ミルキーウェイ.7


注意※このお話は、橘松です


 「まったくもって、情けない話だがな…」


 そう呟きながら辿り着いた一階で、俺は見張りをしていた室田に頼み、人目につかない一階の玄関に桂木を呼ぶ。そして、屋上での出来事と状況を説明して、とりあえず大塚達を自宅謹慎処分にする事を告げた。
 すると、それを聞いた桂木は、やはり俺と時任と同じ脱力感を感じたらしい。皺の寄った眉間を人差し指で抑えつつ、深々とため息をついた。
 「まったく、アイツらって相変わらずヒマよね。室田…、悪いけど松原を連れて花火の回収に向かってくれる? あのバカどもはふんじばって、イベント終わるまで物置にでも入れといて」
 「了解した」
 桂木が指示を出すと、室田があの巨体に似合わず素早く動き出す。
 時任に頼まれた役目を果たし、会長として処分を告げ、自分の役割を終えた俺は、その背中を見送りながら小さく息を吐いた。
 これで、すべて解決。未だ、短冊の件については犯人がわかっていないが、俺の身には何も起こっていないし、やはりただの悪戯だったのだろう。 それにイベント前は室田が支え、イベント開始後は参加者が順番に支えていた笹に、短冊をつける事が出来た人間はかなり限定される。
 ならば、わざわざイベント中に犯人捜しをする必要は無い。
 執行部も同意見だからこそ、今もイベント自体は滞りなく進行中だ。
 短冊の件は保留として、後は任せて帰る旨を桂木に伝えたが、無意識に忘れようとしていたせいか、伝え忘れていた件を聞かれ…、
 俺は自分の鼓動が、まるで動揺したかのように大きく跳ねるのを感じた。

 「・・・・・で、藤原の行方とあのバカどものバカ計画はわかったけど、肝心の橘副会長は? まさか、まだ見つかってないの?」

 ・・・・・・・いなくなった橘の行方。
 屋上で大塚に拉致されていた藤原も、元はと言えば橘を探していて、ああなった。
 だが、実際は行方不明とは大げさで探すまでもなく、ただ人目につかない場所で真崎と話していただけだった。危険も心配の必要も無い。
 その事を淡々と簡潔に伝えると、桂木はなぜか俺をじっと見つめる。
 真っ直ぐに何かを見透かすように…、だから、俺も真っ直ぐに見つめ返した。
 「こんな時でも付け入る隙が無いのはさすがね、生徒会長」
 「こんな時でも…の意味がわからないが、とにかく、用事は済んだようだし、私はこの辺で退散するとしよう。後は執行部が仕切ると、時任も言っていたしな」
 いつもの調子で、そう言うと桂木に気づかれないように小さく息を吐く。
 もしかしたら、そろそろ橘もこちらへ戻ってくるかもしれないし、その前に帰らなければ…な。本当は俺が来たことを橘に言わないで欲しいのだが、大塚達の件に関わってしまったし、後で俺がそう言ったと知れば、どんな理由があったとしても気分を害してしまうに違いない。
 ただ、俺の事は気にせず七夕を楽しんで欲しいだけなのだが、変に気をまわしすぎても逆効果だ。そうだな…、やはり何も言わず、このまま帰った方が良いだろう。
 そんな風に思っていると、なぜか俺と同じように桂木が小さく息を吐くのが聞こえた。
 「せっかく来たんだから、一般生徒として参加していけばいいのに…と言っても、そんな気分じゃなさそうね」
 「そういう訳ではないが、イベントなら橘が楽しんで来てくれる。私は、その報告を聞くだけで十分だ」
 「けど、その橘副会長も、そんな気分じゃなさそうだったわよ。その一緒にいた真崎って三年が話しかけても、いつもと同じようでいて、どこか心あらずって感じだったし…」
 「・・・・・」
 「ケンカでもしてるの?」
 「・・・そんな訳ないだろう」

