「昨日は寒かったけど、今日は天気良さそうだねぇ」
 「そーいや、天気予報で降水確率ゼロって言ってたような気ぃするけど」
 「あ、洗濯モノたまってるから、やっといてくれる?」
 「わぁったっ」
 「そんじゃ、バイト行くからあとヨロシク〜」 
 「おー…」

 朝じゃなくて昼に起きて二人で冷蔵庫の中のモンをてきとーに食った後、そんなカンジで久保ちゃんが二人分の生活費稼ぎにバイトに行った。
 そーすっと部屋ん中に一人ってコトになんだけど、ガキじゃねぇから当たり前に一人で留守番くらいできる。いつも久保ちゃんがいねぇ時はゲームしたり、洗濯とかそうじしたりとかしてた。
 けど…、今日の俺は洗濯機のスイッチ入れて壁に寄りかかったまま、洗濯してる洗濯機と一緒にうなってたりする。その原因は雨が降るとか降らないとか天気のコトが心配だからじゃなくって、今日も黒いコートじゃなくて白いジャンパーを着てった久保ちゃんのコトだった。
 前までは黒系の上着を着てるコトが多かったのに、最近は白系の服ばっか着てる。だからどうってワケじゃねぇし、あんま気にもしてなかったけど…、こないだ一緒に買いモノに行った時、いつものクセで久保ちゃんの袖をつかんじまったら…、

 白いジャンパーは、黒いコートと感触が違ってて指が少しすべった。

 なんでかわかんねぇけど、それからなんとなく気になって久保ちゃんがなに着てくのかってチェックしてたら、黒いコートよか白いジャンバーを着てる方がカンペキに多い。それにいつの間にかクローゼットの中も、黒っぽいのばっかだったのがちょっとずつ白が増えてるカンジがした。
 
 「ま、べっつにコートはコートでジャンパーはジャンパーだし、色が黒でも白でもカンケーねぇけど…」

 久保ちゃんじゃなくて洗濯機に向かってそう言ってから、洗濯が終わるまでのヒマつぶしにリビングに戻ってポテチを食いながらテレビのスイッチを入れてみる。そしたらなんか主婦の悩み相談みたいな番組してて、キョーミねぇからチャンネルを変えようとしたけど…、内容が妙にひっかかったからチャンネルをそのままにしてみる。
 すると、どこかの誰かにピッタリなカンジのセリフがテレビから聞こえてきた。

 『最近…、服装が変わってきたからおかしいとは思ってたんです…』
 『ダンナさんが前より派手になった?』
 『は、派手っていうほどじゃありませんけど、前には絶対にしなかったようなネクタイの柄とか色のものとか…、するようになって…』
 『それで、浮気してるんじゃないかと疑ってたんですね?』
 『まさかとは思ってたんです…。でも、仕事も残業ばかりになってきたので不思議に思って会社に電話をしたら、やっぱり…』

 テレビから聞こえた『やっぱり…』のトコで、口からぽろっとポテチが落ちる。
 た、確かに最近、服の色が変わったし、バイトで帰りが遅くなることもあるけど、久保ちゃんがドコかのオンナとなんてあり得ねぇっっっ!!!
 ・・・・・って叫びかけたけど、なんとなーく心臓がバクバクしてきて叫べない。
 今まで久保ちゃんがオンナ連れてるのとか、知り合いのオンナをウチに連れてきたりとかしたことなんかないし、そーいうのって今まででコンビニ帰りにいきなり連れてきた沙織くれぇだし…、
 でも、あり得ねぇとか想ってても、やっぱ白くなっちまったワケが気になる。だから思わず電話を手に取っちまったけど、バイト先に電話にしても出るのは久保ちゃんかモグリの野郎だけだって気づいてやめた。
 テキトーなこと言って切っちまえばいんだけど、久保ちゃんもモグリも妙なトコでするどかったりすっから、なんとなーくバレる気がする。でも、前よかすっげぇ気になってきて、腹ん中がむずかゆくてたまらなかった。

 「・・・・・くっそぉっ、なんでこんなコト気にしなきゃなんねぇんだよっ!!」

 すっげぇイライラするし、ムカムカするっ。
 さっきまでそんなコトなかったのにじーっと一人で部屋ん中にいるとソレだけで頭の中がいっぱいになって…、それを消すためにソファーの上にあった毛布をテレビに向かって投げつけたけどイライラもムカムカも消えない。
 だから、俺はクローゼットに入ってる自分のコートを着ると、頼まれてた洗濯モノを干さないで久保ちゃんのバイト先に向かって走り出した。
 











 「あ…、雨…」

 天気予報では降水確率ゼロって言ってたみたいだけど、どうやら外れたみたいで雨が降り出してる。だから、なんとなくそれを眺めつつ、バイト先の店の中にある商品に積もってるホコリをハタキで払った。
 こういう店って雨が降ると客足が減るもんだけど、いつも閑古鳥が鳴いてるからあんまり関係ない。それは売ってるモノのホコリ積もり具合をみれば一目瞭然だけど、この店のイチオシ商品はココには並んでなかった。
 売れ筋の天国見れちゃうクスリとか、料理の作れない中華鍋は店頭で売らずに配達になってる。店番じゃなくてそっちのバイトをするコトも結構あるけど、その時は目立たないことが必要条件だった。
 だから、そういうバイトの時は今日来てきた目立つ白いジャンパーを着ることはない。夏だったら逆に黒が目立つけど、今はまだ夏よりも冬に近い時期だった。
 最近、鵠さんが自分で配達に行くことが多かったから、白系の色を着ていることが多くなってる。でも、だからって白ばかり着る必要はないんだけど、時任と一緒に買いモノに行ったり歩くことが増えてから…、

