学校に通っていると、必ずやらなくてはならないことがある。 別にやらなくてもいいといえばいいのだが、コレをしないと上の学年に進級できなかったり、卒業できなかったりと、とんでもないことになるので、ほとんどの生徒がコレに参加せざるを得ない。 それは生徒会執行部といえ、例外ではなかった。 期末テスト三日前。 さすがにテスト前になると、公務も減る。 そう、ケンカなどしている場合ではない。 一夜漬けでもなんでもとにかく赤点だけは取らないようにしなくては、楽しい学校生活は送れないのだ。 「さっきからぶつぶつとうっさいわねっ。室田、少しは黙って勉強できないの!?」 「あー俺さ。言わないと覚えられないたちなんだよなぁ」 「・・・・家に帰れば?」 「二人ともうるさいよっ。さっき覚えた単語忘れちゃったじゃないか!」 「そーいうあんたもうるさいわよ」 それぞれ教科書を手に持ち、執行部員達はテスト勉強に励んでいた。 家で一人で勉強するより、なぜかこの方が勉強する気になるからである。 それは時任と久保田にしても同じらしく、一つの机を二人が囲んで勉強会を繰り広げていた。 「久保ちゃーん」 「ん〜」 「できたぜ」 「・・・・・あっ、二問間違ってるよ」 「げぇ、マジ?」 「ここの公式二乗抜けてるし、ほら、ここも簡単な掛け算違ってるっしょ?」 「うぅっ」 「昨日、説明したコト忘れてないよね?」 「わ、忘れてねぇもん」 「ふーん、ならいいけど」 実際に見てみると、勉強会というより生徒と教師といった感じである。 久保田はまあともかくとしても、時任も一応、中の上くらいの成績は保っていた。 おそらくそれは時任専用家庭教師、久保田のおかげなのだろう。 (不思議だよなぁ・・・) 生徒会執行部に所属する者は文武両道に秀でていなくてはならないのだが、時任の成績が良いという事実は、なんとなく信じられない。 相浦は二人の勉強風景を見ながら、うーんとうなって首をかしげた。 時任がノートを久保田に見せて、久保田は時任に勉強を教えるということで、一見ギブアンドテイクって感じがするのだが、別に時任のノートでなくとも久保田の成績は変わらないような気がする。 (…なんとなく、時任のノート見てみたい気がするよなぁ) 久保田は見やすいと言っていたが、一体どんなノートなんだろう。 そんな疑問を抱いてしまった相浦は、どうしても時任のノートが気になって仕方がなかった。 そんなに見やすいなら、コピらせてもらいたいような気もする。 「なぁ、時任」 「何?」 相浦が話しかけると、時任の代わりに久保田が返事をした。 問題解いてるから邪魔するなってことだろう。 けど、久保田に返事されると困る。 「あっ、いやその、ちょっとノート見せてほしいなぁって思ってさ」 言いにくそうに相浦が用件を言うと、久保田はフッと笑って、 「悪いケド、俺が予約ってるからダメ」 と言った。 (うっ、なんだかわからないけど、これ以上は言えない) カリカリと勉強している時任と、それを見つめる久保田。 誰も入り込む余地はなさそうだった。 「別に言ってみただけだからいいよ」 「そう?」 気づかれないように小さくため息をついて、相浦がノートを見るのをあきらめようとした時、時任がノートからパッと顔を上げた。 「ちょっと休けい」 「まだまだ範囲終わってないよ?」 「休けい終わってからすんのっ」 「まっ、いいけどね」 どうやら二人で、お茶でも飲みに行くらしい。 時任と久保田が生徒会室を出て行くと、相浦は二人が勉強していた机に近づいた。 そして次に、机の端に置かれていたノートをパラッと開く。 しかし、そのノートを見た瞬間、相浦は凍った。 「なにやってんの、相浦」 「・・・・」 桂木が話し掛けても動かない。 「おーい、相浦〜」 「ちょっとケリでも入れてみれば?」 「相浦に恨みでもあるのか、松原?」 「別にないけど?」 あやうくケリを入れられそうになった相浦はやっと意識を取り戻し、何もなかったかのように時任のノートを閉じて元の場所に戻した。 (…見なかったことにしよう) 相浦は時任のノートを自分の記憶から抹消しようとしたが、早くも時任と久保田が帰ってきた。 「あーあ、また勉強かよっ」 「赤点取りたいの?」 「うっ、それはイヤだ」 「じゃあ頑張ろうね」 再び勉強を始めた二人をチラリと見て、相浦は盛大なため息をついた。 少しでも時任に勉強をさせるためにノートを借りることにしてるのか、それとも、本当にあのノートで勉強してるのかは定かではない。 なんだかなぁと相浦が思っていると、ふいに久保田と目が合った。 久保田は感情の読めない不可解な笑みを浮かべて相浦を見ている。 (ぱ、ばれてる…) 一瞬たじろいだが何事もなかったフリをして、相浦は勉強するために自分のノートに視線を落とした。 無事にテストが終わった頃、相浦が時任に小学生用の漢字練習帳をプレゼントして殴られたらしいという噂がごく一部の人々の間で流れた。 「ちゃんと日本語を書け」 そう相浦は時任に言ったらしい。 どうやら、時任のノートは久保田専用にできているらしかった。 |
2002.3.6 「ひみつのノート」 *荒磯部屋へ* |