なんで一緒に暮してんのかって聞かれたら、一緒にいたいからとしか答えられない。
 けど、同じ質問を久保ちゃんにしたら、なんて答えるかはわからなかった。
 俺が偶然そこにいたから、久保ちゃんが偶然通りかかったから…、そんな偶然の重なりがあって今があるのかもしれないけど…。
 それを思うと気まぐれな偶然だけが、久保ちゃんと俺の間にある気がする。
 優しく見つめてくれてる視線が、呼んだら返事してくれる声が…、抱きしめてくれる腕がそんなことはないって言ってくれてても…。
 時々、たった一枚の薄い紙の向こう側に久保ちゃんが見える時があって…。
 そういう時はいつだって、俺らの前にはないはずの分かれ道があるのかもしれなかった。
 
 「おいっ、あっちに逃げやがったぞっ!!」
 「お前らは、裏からまわれっ!」
 「くっそぉっ、すばしっこいガキめっ!」
 「こっちにいたぞっ!!」

 耳が痛くなるくらい銃声がたくさんしてて…、そういう中を俺と久保ちゃんは走り続ける。
 たった一丁の拳銃で命を繋ぎ止めて…。
 血と硝煙の匂いを嗅いで、倒したやつらの死体の横をすり抜けながら…。
 俺は久保ちゃんと一緒に少しひび割れたアスファルトの上を二人で…。
 けど、軽そうに引き金を引く久保ちゃんの指を見るたび、なぜか右手が重くなった。
 
 「もしかして、ちょっと走り疲れた?」
 「俺様がこれくらいでへばるワケねぇだろっ。こいつら全員倒したら、晩メシ食いにファミレス行こうぜっ」
 「そういえば、ハンバーグ食いたいって言ってたっけ?」
 「久保ちゃんはなに食う?」
 「うーん、いちごパフェ」
 「げっ、晩メシにパフェなんか食うなよっ」
 「パフェはメインじゃなくて、デザート」

 この銃声から無事に逃げれたら、二人でファミレス行って晩飯食って…。
 いつもみたいにコンビニに寄って、買い物して帰るんだって…。
 そんな風に思いながら横を向いたら、久保ちゃんはやっぱり引き金を引き続けてた。
 弾がなくなったら物陰に隠れて、弾を込めて…、それからまた撃って…。
 今日はやけに人数が多かったから、弾切れってことも考えなきゃならないのかもしれない。
 いつも正確に急所に弾を打ち込んでるのはそういうワケもあるんだって、今になってようやくわかった。
 
 「時任…、あそこまで一気に走るよ?」
 「了解っ」

 目と目で合図して、綱渡りの橋を渡るように銃声の中を走り抜ける。
 振り返らずに前だけ向いて…、隣にいる久保ちゃんの存在だけを感じて…。
 真っ直ぐ続いているはずの道を…、二人で…。
 けど、次の曲がり角で拳銃に弾を込め終わると、久保ちゃんはいきなり俺の頭に手を乗せてぐしゃぐしゃっと撫でた。
 だからなにすんだってそう言おうとしたけど…、響いてくる銃声がそれを止める。
 髪の毛をぐちゃぐちゃにした久保ちゃんの手は、そこからゆっくりすべって俺の頬の輪郭をたどってから下へと落ちた。

 「時任…」
 「なに?」
 「今からデートしない?」
 「はぁ? こんな時になに言ってんだよっ」
 「この先のマックで待ち合わせ」
 「それって…、まさか…」

 「そこで待っててくんない? ちゃんと後で行くから…」

 久保ちゃんの言った言葉は、たぶんそんな風に言われるんじゃないかって…、そう思ってたそのままの言葉だった。
 ビルに反響する銃声を聞きながら…、自分の荒い息遣いと二人分の足音を聞きながら…、聞きたくないって思ってた…、そんな言葉だった。
 今、一緒に走ってるのに…、こうやって隣にいるのに…。
 目の前にあるのは真っ直ぐ続いてる一本道のはずなのに…、久保ちゃんが自分の手で分かれ道を作る。
 頭と頬を撫でていった指先が、俺と久保ちゃんの間にラインを引いた。

 「今度、銃声がやんだら走りな」
 「久保ちゃんが走るなら、俺も走る」
 「…俺とデートしてくれないの?」
 「待ち合わせなんかしなくっても、毎日デートしてんじゃん…、俺ら…」
 「・・・・・コンビニで?」
 「そ、コンビニデート」
 「それもいいけど、たまには映画にでも行かない?」
 「べつにビデオレンタルでいいだろっ」
 「ホテルは?」
 「ウチのベッドでいいっ!」
 
