その日は良く雨が降っていて、視界がかなり悪かった。 カサさしてたし、手にはコンビニの袋持ってたし、だからそういう色んなコトに気を取られてて、こっち向かって走ってくる車に気づくのが遅れたんだと思う。 「時任っ!!」 道路を横断してこちらへ来ようとしている時任に向かってくるトラックの姿を確認した瞬間、俺は叫ぶより早く車道に飛び出していた。 時任が俺の声でやっとトラックに気づく。 なぜか、トラックの急ブレーキの音がやけに遠くに聞こえた。 時任が助かればそれでいいとか、そんなことをとっさに思ったワケじゃなかったケド、それでも俺は時任の身体を力一杯突き飛ばす。 時任の驚いた顔が一瞬だけ、見えた。 時任・・・・。 俺はそれきり、意識をなくした。 次に気が付いたのは、病院のベッドの上だった。 何があったかはちゃんと覚えてる。 俺は車道に飛び出して、トラックにひかれた。 けど、こうして病院にいるってコトは、助かったってことだろう。 ふーん、とりあえず足も手も無事。 頭は多少痛むけど、たいしたことないなぁ。 今日中に退院できるといいなぁ・・・・。 ・・と思ったケド・・・やっぱ別に今日じゃなくてもいいかも。 俺は寝ているベッドの端に乗せられている見慣れた頭見つけると、それを軽く撫でた。 俺の看病をしていてくれたらしく、時任が疲れた顔して眠ってる。 時任が無事だということは、突き飛ばした瞬間に確信していたから、特に心配はしていなかった。けど、強く突き飛ばしたから、ちょっとケガとかしちゃったかもしれない。 「・・・・時任」 ベッドの上に置かれている時任の右手を握る。 すると、小さなうめき声がして、時任がゆっくりと目を開いた。 「・・・・・」 「おはよう、時任」 俺の顔を見た瞬間、時任の顔が歪む。 それはたぶん、悲痛っていう表現が正しいのかもしれない。 時任はそんな顔をしたまま、俺にしがみついてきた。 きゅっと、痛いくらいしがみついてくる時任の背中をあやすように叩きながら、俺は腕の中のぬくもりを愛しく感じていた。 俺が唯一感じることのできるぬくもり。 それを持っているのは時任だけ。 時任だけが俺に温度を感じさせてくれる。 だから、絶対に失えない。 「ごめんね」 そう俺があやまると、時任は頭を左右に振った。 「べつに俺が助けたくて助けたんだけだからさ」 「・・・・」 「時任?」 時任はなぜか何を言っても返事をしてくれない。 泣いているのかと思ったけど、どうも違うみたいだった。 「どしたの?」 そう聞いても、首を振るだけ。 時任の様子がおかしいことに気づいた俺は、時任の身体を俺から引き離して、強引に顔を自分の方に向けさせた。すると時任は、顔を逸らすことなくじっと俺の方を見つめてくる。 その瞳を見た瞬間、俺は時任が返事してくれない理由がわかった。 「喋らないんじゃなくて、喋れないの?」 俺がそう聞くと、時任は悲しそうな顔をして小さくうなづく。 事故して、俺は運良く軽症だったけど、まるで俺の命と引き換えにしたかのように、時任は喋れなくなってしまっていた・・・・・。 その日はまた雨。 三日前に俺は退院したけど、時任はまだ喋れないままだった。 喋れないことが原因なのか、それとも他に理由があるのかはわからないけど、時任は暗く沈んでいる。医者は喋れないのは精神的なショックが原因だと言っていた。 俺はそんな時任を一人置いておくことができなくて、今日も時任と二人で部屋にいる。 一人で大丈夫だと、時任は紙に文字を書いて俺に見せてくれたけど。 そんなコトしたら、いない間にどこかに行ってしまいそうな気がした。 「時任、さっきから何見てんの?」 俺がキッチンで昼食の片付けが終わってリビングに戻ってみると、まるで本物の猫みたいにソファーにごろんと横になって、時任は降り続く雨をじっと見つめていた。 「今日も洗濯物干せないなぁ」 「・・・・・」 「やっぱ今日も乾燥機だぁね」 「・・・・・・」 「だったら、時任がしてくれる?」 「・・・・」 喋らなくても会話は十分に成り立つ。 