 「そうね…。あのバカップル並みなアンタと橘だし、そうかもしれないけど…」

 あのバカップル並みとは不本意な言われようだが、あんな風になれたらと思ってしまう自分が心のどこかに居る。けれど、それでも俺はやはり橘の元ではなく、裏門から帰るために足を踏み出した。
 後ろ髪を引かれたような気がしたが、橘のくれた笹が家の中庭で待っている。そう思うと踏み出した瞬間には、重いと感じた足も少しだけ軽くなった。
 そうだ、桂木にも言ったようにケンカしている訳ではない。
 ただ、今は少しだけ…、離れている時間が考える時間が必要なだけだ…。
 「では…、後は任せたぞ、執行部」
 「えぇ、言われなくても任されたわ」
 事あるごとに騒ぎを起こし、その上、お祭り好きのお祭り部ではあるが、一度やると言ったことは必ずやり通すし、何より校内の治安を守る自らの職務に誇りを持っている。だから、急な申し出にも関わらず、この七夕イベントの許可も出した。
 桂木が任されたと言うからには、本当にもう心配はいらないだろう。念のために誰か護衛を…と言った桂木に、俺は自転車だからと断って玄関に向かった。
 しかし、ドタバタと騒がしい足音がして、何者かが俺が出るはずの玄関から走り込んでくる。そして、何事かと立ち止まった俺の前で、その何者かがいきなり深々と頭を下げた。
 「ごめんなさいっ!! 私たちが犯人です…っ!」
 「あの拉致するとかっていう短冊を書いたのは、実は俺らなんです…」

 「・・・・・・・は?」
 
 ・・・・短冊の犯人?
 これが? 目の前の二人が犯人…だと?
 大塚のような類ならわかるが、この二人は本部の書記と会計。
 自首してきたとはいえ、どうしても犯行と目の前の二人が繋がらない。
 そのせいで、思わず間抜けな声を出してしまった…が、しかし…。
 自分でも気づかぬ内に恨みを買っていたり、そういった事は良くある事だ。
 予想外ではあっても、珍しいことではない。
 なぜ、七夕で短冊で拉致だったのか…、
 俺が会長である事が気に入らないのか、俺自身が気に入らないのか…、
 その他に何か理由があるにしても、今はなぜか上手く思考が回らない。
 いつもの習慣で無意識に向けてしまった視線の先には、何も無い空間だけがあった。

 「この件については、後日処分を言い渡すことにして保留としておく。ただし、イタズラのペナルティとして、イベント中は執行部の目の届く範囲内にいることを命じる。後は執行部の、桂木の指示に従え」

 回らない思考では答えは出せず、そう淡々と言い渡した目の前の二人は、真面目で優しく、人柄も良い。それは、今まで本部で一緒に仕事をしてきてわかっている。
 俺もそうだが、橘もこの二人をとても信頼していた。
 そんな二人が…となると、実は俺は誠人が良く言うタヌキではなく、悪人なのかもしれないな。純粋に校内の治安を守る執行部と違い、本部の立ち位置は生徒より学校側に近く…、名誉や体面を守る必要も生じてくるために、正しいことばかりをしてきた訳ではない。
 何か言い分があるなら、明日、本部で聞く…と言い残し、俺は何か言いたそうな顔をした二人の横を通り過ぎた。 
 大塚の悪事は日常茶飯事…、この程度のイタズラは珍しくは無い。
 しかも、拉致予告の人物が自分自身なら、特に心配はしなくても良い。
 だが…、この件について怒りも憤りもないが…、

 ・・・・・・少し寂しくはある。
 
 七夕イベントも無事進行中で何も特別な事はなかったが、玄関口で少し足を止め、夜風に吹かれているとそんな呟きが口から漏れ出そうになる。しかし、苦笑することで、それを心の内に留めて歩き出した。
 一歩…、二歩と…。
 だが、三歩目の足を踏み出そうとした時、背後から両腕を強く引かれた。

