すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ムーンタイガー」 ペネロピ・ライヴリー (イギリス)  <朝日出版社 単行本> 【Amazon】
学識者たちからは歴史家とは認められないまま歴史の本を出版しつづけ、世間では高い評価を受けてい た女性クローディアは、今、病院で最期の時を迎えている。クローディアが思い出すのは自分自身の生きた 歴史。ひとつ違いの兄ゴードンとの屈折した愛情、第二次世界大戦中、エジプトで女性通信員として活躍し ていた頃に知り合ったトム、一人娘リーザをもうけながらも、結婚もせずにつきあいつづけた男ジャスパー、 不運な運命からすくい上げようとした青年ラズロ……。終焉を待つクローディアの瞼に最後に映るのはだれ なのか。
<おまけ> 翻訳されているブッカー賞受賞作品
にえ 2年ぐらい前だっけ、この作家さんの『ある英国人作家の偽り と沈黙』という本を読んで、とても良かったから、ぜひ他の作品も、と思ってたんですが、今になってしまいました。
すみ 『ある英国人作家の偽りと沈黙』っていう本は、題名がなんだか 凄いんだけど、中身は読みやすいし、味わい深いし、ホントよかったよね。
にえ 伝記作家マーク・ラミングって人が主人公で、20世紀前半に 活躍した作家ギルバート・ストロングの伝記執筆にとりくんでいるの。で、このストロングって人が、 なんだか人づきあいが悪かったらしくて情報も少ないし、おまけに故意に自分の過去を未来の伝記作家に 隠そうとしていた形跡があって、存命の知人たちの証言は食いちがってるし、手掛かりはないし、で苦戦 しちゃうの。
すみ それで一生懸命探っているあいだに、マークはストロングの 孫娘に出会い、かなり変わった娘なんだけど、その個性に惹かれだし、ストロングの過去がやっとわかって みると、驚くべきロマンスがそこに隠されてたのよね。ちょっと歴史ミステリーを意識した魅力的なお話。
にえ で、この作家さんはいつも、歴史を意識した話作りをする方だ そうで、この『ムーンタイガー』もそうなの。
すみ 『ムーンタイガー』はブッカー賞をとってるのよね。ほかにも、 名だたる文学賞をあれこれとってるし、ブッカー賞候補にはたびたび名前があがってるし、イギリスを代表 する女流作家の一人みたい。
にえ ペネロピ・ライヴリーは、エジプトのカイロで生まれ、12歳 でイギリスの寄宿学校に入るまで、正規の教育は受けず、家庭教師の教育だけを受けていた人だそうで、 この本は、そういう実体験が濃く影響している小説だったよね。
すみ ただ、『ある英国人作家の偽りと沈黙』と比べると、散文的で 読みづらかった。オススメと言っていいのかどうか……。
にえ あっちにこっちに飛び散った話を、主人公の強い個性に引きず られるようにして読んだって感じだったよね。
すみ クローディアは頭が良くて、燃えるような赤毛の美。本人はつね にその両方を意識しながら生きてきたような人なの。
にえ 尊大、独善的、そういう悪口がピッタリな人だよね。
すみ 批判されようが、孤独を味わおうが、まったく平気で一人で 生きられる強い女性で、そのぶん他人に辛辣だし、冷たいし、自分さえ目立てばいいっていうようにも 見える。
にえ それに、愛している男性にたいしても、競争心むきだしだよ ね。いつも戦ってなくちゃいけない人なのよね。
すみ 物心ついたときには、すでに一歳年上の兄ゴードンとはりあ って、激しい罵りあいを繰り広げてる。
にえ そのゴードンとは、大人になってからも張り合いつづけ、 互いをうち負かそうとすることで愛しあうという不思議な関係を保つのよね。
すみ ゴードン以外で、一番長く一緒にいる男性はジャスパーなん だけど、ジャスパーもまた金持ちになりたい、有名になりたいという意識の強い人で、クローディアとは 張りあう仲だよね。
にえ とにかくクローディアは、だれかに頼ろうなんて考える女性 じゃないからね。だから、娘のリーザといい関係を保てるわけもなく、リーザは二人の祖母のあいだを往き 来しながら、クローディアとはどこかよそよそしい母子関係になってしまう。
すみ クローディアはそれすらも後悔してないのよね。私はそうい う女だから、それでいいって感じで。
にえ そんなクローディアが最期に思い出すのは、第二次世界大 戦中の混乱するエジプトで愛しあった男性トム。
すみ ムーンタイガーっていうのは、蚊取り線香の商品名なん だけど、そのムーンタイガーの匂いと小さな赤い光、生と死のはざまにいるエジプトでの日々、トムとの 短い愛がクローディアの「核」なのよね。
にえ 「核」といっても、昔の思い出だけにすがって生きていると いう意味ではないよ。歴史を語ることの重要性を悟ったとか、宗教の無意味さを知ったとか、そういう 人生哲学を確立したという意味の「核」だよ。
すみ もちろん、男性を愛することを知ったという意味でも「核」でしょ。
にえ そういったクローディアの人生が、歴史とともに散り散り に現れては消え、かなり純文学〜な作品でした。私はかなり好きだけど、人に勧めるのはためらうな。
すみ これからちょっとブッカー賞受賞作品を制覇しようかと 思って、翻訳されているブッカー賞受賞作品をひとまとめにしておまけにつけました。興味のある方はご参照ください。