目は口ほどにモノを言うというけど、時任の場合はいつだって口よりも目が語ってる。 だから、二人でいる時は問題がないと言えばないのかもしれない。 けど、俺は時任の声を聞くのが好きだった。 ワガママ言って怒鳴る声も。 ちょっと照れくさそうに甘えてくる声も。 俺は時任の顔を上から覗き込むと、その唇を指でなどった。 「まるで人魚姫みたいだね、時任は・・・・・」 「・・・・」 「あのマヌケな王子サマみたいなことはしないよ。たとえ喋れなくても、時任の言葉を聞き漏らしたりしないから」 俺はそう言いながら時任に口付けた。 時任は目を閉じてそれを受け入れながら、どこか悲しそうな顔をしてる。 そう、あの事故以来、時任はいつもどこか哀しそうで、つらそうな顔をしていた。 あんまり家にばっかいるのは良くないって気がしたから、その次の日は時任を連れて近所まで買い物に出た。 時任は別に外に出たくなかったというワケではないらしく、うなづいてからすぐに出かける準備をした。外に出なかったというより、出る用事がなかったみたいな感じがしないでもない。 まあ色々あるし、俺としては普段からあまり外出してほしくなかったりはするんだけどね。 心配症だって言われるかもしれないけど、何かあってからじゃ遅いからさ。 用心はしとかなきゃね。 そんな俺の思いを知ってか知らずか、時任は俺と歩く時はめったに俺のそばから離れようとはしない。それに時任には、不安になったり、何かあったりすると俺の服を掴むクセがあった。 それはすがってるとかそういうのじゃなくて、ただ、一人じゃないコトを確認する作業なのだろう。 「気分が悪くなったりしたらすぐに言いなさいね」 俺がそう言うと、時任は一つうなづいたけど、絶対に言わないだろうから注意しておかなくちゃいけない。 そんな感じで午後の昼下がりの道を二人で歩いていると、前方に見知った人物が見えた。 「よう、誠人」 「どーも」 近くで事件かなにかでもあったのか、葛西サンが部下の刑事と一緒に立っていた。 たぶん、聞き込みかなんかだろう。 葛西サンは俺を見てから、時任の方を見て笑みを浮かべた。 「思ったより元気そうじゃねぇか、時坊。ちゃんと喋れるようになったのか?」 ぐしゃぐちゃに頭を撫でられたが、時任はそれを避けずに不機嫌そうな顔をしてそれを受けている。葛西サンは時任のコトすごく気に入ってるし、時任も葛西サンにはそれなりに懐いてる。 「まっ、あせらねぇでもすぐに治るさ」 「・・・・!」 アイサツが終わる頃、時任の頭はかなりぐちゃぐちゃになっていた。 そおいう感じでアイサツが終わると、葛西サンはチラッと俺の方見てから、ちょっとマジ顔になった。 「精神的なのが原因らしいな」 「ええまあ、そーらしいですね」 すぐ近くの店を物色しに行った時任を見ながら、葛西サンはタバコをくわえて火をつける。 俺も時任の方に視線をやった。 「お前が時坊を拾ったときにゃあ、まあそれなりに驚いたもんだがな。今ならその理由ってのが少しわかる気がするぜ」 「理由なんてありませんよ、葛西サン」 「・・・・・まあとにかくだ。自分のしたことには責任取れよ、誠人」 葛西サンの言おうとしていることはわかる。 けど、それは言われるまでもない。 俺は時任を手放す気なんかないしね。 「承知してますよ」 よどみなく俺が答えると、葛西サンは小さく息を吐く。 これ以上は何も言う気がないらしかった。 「それじゃ、俺はこれで。そろそろ時任のトコに行った方が良さそうなんで」 俺は早々に葛西サンとの話を切り上げると、時任のいる店へと歩き出した。 あやしそうなオジサン達がいち、にい、さん・・・・五人。 「騒ぎは起こすなよ」 後ろから葛西サンの声がおいかけてくる。どうやら葛西サンも気づいているらしかった。 「ほーい、努力してみまーす」 そう一応返事を返すと、俺は時任のいる店に入る。 そして、店内に時任の姿を見つけると、目線だけで外を示して様子を知らせてから、一緒に外へ出た。 出口を固められたらヤバイから。 