 「もしかしてっ、このまま一人で帰られるつもりですか!?」
 「ちょっと、待ってくださいっ、会長!」

 右腕を会計、左腕を書記に取られ、そう言った二人の鬼気迫る迫力に思わず立ち止まる。会計が男子、書記が女子だが…、こ、この場合は両手に花ではなく、両手に鬼か?
 自分より背の低い二人に、じっと下から上目づかいに睨まれて俺は硬直した。
 な、何だかわからないが、この二人は俺をどうするつもりだ?
 拉致か、誘拐か、拷問か…、何がしたいんだ。
 一人で帰ると何かマズイ事でもあるのか?
 そのどちらにしても桂木の前でそんな行為に及べば、鉄拳とも言うべきハリセンでの制裁と鬼よりも怖い説教が待っている。
 とりあえず今はやめておけ、地獄を見るぞ。そう忠告してやろうとしたが、その前に俺の耳に届いた書記の言葉に、俺は開きかけた口を途中で閉じた。
 「帰るなら、お願いですから橘副会長と一緒に帰ってくださいっ。せっかくの七夕なのに、会長と副会長が一緒にいないなんて、そんなのおかしいじゃないですか…っ!」
 「短冊の件は、後で処分でも処罰でも何でも受けますっ。けど、頼みますから、せっかく来たのに一人で帰るなんて言わないで、副会長の所へ行ってください!」
 
 お願いします…っっ!!!

 二人に真剣な表情でそう叫ばれ、その迫力に思わずたじろぐ。
 な、何なんだ…、一体っ。
 確かに橘と俺は校内でいつも一緒に居るのはいるが、今日は用事があって居残っている訳だし、その事を知らない二人ではあるまい。なのに、なぜ、こんなに必死に俺を橘の元へ行かせようと、橘を俺と一緒に帰らせようとするのか…、短冊の事といい…、
 今日の俺もらしくないが、俺の腕を掴む二人もまったくらしくなかった。
 やはり、何か二人なりの理由や事情あるのかもしれないと思いはするが、しかし…、それでもこればかりはもう決めたことだ、譲る気はない。

 「まだイベントは終わっていないのに、本部の代表として参加している橘を連れ帰る訳には行かない。それにせっかくの七夕だ…、たまには橘も副会長の職からも、会長である私からも離れて羽を伸ばしても良いだろう?」
 
 声を荒げず静かに、二人を落ち着かせるようにそう言って諭してみる。
 だが、そう言って腕を掴む手を解こうとすると、なぜか二人が更にぎゅっと腕にしがみついてきた上に涙ぐん…だ…?
 ちょ、ちょっと待て…、なぜ泣くんだっっ。
 …というか、なんとなく、泣きたいのは二人ではなく、俺のような気がしてきたんだが気のせいか? とにかく、涙目をどうにかしたいが、どうすれば良いのかわからない。
 こんな子犬みたいに泣かれるくらいなら、拉致られた方がマシだ!

 「な、何が何だか良くわからんが…、とにかく落ち着け。橘の件は無理だが、お前たちを解任するつもりないから安心しろ、大丈夫だから泣くな…。よ、よーし、よしよし…」

 俺を涙目で見上げる様子が子犬のようだったから、そう言いつつ思わず腕を取られたまま、手を引きあげて二人の背中を撫でる。
 すると、近くで誰かがぷっと吹き出す音がした。
 「普段はタヌキな会長サマも、こうなると形無しね。ふふふ、まるでお父さんみたい…って事は、さしずめ副会長はお母さんってトコかしら?」
 「・・・・・だ、誰がお父さんだっ」
 「まぁ、でも、そんなアンタだからこそ、その二人は涙目なのよ、きっと…」
 「それは、どういう意味だ?」
 俺がそう尋ねると桂木ではなく、涙目の書記が答える。
 そして、その答えを聞いた俺は、どんな顔をして良いかわからなくなり…、
 書記の手から、ゆっくりと奪われていた腕を取り戻すと片手で顔の半分を覆った。

