本日の授業が終了し、必然的に放課後がやってくる。 部活に行くか、家に帰るか、友達とだべっているか、大体がその三つに分類されると思うのだが、その中のごく少数の人間には、学校運営に関わる職務についていた。 職務と言っても、自らの意思でなったものであるため、その職務を遂行するための時間をエスケープするような人間はいない、・・・・たぶん。 そういった職務についている生徒の中でもその頂点に立っているのが、今、自分の教室から生徒会長室へと歩いている、松本だった。 中学時代は生徒会執行部に所属していたようだが、高校生になってからは生徒会長の座に着いている。もともと人望はあったが、会長になることになった経緯は、実は副会長の橘のみが知っているとかいないとか。 なにはともあれ、松本はいつものように廊下をスタスタと歩いてたのだった。 「あれは・・・・」 このまま何事もなく生徒会長室に着く予定だったが、ぼ〜っと外を眺めている人物の姿を見つけた瞬間、思わず足を止めていた。 「珍しいな。執行部には顔を出さないのか?」 「あとで出すからご心配なく。会長」 校内で堂々とタバコを吹かしている久保田に、改めて注意をするような人間は荒磯にはいない。それは松本とて同じことで、中学時代からそうした姿を見ているので今更という感じである。 くわえタバコをしながら窓際に立っている久保田の横に、松本は同じように立った。 「この寒い中、わざわざ窓を開けることはないだろう」 「寒いケド、まあなんとなくね」 「なんとなくで開けるのか?」 「俺はね」 久保田の返事に松本は肩をすくめた。 外は昨夜からの雪で、すべてが白く染まっている。 寒さに少し身を震わせながら松本が外を見ると、雪の積もった裏庭で、雪合戦をしている元気な男子生徒が四名いた。 「イテッ、ちくしょう!」 「あはは、パーカっ!」 「なーんて、笑ってるヤツにはこうだっ!」 「そう言ってる自分も油断大敵!」 別にチームに分かれてるわけではなく、自分以外に無差別に雪だまを投げている感じである。しかし、かなり楽しそうだった。 「あれは、執行部員じゃないのか?」 「だぁねぇ」 「公務は?」 「現在、外で元気に遊ぼうキャンペーン中〜」 「なんだそれは」 「なんだろうねぇ」 外の騒ぎに参加するでもなく、暖かい室内に戻るでもない。 久保田は松本と会話している間も、ずっと執行部員の様子を眺めていた。 「室田っ、てめぇ〜」 「俺のは特別制だからなぁ」 「んなデカイの投げんなってのっ! 普通のヤツ作れっ!」 「って言ってる時任にスキあり!!」 「うわっ!!」 投げている内に、なぜか相浦、松原、室田の攻撃が自然に時任に集中していく。 様相は三対一という感じになってきていた。 「いいのか、あれは?」 松本がそう聞いたが、久保田の表情はいつものままで変わらなかった。 「まあ、楽しそうだからな」 そう松本が付け加えて言うと、 「まぁ、気持ちはわからなくもないケドね。嫌がる時任の反応って面白いからさ」 と、久保田が小さく笑う。 その視線は時任だけに集中していたのだが、松本は少しもそのことには気づいていなかった。 「だったら参加してきたらどうだ?」 そう松本が進めると、久保田の口から予想に反した答えが返ってきた。 「そうだなぁ。そろそろ、そうした方が良さそうかもね」 「誠人?」 まさかあの雪合戦に参加すると言い出すと思っていなかった松本は、ちょっと驚いて久保田を見た。すると久保田は、なぜか窓枠に両手をかけていた。 「それじゃあ、まっ、そういうコトで」 「それじゃあって・・・・」 松本が何か言いかけた瞬間、久保田の身体が窓枠を乗り越えて外へと踊り出た。 「なっ、なにを!」 叫んだが、すでに久保田の姿は見えない。 「・・・・ここは二階だぞ」 ボソッと呟いた松本の言葉通り、久保田ののぞいていた窓は二階だった。 どうやら本気で二階から飛び降りたらしい。 