 俺がそう言ったら、久保ちゃんはめずらしく少し声を立てて笑う。
 だから、俺もそれにつられて少し笑った。
 そうしている間にもたくさんの銃声が鳴り響き、久保ちゃんの手が引き金を引く。
 目の前に引かれたラインと分かれ道の前で、俺は立ち止まったまま走り出さなかった。
 出会ってしまったら、手と手をつないでしまったら…。
 気まぐれな偶然なんかに頼ってなんかいられない。
 手をつなぎたかったら手を…、抱きしめ合いたかったら腕を伸ばして…。
 たった紙切れ一枚の入る隙間もないくらいに、何もかもを埋めてしまいたかった。
 なのに…、離れたくなかったのに…、走り出さない俺の肩を軽く押すと、久保ちゃんが分かれ道に向かって走り出そうとする。
 すると、俺と久保ちゃんの間を切り裂くように一発の銃弾が走った。

 「じゃ、また後でね…、時任」

 そう一言だけ言い残して久保ちゃんの走り出そうとしたのは…、さっき弾か飛んできた方向で…。
 だから、そっちへ走るってコトは自分がオトリになろうとしてるってことだった。
 俺が無事に表通りに逃げるまでの時間稼ぎをするために…。
 久保ちゃんの作った分かれ道は…、そういう道だった。

 「久保ちゃんっ!!!」

 そんな分かれ道でわかれてデートの約束なんかする久保ちゃんが…、
 少しだけ憎くて…、自分でもわからないくらい、たくさんたくさん好きだった。
 デートなんか一回もしたことなくても…、大好きだった。
 だからとっさに久保ちゃんに飛びかかって、その手にある拳銃を奪い取って…。
 鳴り響く銃声のする方向に、握りなれない拳銃を握って銃口を構えた。

 「どうせならさ…、弾がなくなるまで撃ちまくろうぜ、久保ちゃん。一緒にいたら、一緒にいられたら…、いつだってデートできるから…。撃ち終わってからだって遅くねぇじゃん…」
 「・・・・・時任」
 「俺様とデートできんだから、ありがたく・・・・」

 最後まで言いかけた言葉を言おうとしたけど、後ろから伸びてきた久保ちゃんの腕がゆっくりと俺を抱きしめてきて…。
 そしたら…、胸に言葉が詰まって何もいえなくなった…。
 言いたいコトはまだあったはずなのに…、背中から伝わってくる久保ちゃんの体温だけで、もうそれで十分だった。
 久保ちゃんの手が、俺の手の上から銃の引き金を握る。
 重なった久保ちゃんと俺の手は、同時に握りしめた引き金を引いた。

 ガゥンッ!ガゥンッ!ガゥンッッッ!!

 鳴り響く銃声とうめき声が、ビルの谷間に木霊する。
 そんな生と死の狭間のようなこの場所に、もう目の前には分かれ道はなくなっていた。
 遠く近く響く銃声が音がなぜか胸の奥に染みてきたから…。
 思わず少しだけ振り返って…、久保ちゃんの頬にキスをした。
 残り少なくなっていた銃弾の数が、やがてホントにソコをついて最後の一発になる。
 その一発を拳銃に込めて、久保ちゃんと俺は顔を見合わせて笑い合ってから、目の前にいるヤツラじゃなくて…。
 ・・・・・・・空に向かって引き金を引いた。


 ガゥゥーーーンッ!!


 薄暗い冬の空に向かって放たれた弾丸の音が鳴り響くと、久保ちゃんは拳銃から手を放して背中から強く抱きしめてくれる。
 だから俺は振り返って、久保ちゃんを抱きしめ返した。

 「今からデートしよっか?」
 「…久保ちゃん」

 そんな風に話してから、微笑み合いながら手をつなぐ。
 そうしたら、鳴り響くサイレンの音が、暗いビルの谷間にゲームオーバーを伝えた。
 ここで銃撃戦してるのを見た誰かが、警察に通報したらしい。
 久保ちゃんと俺は手を握りあったままで笑いながら、銃声のしなくなったアスファルトの道を表通りに向かって走り出した。

 「今からドコ行く?」
 「うーん、ドコに行きたい?」
 「俺んちっ!」
 「じゃ、マンションまで…、いつもより遠回りしてく?」
 「うんっ」

 出会ったコトが偶然でも、手をつないでる今は偶然なんかどこにもない。
 つなごうとしてる手が、抱きしめようとしてる腕があるから…、こうして今を君の隣にいて歩いてる。
 だから腕を手を伸ばして…、一緒に今を歩こう。
 どこまでもどこまでも分かれ道なんてないこの道を…、君と一緒に…。
 

                                             2003.1.9
 「わかれ道」


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