 『・・・・・今日、会長が寂しそうな顔で中庭を見てたんです。
 そして、そこには執行部や橘副会長もいて…、すごく気になって…、
 そしたら、七夕なのに会長は一人で帰っちゃって、副会長は三年の先輩と一緒にいるし…。だから、何とかしなきゃって思ったんです。
 会長にあんな顔を…、あんな寂しそうな顔をして欲しくなくて…、
 短冊に予告を書けば、それを理由に副会長が会長の所に行くと思って…、
 バカな事をしたって思いますけど、でも、それしか思いつかなかったから…』

 ・・・・・・・み、見られていたのか。
 自分以外、誰もいないと思っていたせいで油断してしまった。
 あんな情けない姿を見られて、いらぬ心配をかけて…、
 その結果が、あの短冊。
 本当に、どんな顔をして良いのかわからない。どうしたものか何と言うべきかと考えていると、桂木のハリセンが俺の頭へと伸びてきて、軽く撫でる程度にペシリと叩いた。
 「なんて顔してるのよ、らしくない」
 「・・・・・自覚はある」
 「まったく、揃いもそろって情緒不安定になる所は、ウチのバカップルと同じね。何があったのかは知らないけど、あの三年の真崎っていうのと話してる時、めずらしく顔が鬼みたいになってたわよ、あの副会長が…」
 「・・・・・」
 あの橘が、真崎を相手に微笑みを消した。
 桂木から聞く、初めて知る事実に、俺は顔を半分覆っていた手を下へと降ろす。
 それは聞き捨てならない…。
 そう思うと同時に回らなかった思考が回り始め、降ろした手に力を込め拳を作った。
 すると、そんな俺の耳に、もう一つ俺の知らない事実が飛び込んでくる。その事実はあの中庭の光景を…、俺に寂しさを感じさせた遠い景色を一瞬にして塗り替えた。
 「副会長がそんな顔をするって事は間違いなく、誰かさん絡みでしょ? 日頃の努力で久保田君とは、前より穏やかに話せるようにはなってきたみたいだけど、基本的にアンタと仲の良い人間はことごとく敵よね」
 「橘が…、なぜ誠人と話す努力を?」
 「ったく、アンタも変な所で鈍いわよね。久保田君と仲が良いのか悪いのかは知らないけど、何かと用事を頼んだり、貸し借りがあったりする誰かさんのために努力してるに決まってるじゃない。まぁ、どうやっても嫉妬はするんでしょうけど、恋人ならアンタが信用している人間と仲良くとまではいかなくても、良い関係でいたいと思うでしょう?」
 「では、橘は俺のために無理をして…」
 「バカね、恋人と一緒に居るための努力なんて、努力の内には入らないわよ。こういうのは、そうねぇ…、努力じゃなくて愛かしら?」
 「・・・愛か」
 「えぇ、愛ね」
 俺と橘、会計に書記までらしくなく、それがとうとう桂木にまで移ったらしい。そんなお互いの顔を見て桂木と俺が笑うと、つられたように涙目だった会計も書記も一緒になって笑った。
 あんなに遠く感じていた景色が、ぐずついた天気のような気分まで引き起こした光景が…、愛だったなどど、本当に笑う以外にどうしろと言うのだろう。
 寂しくなって、くずついて…、離れて…。
 甘えて頼ってばかりの自分に、橘の優しい微笑みに悩みながらも、それでも俺は一緒にいられる方法を模索していた。何があろうと何が起ころうと、橘の微笑みが優しいばかりでも別れたくなかった、考えたくなかった。

