タイミングっていうのは、マグレっていうか、自分ではどうにもできない感じとかすんだけど。
 やっぱ重要なのかもしんないなって、思う時もある。
 ちょうど今のこの瞬間、俺はすっごくタイミングが悪かった。

 「やっぱり時任先輩のことが好きなんですか?」
 「…別に」

 見た感じ、告白とかしてんだろうなってカンジのシュチュエーションだったけど、なんでか、フラレれた女子は久保ちゃんに向かって俺のこと聞いてた。
 久保ちゃんが俺のコトどう思ってようと、そいつには関係ねぇのに。
 関係ねぇのに、なんでそんなコト聞くんだろ…。

 「そーいえば、俺も前に聞いたことありましたよ。時任先輩のことどう思ってんですかって。その時、久保田先輩は『別になんとも』って言ってましたよ」
 「…ふーん」
 「ホントなんですからねっ」
 
 更にタイミングが悪いことに、生徒会室に行く途中で藤原と一緒になった。
 んで、告白場面を一緒に見てた藤原から、そんなことまで聞かされた。
 すっげータイミングわりぃかも…。

 『…別に』
 『別になんとも』

 そう、別に…だよな。
 俺と久保ちゃんは相方だし、同居人だけど、藤原とさっきの女子みたいなのとは違うし…。やっぱ久保ちゃんの言うように、『別に…』なのかもしんない。
 良くわかんねぇけどさ。
 …そういうもんなのかもな。
 いつもは藤原にムカついて殴るとこだけど、なんとなく今日はそんな気にならなかった。
 なんだろ、ちょっとだけ胸が痛い。
 胸がズキズキすんのをガマンしながら生徒会室に行くと、すでに桂木が来てて、書類の整理してた。

 「なに、珍しい組み合わせじゃない」
 「うっせぇ」
 「…機嫌悪そうねぇ」
 「久保田先輩に、別にっなんて言われたせいですよ。ねぇ、時任先輩?」
 「そんなんじゃねぇよっ!」
 「ショックって顔に書いてありますよ?」
 「…殴るぞっ」

 藤原がかなり楽しそうな顔してやがる。
 クソッ、殴ってやりてぇのに…。
 なんか無気力っつーの? そんなカンジ。

 「藤原。この書類、職員室に持ってって」
 「えー、僕がですかぁ?」
 「当ったり前でしょ。それともなんか文句あんの?」
 「ウソで〜す。喜んで行かせていただきます〜」
 
 ほんっと、長いものに巻かれるタイプだよなぁ。
 まぁ、桂木に言われりゃ、たいがいのヤツはああだろうケドさ。
 …はぁぁぁ。
 なんかヒマ。

 「時任」
 「あぁ?」
 「・・・・・・・・・」

 桂木が俺のこと呼んだから返事してやったのに、なんでかなんも言わずに、俺の顔をまじまじ見てやがる。
 なんだってんだ、一体?
 
 「なにジロジロ見てんだよっ!」

 俺が怒鳴ると、桂木が小さくため息をついた。

 「アンタ気づいてないの?」
 「気づいてないって、なにが?」
 「・・・・・・」
 「なんなんだよっ!?」
 「それはこっちのセリフよっ。なんでアンタ泣いてんの?」
 「はぁ?」
 「はぁ、じゃないわよ。疑うんなら、自分のほっぺた触ってみなさい」

 桂木に言われて、俺は自分のほっぺたを触ってみた。
 ・・・・・え、あれっ? なんか濡れてる。
 なんで??

 「なにがあったのか知らないけどさ。自分が泣いてることぐらい気づきなさいよ」
 「なんでだ…、わっかんねぇ」
 「ほんっと、アンタって鈍すぎ」
 「うっせぇ、好きで泣いてんじゃねぇっ!」

 ホントになんでか全然わかんなかった。
 なんで涙が出るんだろ?
 こすってもこすっても、全然止まんねぇ…。
 俺、壊れちまったのかな?
 
 「時任?」

 桂木が俺の名前呼んだから返事しようと思ったけど、声が出なかった。
 何かが胸の中に重い何かが詰まってるカンジがして…。
 ・・・・・・・苦しい。
 苦しいけど、どうしたらなおんのかわかんない。

 「どっか痛いの? 保健室に行く?」

 桂木が心配そうな声でそう言ってる。
 けど、俺は段々ここにいるのが辛くなってきてた。
 とにかくどっか行って一人になってから、…なおす方法考えよ。

 「ちょっと時任!」

 呼び止めてもムダ。
 こんなんで、ココにいらんねぇよ。
 泣いてんの見られるのって、なんか嫌だし。
 とりあえず、屋上にでも行こ。
 あそこなら、たぶん誰もいないはず。
 俺は俯いて顔を隠しながら、全速力で屋上へと走った。
 今だけは、誰とも会いたくなかったし、誰とも話したくない。
 屋上に到着すると、勢い良くドアを閉めた。