「走るよ、時任」 そう俺が言うと、時任は大きくうなづく。 どうやらヤバそうな空気を感じたらしく、顔にわずかに緊張が走っていた。 俺たちは人込みにまぎれながら逃走をはかる。 しかし相手はそれぐらいではあきらめてはくれず、ひたすら跡を追ってきていた。 キュインッ。 ちょうど俺の右頬の辺りを拳銃の弾がかすった。 サイレンサー付きの銃で撃ってきているらしい。 しかし、サイレンサー付きとはいえ、ここは町のど真ん中。 撃ってるヤツはよほど腕に自信があるのか、それともバカなのかどっちじゃないのかなぁ。 「仕方ないから応戦しよっか?」 俺は弾の飛んできた方向から時任をかばうようにして路地に入った。 時任に隠れてるように言って俺は拳銃を取り出したんだけど、時任は俺の言うことを聞かず、じっとその場に立っていた。 「素手じゃムリだから、隠れてなさいって」 いくら力があると言っても、遠くからの攻撃にはかなわない。 それは十分に分かっているはずなのに、時任は首を横に振るだけだった。 「とき・・・・」 俺がそう言いかけた瞬間、拳銃のトリガーを引く音がした。 その方向はたぶん。 「伏せろっ、時任!!」 時任を抱き込んで地面に伏せる。 その時、俺の右肩を弾丸がかすめた。 「やるねぇ、オジサン達」 俺は狙いを定めて続けざまにトリガーを引く。 無駄弾はつかわない主義だから、確実に急所を射抜く。 三人ばかり倒してから、俺は時任の手を取って走り出した。 少しだけ右肩が痛い。 早くこの場を立ち去ろうと思っていたケド、予想外のことが起こってそれができなくなった。 時任が俺の手を振り解いたからだ。 「時任?」 俺が時任の方を振り返ると、時任はぐっと何かに耐えるような顔をしていた。 一体、何を耐えているんだろう? 俺がそんな風に思っていると、頬に衝撃が走った。 パシィィィン! 思いっきりの平手打ち。 時任は一筋だけ涙をこぼして、俺のコト睨みつけてる。 どうしてなのか、なぜなのかわからなかったケド、胸の中がジクリと痛んだ。 「なんで、なんでなんだよっ!」 「お前、声が・・・・・」 「なんで、俺のコトばっかなんだっ。どーして俺のコトしかまもんないんだよっ!!」 久しぶりに聞いた時任の声は、涙声でかすれていた。 心を突くような叫び声が辺りに木霊する。 時任は立ち尽くしている俺の襟をつかむと、それをぎゅっとつかんだまま俯いた。 「俺のコト助けてさ。自分はしんじゃってさ。それで俺が喜ぶとか思ってんの? 久保ちゃんいなくて、俺だけ生き残って、そんなんでいいワケないじゃん。全然ダメじゃんそんなの」 「・・・・・」 「俺のコト死なせたくねぇんなら、自分のコトも助けろよ。そーしなきゃ、俺を助けたことになんねぇんだよ・・・・・」 俺は時任の手を自分の手で包み込むと、ゆっくりとその手を外させた。 「時任」 「俺、すっげー怒ってんだぞ」 「うん」 握りしめた手にキスして、頬の涙の跡にキスをした。 時任が俺の首に手を伸ばして、俺は時任の腰に手を回す。 俺は胸の痛みと一緒に時任を抱きしめた。 痛いのは時任が泣いているから、苦しいのは時任を愛しすぎているから。 「久保ちゃん・・・・・」 バタバタとこちらに走ってくる音がする。 あと残りが約二名。 俺は拳銃を構えると、時任を抱きしめたままで狙いを定めた。 いち、にい、さん。 俺はきっちり頭の中ではかってからトリガーを引く。 狙いは命中し、弾丸は二人の眉間を撃ち抜いた。 「時任」 「何? 久保ちゃん」 「帰ろっか?」 「うん。けど、帰りになんか食いに行こうぜ。三日間カレーばっかで飽きた」 「そーだっけ?」 「そーだっけじゃねぇよっ」 大事なヒト守るのは当たり前だけど、ほんのチョットでもいいから、 自分も守る努力しようよ。 想ってるだけじゃなくって、想われてんだよ? 大事なヒトに大事に想われてんだよ? それってすげーじゃん。 もうちょっとそれ、ジカクしろっての。 大事なヒトにとって大事なモン守るのも、やっぱ当然ってヤツだろ? |
2002.3.5 「大切なモノ」 *WA部屋へ* |