 「そうだな…、これを愛と呼べるなら…」
 
 一緒に居たい…。
 何を想っても考えても…、迷っても悩んでも、最終的にはそこに辿り着く。
 あの日、図書室で唇が触れ合った瞬間から、いや…、目が合った瞬間から俺は逃げることなど考えてはいなかった。だから、目をそらさなかった、近づく唇を避けなかった。
 好きですと言われて首を横に振らず…、うなづいた。
 そうして、初めて触れた唇の感触を思い出していると、橘に会いたくてたまらなくなる。しかし…、連れ帰るのは問題かとイベントの事を考えて迷っていると、そんな俺の思考を読んだかのように、桂木が連れて帰らなきゃ追い出すわよと、脅しをかけるように不敵に笑った。
 「大塚のバカはどこから湧いて出たのか不覚を取ったけど、これでも今回は鉄壁のガードを敷いてるのよ。副会長の一人や二人、いなくても問題ないわ」
 「特に気に留めていなかったが、そう言われれば今回の警備は過剰なくらい厳重だが…」
 「最近、いつも以上に忙しい誰かさんの仕事を増やさないようにって、時任や他の奴らの提案でね。これでもみんな心配してるし、気にしてるのよ…、かく言うアタシもね」
 「お前たちに心配されるようでは、私もまだまだだな」
 「予想通り、可愛くない返事。けど、この荒磯の会長は、こうして生徒のためにイベントを許可してくれたり、執行部のアタシたちを信用してくれるアンタじゃなきゃダメなのよ」
 
 「・・・・・そうか」

 今、自分がどんな顔をしているのかわからない。
 だが、きっと、また情けない面をしているだろう…。
 遠いはずの中庭の景色が、そこに居る人間の存在がこんなにも近しいなどど、今まで思ったことがなかった。本部にも執行部にも心配されて情けない有様だというのに、そう思うと胸の奥が不思議と温かくなる…。
 だから、そのせいかもしれない…、
 完全に両腕を取り戻した後、伸ばした手で会計と書記の頭を撫で…、
 さっさと行けと腕組みをしている桂木に、素直にありがとう…と言えたのは…。
 そして、橘の元に向かうために出た玄関の先、目の前に広がるのは雲一つ無い夜の空と輝く天の川…、ミルキーウェイ…。俺はたった一つの願いを胸に迷わず一直線に、今日の日に会うという星々のように橘の元に向かって走り出した。
 




 
 「そういえば、冷蔵庫に橘が買ってきてたのがあったな…」

 ベランダに飾られた笹を眺めつつ、一年前の出来事を思い出していたら、暑いせいか喉が渇いてきたので室内に戻る。そして、冷蔵庫から取り出したペットボトルを手に、白い短冊の置かれたテーブルの前に立った。
 当然ながら、番号の無いそれを眺めていると玄関からドアを開ける音が響いてくる。チャイムも呼びかけも無しに、こちらに向かってくる足音は何者かと確認するまでもない。
 だから、短冊を眺めたまま、すぐ近くで足音が止まるとおかえりを言った。
 「ただいま帰りました…が、エアコンも電気もつけないでどうしたんです?」
 「ん? あぁ、ベランダに笹を見つけてな。眺めていたら、つい忘れていた」
 「今日は、七夕ですからね」
 「去年の中庭の時も思ったが、いつの間に飾ったんだ? 全然、気づかなかったぞ」
 「ふふふ、それは秘密です」
 意味深に微笑む橘と俺は、高校卒業後、家を出て二人で部屋を借りて暮らしている。あの七夕の日から二人で時に悩み考え、笑い合った末に、ここまでたどり着いた。
 そんな場所に置かれた短冊を手に取ると、俺は再びベランダに出る。
 すると、橘も俺に続いてベランダに出て、斜め後ろではなく横に並んだ。
 「帰りにコンビニに寄ったら、珍しい人物に会いましたよ」
 「珍しい? 誰だ?」
 「真崎君です。貴方は元気にしているかと聞かれました。それから、僕にすまなかった…、と…」
 「・・・・そうか」
 久しぶりに聞いた懐かしい名前に、また、昨年の事を思い出す。
 あの日、玄関を出た俺は裏門に向かわず、橘と真崎の密会現場へと走った。
 そして、そこで俺が見たのは、一方的に橘を責める真崎と黙ったまま、それに耐える橘の姿。その現場を見た瞬間、短冊の時には湧かなかった怒りが、胸の奥どころか全身から燃えるように激しく強く湧いてくるのを感じた。