 「はぁはぁ…」

 思いっきり走ったから、スゴク疲れた。
 疲れたし、苦しいし、まだ涙がでちゃってる。
 ボロボロじゃんか、俺。
 …なんか壊れまくってる。
 涙がどうやって止まんのか、やっぱ全然わかんねぇし…。
 途方に暮れた俺は、金網に背中あずけてコンクリートの上に座った。
 そして、ぎゅっと膝を抱えて丸くなる。
 今日は、すっげー天気いいのになにやってんだろ…。
 そんなコト思いながらじっとしてると、屋上のドアが開く音がした。
 特徴のある足音がこっちに近づいてくる。
 顔なんか見なくっても、それが誰だかわかった。
 この足音は間違いなく久保ちゃんだ。

 「…時任」

 久保ちゃんが俺のこと呼んでる。
 けど、やっぱ胸の中に何か詰まってて声が出ない。
 泣いてる顔見られたくなくって、俺はぎゅっと自分の膝を抱きしめた。
 ワケもわかんないのに泣いてるなんて、バカみたいじゃん。

 「桂木ちゃんから話聞いた」

 俺が泣いてるって?

 「藤原からも」

 藤原からって何を?

  「顔あげて時任」

  …ヤダ。

 俺はイヤだって言ってんのに、久保ちゃんは俺の手を強引に膝から外させた。
 どうしてほっといてくんないんだろ。
 俺だって一人でいたい時あんのに。
 なんで・・・・・。
 そんな感じで声にならない言葉を心の中で言ってると、突然、外なのにセッタの強い匂いがした。暖かい感触もする。
 なんだろうと思ったけど、理由はすぐにわかった。
 久保ちゃんが俺のコト抱きしめてたからだった。

 「俺が、時任のコトなんとも思ってないわけないよ。そんなの当たり前っしょ? あんなふうに言ったのは、俺のことで時任が恨み買うといけないからってだけ。けっこうコワイからさ、色々ね」
 
 久保ちゃんが何言ってんのか良くわかんねぇ。
 恨み買うって…?
 …なんかさっきよりもっとスゴク胸が苦しい。
 俺、死んじゃうかも…。
 
 「ガマンしないで、泣きたいなら思いっきり泣きなよ。そんなに息つめてたら窒息するからさ」

 息つめてる? 窒息?

 「ほら、落ち着いてゆっくり息吸って」

 そう言いながら、久保ちゃんが優しく背中を叩いてくれる。
 久保ちゃんの声と抱きしめてくれてる腕がすごく気持ちいい。
 ・・・・・・なんか、ちょっとだけホッとした。

 「うっ…えっ…」

 ちょっとだけ声が出て、その後、まるで叫んでるみたいな声が近くでした。
 これって、俺の声?
 ガキみたくわんわん泣いちゃってるのって、俺なの?
 世も末もなく泣き叫ぶ声。
 ・・・・・なんか痛いよ、久保ちゃん。
 
 「時任」

 俺が泣いてる間、久保ちゃんは俺の名前をずっと呼びながら、背中を撫でてくれてた。
 俺が泣き止むまでずっと…。
 少しして落ち着くと、久保ちゃんの声がまるで子守唄みたいな感じに聞こえた。
 やっぱ、ガキみたいじゃん。
 俺はぐいっと涙を拭くと、久保ちゃんの腕から抜け出した。
 
 「…も、もう、いい」
 「時任?」
 「…へ、いき」

 泣いてた余韻が残ってて、うまく喋れない。
 そんな俺を見た久保ちゃんは、ふわっと優しく微笑んだ。

 「時任に、俺の告白聞いてほしいんだけど」
 「・・・・・?」
 「聞いても嫌いになんないって、約束してくれる?」
 「・・・・」

 俺が久保ちゃんのコト嫌いになるなんてありえないから、俺は久保ちゃんに向かってうなづいた。何言われたって、嫌いになるはずないじゃん。
 けど、告白ってなんだろ?
 …まさか、同居やめたいとか?
 俺があまり考えたくないような、そんなこと考えて心配してると、久保ちゃんがあらたまった感じで真っ直ぐ俺の方を見た。

 「好きだよ、時任」

 その一言だけで十分だった。
 たった一言だけで、苦しい理由も涙のワケも全部わかっちまった。
 
 …俺は久保ちゃんのことが好きだったんだ。

 目からまた涙出てきたけど、今度はちょっと胸の中が暖かかった。
 

                                             2002.4.12
 「タイミング」


                     *荒磯部屋へ*