど、やっぱりノホホン話に行ってしまうのだ(笑)
すみ セルゲイの話は、チラッチラッと圧政の中で暮らす苦しさがかいま 見えるけど、それでも人びとの行動の、ほんのわずかな笑える部分を見逃さないからスゴイ。
<運転用の手袋>
できの悪い新聞『タービン製造者』の代表だったセルゲイと、能なしで退屈な新聞『ショット』の代表 シュリペンバッハは、社内新聞の協議会で知り合った。シュリペンバッハは皇帝ピョートルを主人公にした コメディー映画を撮るつもりだが、その主人公ピョートルをセルゲイに演じてほしいと言う。
にえ 反体制的な映画をこっそり撮れちゃうなんて、本当なんでしょうか。
すみ それにしても、見たい気も起きないような、ひどそうな映画だけどね え(笑) こんなの撮っちゃったら、ぜったい海外で話題になるぞって意気込んでる若々しさがよいなあ〜。