 『・・・首を縦に振るまで、何度でも言うけどさ。これ以上、副会長だの恋人だのって、松本にまとわりつくのはやめろ。アンタと一緒に居たら、松本の将来も何もかもダメになるのは目に見えてんだよ。そんなのはさ、言われなくてもわかるだろ? これでもさ、アンタがまとわりつく前は、俺だって松本と仲良かったんだぜ。だから、これ以上、友達として松本がダメになってくのを見過ごせねぇんだよ』

 ・・・・・・・やめろ。

 『アンタみたいなのに微笑まれたら、落ちない男はいないんだろ? だったら、アンタの爛れたヘンタイ趣味に付き合うのは、松本じゃなくてもいいはずだ』

 ・・・うるさい、黙れっ。

 『もし、ここまで言っても愛だの恋だの語るつもりなら、なおさら、アイツのために別れてやれ。未来も将来も無い不毛な関係に引きずり込むより、潔く身を引くのが本当の愛ってもんだろ』

 この野郎・・・・・・っっ!!!!!
 
 密会中の二人の間に飛び込んだ俺は、ガッと勢い良く伸ばした手で真崎ではなく、橘の襟を掴み顔を自分の方へと強引に引き寄せる。そして、いつもと違って余裕の無い戸惑ったような表情をした橘の瞳を間近で睨みつけ、噛み付くように叫んだっ。

 『何を黙っているっ!!』

 俺がそう叫ぶと、橘の唇がわずかに動く。
 だが、ただ反射的に動いただけで、言葉にはなっていない。
 それを視界に捕えた俺は、襟をつかんだ手に更に力を込めた。
 『お前の気持ちは、この程度の事を言われたくらいで、何も言い返せないくらいのものなのかっ! これくらいで、お前は俺を、俺たちをあきらめるつもりでいるのかっ!』
 『ですが、真崎君の言っていることは…』
 『未来も将来も無い?不毛だ? そんなものはクソくらえだっ! お前が俺と一緒に居たいと言うなら、何も問題など有りはしないっ! だから、引くな下がるなっ、わかったフリをして微笑んであきらめるなっ!』
 『会長…』
 『俺は俺の隣に微笑むだけの天使や、首を縦に振るだけの部下を置いたつもりはない』
 『・・・・・・っ』
 俺の言葉に、橘が襟をつかまれたまま息を詰める。
 そう…、真崎の言葉を黙って聞いている橘を見て、俺は気づいた。
 橘はいつも優しい…、その微笑みも優しすぎるくらい優しい。
 けれど、それは俺の事だけを考えているからだ。
 自分の事ではなく、俺の事だけを考えて優先する。
 そこにあるのは、桂木も言っていた愛なのかもしれない。
 しかし、何も求めず与え続けるだけの愛は、崇高ではあるのかもしれないが、俺はそんな片想いの愛はいらない。俺は橘を、橘は俺を愛しているのに、与えるだけで何も望まないなどと、それでは二人で居るのに一人きりで居るのと変わらないじゃないか…。