まあ、久保田がケガをするとも思えないが、松本はしみじみとした口調で、 「変わったな、誠人」 と、呟いていた。 始めに雪合戦を言い出したのは時任だった。 だがしかし、雪合戦をしている内に、いつしか合戦ではなくなっていた。 「てめぇらっ、なんのつもりだっ!!」 「だってなんか楽しいし」 「なぁ?」 後でのことなど考えていないのか、松原と相浦が楽しそうにうなづき合っている。 普段の恨みとかいうのではなく、純粋に時任の反応を面白がっているようだった。 「同感、同感」 そう言ってる室田ももちろん同じである。 そうしている内に、背後に回りこんだ室田が腕をガッチリと掴み、じたばた暴れてる時任の動きを封じた。そして、イタズラっぽい表情を浮かべた松原と相浦が時任の背中に雪を入れ始めたのである。 「ぎゃ〜!!やめろっ!! ヘンタイ、バカ、覚えてやがれ!!」 さすがの時任も、それなりに腕に覚えのある執行部員三人に囲まれては分が悪い。 特に室田は見かけ通りに力があるので、なかなか腕を振りほどくことができなかった。 「くっそおぉぉっ!!」 時任の絶叫が裏庭に響いたと同時に、 「うわっ!」 「げぇっ!」 「うおっ!!」 という三人の悲鳴が校舎に反響した。 身体が自由になった時任が、何事かと周囲を見渡すと、そこにはみっともない格好で転げている三人の姿がある。よくわからないが何かあったらしい。 雪が付いている所を見ると、雪だまでもぶつけられたような感じでだった。 「あれっ、久保ちゃん。雪合戦やらないっつってなかったけ?」 三人の倒れた先には、いつの間にか現れた久保田が立っている。 時任が不思議に思ってそう尋ねると、久保田は三人の横を素通りして時任のそばに歩いてきた。 「あんまり楽しそうだからさ。俺も混ぜてもらおうと思ったんだけどね」 「だったら初めから参加しろっての。久保ちゃんのせいで、ヒドイ目にあったんだからなっ」 言葉が無意識に省略されているので、まるで久保田が悪いように聞こえるが、時任が言いたいのは、相方である久保田がいないから集中攻撃なんてされてしまったと言っているのだった。 相方っていうのは、常に隣にいるもの。 それが時任の理屈だった。 「それじゃあ、そろった所で再開といきますか?」 微笑ながらそう言った久保田に、 「おうっ、やってやるぜっ!!」 と、時任が元気良く答える。 こうなれば、誰もこの二人に適う者はいない。 二人と一人では、雰囲気も気迫も違う。 ハッと自分の置かれた状況に気づいた三人は、ダッシュで校舎へ向かって逃げ出した。 「逃げんなっ!! 仕返しまだすんでねぇ!!」 時任がそう叫ぶと、 『仕返しされてたまるか〜!!!』 と三人同時に叫び返した。 だがしかし、時任と久保田の連携プレーによる雪だまによって、三人は再び転倒した。 時任のは普通だが、どうやら久保田の雪だまはどこか違うような感じである。 「くしゅん・・・・」 そんな感じで、二人が攻撃を続けていると小さなくしゃみが時任の口から出た。 さっき、背中に雪を入れられたせいである。 「なんか、背中がゾクゾクしてきた」 身体が冷えてきたのか、時任が自分の肩を抱いてそんなことを言う。すると久保田がポケットから取り出したハンカチで服の下から手を入れて背中を拭いてやりながら、 「風邪、引かなきゃいいケドね」 と、言った。 その時の久保田が見ていたのは、時任ではなく後の三人。 相浦、松原、室田の三人は、その場で頭が雪のように真っ白くなったらしく動かなくなった。 (頼むから、風邪ひかないでくれ) そう、三人は祈っていたに違いない。 時任と久保田は風邪を理由に公務を早退し、雪に濡れたまま公務をした三人は見事に風邪をひいたのだが、そんな三人を見た桂木は、 「ばっかじゃないの」 と、一言で切ったらしい。 久保田の雪だまがどんなモノだったのか、それは未だ謎である。 |
2002.2.21 「雪の日は楽しく」 *荒磯部屋へ* |