 なんとなく今までは黒が馴染むカンジだったのに、白も馴染むようになった。

 黒を着てたのにワケなんてなかったけど、白を着るのにもワケはない。
 ただなんとなく、そういうカンジだったってだけ…。
 そーいうのってたぶん使ってるセッケンとかシャンプーの匂いとか、一緒に暮らしてるとそんなのが同じになってくのと似てるのかもしれない。
 時任が前ほどセッタのケムリを臭いとかケムイとか言わなくなったのも、不眠症だった俺がいつの間にか、少しずつ眠れるようになってるのも…。
 犯されてくように侵食されるのじゃなくて、混ざり合うように変化していくのは悪くなかった…。
 
 「うーん、今日は洗濯モノ乾かないかもねぇ…」

 そう言いながら店先を見ると、俺が良く着てたカンジのコートを着た人物が店の中をのぞいてる。のぞいてる本人は隠れてるつもりらしいけど、こっちからは顔も黒いコートも良く見えた。
 それは洗濯モノを干して留守番してるはずのウチのネコで、なんでかはわからないけどやけに真剣なカオしてる。さっさと中に入ってくればいいのにそうしないでいるのは、もしかしたら俺に会いに来てくれたワケじゃないのかもしれなかった。
 でも、そうじゃなくてもキョロキョロと見回してるのは、たぶん俺を探してくれてるのに間違いなさそうだったから…、
 入り口から見えないように横から行って、黒ネコののぞいてるガラス戸を開ける。そしたらホントにすごくびっくりしたカオしたから、それがおかしくて笑ってると頭を一発殴られた。





  ガツッ!!!






 「び、びっくりすんじゃねぇかっ!!」
 「・・・・・そんなにびっくりした?」
 「…って、いつまでも笑ってんじゃねぇっ!!」
 「よしよし」
 「頭を撫でんなっ!!」
 
 白が気になって久保ちゃんのバイト先に行ったら、当たり前に久保ちゃんがいた。だから、それ見たらなんかイライラとかムカムカしてたのがバカバカしくなってきて、久保ちゃんの頭を一発殴ってみる。
 けど、やっぱそれでも白が気になってんのは変わらなかった。
 ジャンパーは脱いでるけど白いセーター着てバイトしてる久保ちゃんは、ちゃんと店のバイトらしくエプロンまでしてる。たまに一緒にバイトすることはあんだけど、そん時は運びだから今の久保ちゃんみたいに店番はしたことなかった。
 それは店ん中にあるクスリのこととか聞かれてもわかんねぇからだけど、久保ちゃんはくわしくて、そん時の症状に合ったクスリとかすぐ言える。でも、なんでそんなにくわしいのかって聞いたら、なんとなくって言っただけだった。
 そーいう時は俺の知らないなにかが隠れてるカンジがして気になったりすっけど、それは今の気になるカンジとは違ってる。今のはイライラしてムカムカしてて…、隠れてるなにかをカンジた時は胸ん中がちょっとだけズキッとした。
 でも、やっぱりなにも言えなくて…、白いセーターのそでをつかんで何も言わずにコツンと久保ちゃんの肩に額をぶつけると…、
 久保ちゃんは俺の頭をまた少し撫でてから、ゆっくりと髪にキスしながら抱きしめてきた…。

 「お前って、最近黒いコートばっか着てるよねぇ」
 「え?」
 「前は赤とか白とか多かったのに、黒着てるコト多くなったデショ?」
 「そうだっけ?」
 「うん、だからなんでかなぁって思って」
 「な、なんでって…、それは久保ちゃんが…」
 「俺が?」
 「・・・・・・・・・・」
 「時任?」
 「そう言う久保ちゃんこそ、最近なんで白ばっか着てんだよ?」
 「ん〜、それはねぇ」
 「それは?」
 「一緒…、でしょ?」

 「・・・・・・・たぶんな」

 ムカムカしたりイライラしたり、ケンカしたり…、そーいうのは全部が同じじゃないからあったりするのかもしれない。だから、一緒にいたいから全部同じにならなきゃって想ったりすることもあんのかもしんねぇけど…、
 きっとどんなに同じになろうとしても…、俺は俺で久保ちゃんは久保ちゃんだから同じになんかなれない。
 けど、でも…、そんな風に無理に同じになろうとなんかしなくても…、
 一緒にいたいって…、好きだから大好きだから一緒にいたいって想ってるなら同じ色になるんじゃなくて…、
 気づかない内にいつの間にか混ざり合って交じり合って…、もっと別の色になるのかもって気がした。
 だから抱きしめて抱きしめられてる時のあったかカンジに似た、そんなカンジの色になれたら…、もっと近くで、ずっとずっと一緒にいられるのかもしれない。

 「・・・・・・好きだよ」

 たった一言なのになかなか声に出して言えない…、そんな言葉を想い続けてるキモチの鮮やかな色に染まってく胸の奥で…、
 
 ずっとつぶやき続けながら…。


『白』 2004.3.10更新


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