 そんな愛は、あまりにも寂しすぎるだろう? …橘。

 優しく微笑んでばかりの橘の心は、真崎の言葉に揺れ動いていた。
 俺たちは恋人であるはずなのに、いつまでも愛は片想いだ。
 だから、今のままではダメだ。
 ずっと、一緒に居たいと思うなら、このままではダメなんだ。
 その気持ちを想いを伝えたくて、俺は掴んでいた襟を離すと、その手で橘の頬を包み込む。そんな俺を見て真崎が何か言いかけたが、俺は自分の意思を示すように見せつけるように、橘の唇に軽く自分の唇を押し付けた。
  『お前が俺の事を、誰よりも大切に想ってくれているのは知っている。一人で何もかも背負い込んでしまおうとするほどに…、愛してくれているのも知っている。だが、それでは俺はどうなる? 同じくらい大切に想う俺の気持ちは、どこへ行けばいい? 守られて背負われてばかりでは、いつか、こんな風に向かい合うことさえ出来なくなる…』
 『でも、それでも僕は貴方を守りたい』
 『お前がそう思うなら、俺だって同じだ』
 『・・・・・・・・』
 『俺とお前と…、いつだって二人で居るのに、愚痴の一つも零さないで一人きりで何でも背負おうとするな。悩むなら、二人で悩めばいい。泣くときも笑うときも、二人で笑って泣けばいい。そうすれば、きっと…、俺たちはずっと一緒だ』
 そう言った俺は、どこかのバカップルの真似て、不敵にニッと笑ってみせる。
 すると、それがらしくなくて似合わなかったのか、橘は数回瞬きをした後、小さく吹き出して笑いだし、そう思います…、えぇ、きっとそうですと俺の唇に少し長いキスを返した。
 そうして、笑いながら二人で見上げた空には星…、いつの間にか真崎は俺たちの前から姿を消していた。

 「真崎君は、貴方の事が好きだったのでしょうね…、友達としてではなく…。しかも、卒業を機に別れさせるどころか逆のきっかけを作ってしまったなんて…、きっと、悔しくて仕方がなかったでしょうね」

 それから、卒業まで姿を見かけることはあっても、目を合わせることも話すこともなかった真崎の事を、橘は風に揺れるベランダの笹を眺めながら、そう言う。だが、そんな風に思えなかった俺は、わずかに首をかしげただけだった。
 すると、橘に相変わらず鈍感ですね…と、ため息混じりに少し咎めるように言われる。しかし、俺は誰が鈍感だと言いつつ、橘でもあるまいに…、と思ったが口にはしなかった。
 
 『橘と別れる気はないが…、ありがとう。心配してくれたことには、とても感謝している』
 
 卒業式の日、廊下ですれ違いざま、そう声をかけたが真崎に聞こえていたかどうかは定かではない。だが、真崎にとってはどうかは知らないが、俺にとっては短い間でも話したり、友達のように過ごした時間は、高校時代を振り返れば思い出す、大切な思い出だった。
 真崎だけではなく、誠人や時任や桂木や他の執行部の面々や本部の彼らも…、
 こうして七夕の夜空を見上げたり、何気ない日常の中でも、共に過ごした日々の温かさと一緒に思い出す。しかし、その思い出をこうして隣にあるぬくもりを感じながら語り合うのは、今も、これから先もずっと…、たった一人だけだ。

 「その短冊に…、どんな願い事を書かれるつもりですか?」

 俺の手の中で夜風に吹かれ、ひらひらと揺れるばかりで、未だ願い事が書かれていない短冊を見て橘がそう尋ねる。だが、俺はそうだな…と呟いた後、何も書かないままの短冊を笹に付けた。
 「俺の願い事は、お前だけが知っていればいい」
 「ふふふ、そうですね…。僕の願い事も、貴方だけが知っていればいい」
 俺の願い事は橘が、橘の願い事は俺が…。
 そう言い合って俺は横にいる橘の肩に頭を預け、そんな俺の頭に橘が頬を預ける。そんな俺達の目の前には、あの日と同じようにミルキーウェイが七夕の星たちが輝いていた。
 

                                              2011.7.21


 か、完結っ!!!!!!!!!!!!。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・vv
 ううううっ、やっとやっと完結なのですーっっ!!!!!!
 何かもう、ごろごろと畳を転げまわりたい気分ですっっ!(ノд<。) v
 最後までお付き合いくださった方っっvv(涙)
 本当に本当にありがとうございますっ!!!!!!!vv。゜゜(>ヘ<)゜ ゜。
 拍手やメッセや、来てくださる皆様が支えてくださったおかげでvv
 完結することができましたのですっvv
 心から、とてもとても感謝ですっ!!!!!<(_ _)>v
 
 〃>∇)ゞアリガトォーーーーーーーvv



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